#3 女子大生とタッグを組んだ


 対モンスター戦の感覚を掴むために、彰人と美千代は渡り廊下に出た。外の世界は危険だが、生き延びるために、いづれこのマンションを出て行かなければならない。これは、そのための訓練だった。


 モンスターの気配はないようだ。

 やはり、いるとしたら下の階だろうか。


 注意深く、辺りを見回す彰人。今のところ、四階の外廊下に、モンスターの姿は見当たらない。「う、うぅぅ……」。彰人の後ろを付いてきている美千代も、せわしなく首を回して周囲を警戒している。


「……そ、それで、あの、その、職業については何か、分かりました……か?」

「いえ。スキルの使い方がイマイチ分からなくて」


 新入社員の専用スキル【入社エントリー】【労働ワーク】。この2つのスキルに、攻撃性能が備わっていないことは確かだった。


 また、自分の能力に変化を与えるものでもないらしい。試してみたが、その実感は彰人にはなかった。ステータスにも変化なし。と、なるとやはり……。


「もしかすると、他人に対して使うものなのかもしれませんね。効果は不明ですが」


 しかし試そうにも、スキルの効果が対象者にとってメリットとなるのかが分かっていない。プラスにはたらく可能性もあれば、逆に危険をもたらす可能性だってある。そのため、彰人は慎重にならざるを得なかった。


「……で、でしたら、つ、使ってみてください、私に! それで、おっ、お役に立てるのならっ! どうぞっ! いつでも構いませんから!」

「気持ちは嬉しいんですが、万が一のこともありますし」

「ご、ごめんなさい。差し出がましくて……」

「べつにそんなことは」 


 美千代に気を取られていた、ほんの数秒のことだった。非常階段に続く扉が開いた。そこから、2体のモンスターが姿を現した。深緑の肌を持つ人型のモンスター『ゴブリン』と、ゼリー状の体をした『スライム』だ。


「ギィィィィ!」

「キュルルルル……」

「ひっ、ひぃぃぃぃ!?」


 幸い、襲われるよりも先に鳴き声が耳に入ったので、二人はモンスターの接近に気づくことができた。二人の視界には、《ゴブリン Lv.2 》《スライム Lv.1》と、モンスターの名称とレベルが表示されていた。


 ……ステータスボックスによる影響、だろうか? そんな疑問は後回しにして、とりあえず彰人は戦闘に備える。


「合図をするので、そのときは援護をお願いします」

「は……は、はひぃぃ!」

「あの、大丈夫ですか?」

「が、がんば、頑張るり、ますっ!」

「……本当に大丈夫ですね?」


 彰人は先頭に立ち、ゴブリンの攻撃を待つ。鍋蓋を低く構え、棍棒による打撃に備えた。「こ、来い!」威嚇する彰人。挑発に乗ったゴブリンが向かってくる。


「ギィィァァァ!」

 

 ――バァン! 

 鍋蓋で棍棒の一撃を防ぐ。


「ぐぉぉぉっ!?」


 左手に伝わった衝撃は彰人の想像以上で、痛みで顔を歪めた。「あ痛っ……」骨折とまではいかなくとも、痣はできただろう。


「うおおおおっ!」


 痛みにひるまず、彰人は反撃する。「ギィィァァ……!」ダマスカス包丁による斬撃は、ゴブリンの喉を切り裂いた。血を噴き出し、倒れるゴブリン。

 

「よし!」


 すかさず、スライムに攻撃を仕掛ける。ゆっくり地面を這いずるスライムは、とても動きが鈍い。急所が分からないので、包丁でめった刺しにする。「キュルルルル……」。数十回は刺したが、なかなか死なない。刺し傷がすぐに閉じてしまう。


「……引籠さん、援護を!」


 物理攻撃が通用しないなら、スキルならどうか? 美千代のファイヤバレットなら、このスライムを倒せるかもしれない。「……引籠さん?」。援護を頼んだが、返事が無いので、彰人は視線を送る。そこでやっと気がついた。


「た、たすけ……」

「ギィ、ギィアア!」


 喉を裂かれたゴブリンが、美千代に襲い掛かろうとしていたのだ。喉を引き裂かれれば、ふつう一歩も動けないだろうが、モンスターに至っては例外のようだ。凄まじい生命力である。


「逃げてください!」

「あ……ああ……」


 彰人はそう指示するが、美千代はその場を動かない。恐怖のあまり、身体の自由が効かなくなっていた。彰人は、すぐ美千代を助けに行こうとしたが、『……キュルルルル』その足をスライムが捕らえた。一歩も、動けない。

 

「逃げろって言ってんですよ! 何してんですか!」


 声を荒げるが、耳には届いていな用だった。「こうなったら……」。一か八かと、彰人は包丁を構えた。ゴブリンの頭に狙いを定める。当たることを祈りながら、投てきする。――ザクッ!


