#2 ステータスを割り振ってみよう


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Lv.1 【影原 彰人】


職業 :ワンダラー(無職)Lv.1

    次のレベルまで 0/5pt


装備 :①出刃包丁(片手剣)

   【攻撃力】20

   【会心率】0


    ②鍋蓋(盾)

   【防御力】10


HP :100/100

SP :50/50

筋力 :10

耐久 :10

敏捷 :10

器用 :10

魔力 :0

抗魔 :0


技巧Pt :0

経験Pt :50


基礎スキル 近接格闘Lv.1 

所有スキル なし

職業特性  なし

固有能力  なし   

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「どう使えばいいんですか、これ?」

「……あ、えっと、私に聞くよりも、その人に直接聞いたほうが……いいかもしれないです」


 その人が誰を指しているのか、彰人は疑問に思った。冗談を言っているわけではないようだが、にわかには信じ難かった。この場にいるのは、彰人と美千代の二人だけ。三人目の姿はどこにも見当たらない。


「……誰に