「……ギィァ……ァァ……」


 包丁は、見事ゴブリンの頭を貫いた。今度こそ絶命したゴブリンは、灰になって消えた。どうやら、灰になったかどうかで、モンスターの生死が判断できるようだ。次から気をつけなければ、と彰人は反省する。


「あの、引籠さん」


 一段落したところで、彰人は自分の足にまとわりついたスライムを、【ファイヤバレット】で焼き払うように頼んだ。「ごめんなさい……ごめんなさい……」涙を拭いながら、美千代は【ファイヤバレット】でスライムを焼却する。「ありがとうございます」。彰人が感謝すると、さらに美千代は号泣した。


「ごめんなさい……本当にごめんなさい……。私のせいで……影原さんに……迷惑を……。役立たずで、ごめんなさい。間抜けで……ノロマで……意気地なしでぇ……ごめんなさい……」


 美千代は、さっきのことで自分を責めているようだった。その姿は子供のように見えた。……たしか昔、似たようなことがあったなと彰人は追憶する。それは、交通事故によって両親を失った姪――七海ななみが、泣いていたときのこと。その時、自分がどんな行動を取ったのか、彰人は思い出す。


「ふぇっ?」


 ただ黙って、彰人は美千代の頭を撫でた。手入れが行き届いていない髪の感触が、少しうっとうしいなと思った。しばらく撫でていると、美千代は涙を流さなくなった。罪悪感よりも、恥ずかしさの方が勝ったらしい。「あっ、えっと、か、影原さん?」。もじもじしている。


 ……なにやってんだ、私?

 彰人がふと我に返る。知り合って間もない女性の頭に気安く触れた自分は、なんて軽率な奴だと思った。


「あ、すみません。つい……。セ、セクハラとかで訴えないでください。お願いします。私はただ、励まそうとしただけで他意はないんですよ!」

「えっ? あっ、はい……。べつに、気にしないでください。それに……う、訴えようにも、訴える先とか……ないですし……。気にして、ないですから……」


 その言葉に、彰人は安堵する。「コホン」と、気まずい雰囲気を打ち消すような咳払いをしてから、彰人は喋り始めた。


「……最初のうちは、役に立つとか立たないとか、あまり考えなくてもいいんです。慣れないことを、最初から上手くこなせる人はいません」

 

 他人に色々と求めがちなのは、自分の悪い癖だと、彰人は思う。自分が上手くやれるからといって、他人も同じようにできるとは限らないのに。


「すみませんでした。それを分かってて、私は引籠さんに責任を押し付けてしまいました。早く戦えるようにならなければと焦るあまり、つい……」


 途中で、たしか会社の後輩にも似たようなことを言ったなあ、と思った。いつ、誰に言ったかまでは覚えていない。……こんなことを偉そうに語る自分は、後輩たちにとって理想の上司だったのだろうか。それも、今となっては分からない。


「自分を卑下しないでください。やれることを少しずつ、増やしていきましょう。もし、どうしてもできないことがあるなら言ってください。そこは私が、カバーします」

「……でも……」


 美千代の肩に手を置き、顔を近づける。緊張しているようだが、それでも泣き止んだことに彰人は胸を撫でおろすと、最後にこう言った。「とにかく今は、一緒に居てくれるだけで助かります」。まるで、子供に言い聞かせてるみたいだなと、彰人は苦笑した。


     ***


 二人は自分の部屋に戻って、休憩をとった。その後、4階渡り廊下に集合。モンスターの気配は今のところない。彰人は、マンションから脱出するための経路ルートを確保しなければならない、と美千代に告げる。


 話し合いの末、非常階段を使い、下まで降りることにした。エレベーターは使用できず、共用階段ではモンスターと遭遇する危険性があるとの判断だ。


「とりあえず、非常階段にモンスターがいるかどうか確認します。勝てそうな相手なら掃討。難しそうなら、共用階段のルートを視野に入れましょう」

「了解、ですっ……!」


 彰人が、非常階段に続く扉を開けようとしたとき、「グルルゥ……」と、獣のような唸り声が、扉の向こうから聞こえてきた。大型の肉食獣が発するような、野太い声だ。


「グルルルルルゥゥァァ……」

「一旦、戻りましょう」

「は、はひっ!」


 気配から察するに、スライムではないようだ。ズシン、ズシンと地を揺らすような足音には重みがある。それに、なんだか獣臭い。扉越しなのに、むせ返るような“血の臭い”が鼻についた。


「グォオオオオオオ!」


 雄叫びと共に、そのモンスターは、彰人たちの前に姿を現した。豚の顔をした、筋骨たくましい二足歩行のモンスター。ボディビルダーも顔負けの屈強な肉体は、そびえたつ壁のよう。


《オーク Lv.3》


 最悪の事態だ……。

 こんな怪物に太刀打ちできるわけがない。


 オークの右手に握られた棍棒には、血がベッタリと付着している。それと、髪の毛もわずかに……。恐怖で息を荒げながら、彰人は断定する。このモンスターは、確実に人を殺めている。

 

「ど、どどどっ、どしっ、どうしましょう……!?」

「部屋に戻りましょう! 今すぐ!」


 熊と遭遇したときは、ゆっくり後退りしたほうがいいと聞く。だが、このモンスターを相手にそんな悠長な真似をしていたら確実に死ぬだろう。


 二人は全速力で部屋まで向かった。

 ガクガク震える足を、必死に走らせる。

 後ろを振り返り、彰人は告げる。


「引籠さん、急いでください!」

「あ、ああっ……ご、ごめんなさひぃ。転んじゃって……。それで、足、動かなくて。うぅ、ごめんなさぁい……」


 足がもつれて転倒した美千代は、尻もちをついたまま、その場を動けなくなっていた。美千代の、ズボンの股のあたりがじわぁっと濡れる。恐怖のあまり失禁してしまったようだ。


「引籠さん!」


 自分一人なら部屋に戻ることはできる。だが、彼女を一人置いていくわけにはいかない。……戦え、戦うんだ私。心の中で何度も唱える。だが、足はピクリとも動かない。逃げろと言っているのか。


「……ふっ、ふぁっ……【ファイヤバレット】……!」


 美千代の手の平から、炎を纏った弾丸が射出される ──ジュドォォ! 放たれた炎弾は、オークの右目をえぐった。肉の焦げた臭いが漂う。


「グォッ……グォォオオオ!!」


 だが、致命傷には至らなかった。痛がってはいるものの、絶命には至っていない。だが、もう一度撃ち込めば、撃退できるかもしれない。


「もう一回、今のやれますか!?」

「……ごめんなさい……。これ、連発できなくて……。役立たずで、ごめんなさいぃ……」


 どうする?

 今の私たちに、有効な攻撃手段はない。

 あれを使うしかないのか?

 一か八かに、賭けてみるのか?

 他に方法はないのか。

 くそ、駄目だ。思いつかない。

 いっそ、逃げるか? 私一人だけでも……。


「に、逃げてください。私のことは……気にしないで……ください。置いてって、ください。もし、影原さんが、私の、家族に会えたときは……『ごめんなさい』って、私が言ってたって、伝えてくれると……助かります。なにからなにまで……すみません……」


 最期の言葉を残す、美千代の顔は涙で濡れていた。それを見た彰人は、自らの顔にビンタした。「馬鹿か、私は……」。一切の迷いを捨てて、美千代の前に立った。振り向いて、提案する。


「私のスキルを使います。協力してくれますか?」


 美千代は黙ってうなづいた。


「いきますよ……」


 右の手のひらを、美千代へ向ける。ガイドが言うには、スキルを使用する際には、スキル名を声に出す必要があるらしい。大きく息を吸い、力いっぱいに言い放つ。


「【入社願望エントリー】!」


 ……おい、どういうことだ?


 唱えてみたが、とくに何も起こらなかった。……一巻の終わりだ。諦めかけたそのとき。白く眩い光が、二人の視界を覆い尽くした。


     ***


「?」


 気がつくと、彰人はパイプ椅子に腰掛けていた。状況を呑み込めない彼の目の前には、スーツを着た美千代。髪は乱れているが、スーツを着ているだけ、幾分かマシに見えた。唐突な展開に、「えっ? えっ、なにこれぇ……」と、美千代も動揺を隠せない。


 ……ていうか、私もスーツを着ている。


 それにしても、ここは一体どこなのだろうか。彰人と美千代の間を仕切る長机に、スーツ、妙に重たげなこの空気。これでは、まるで……。


『只今より、採用試験を開始します』

「面接じゃないか……」

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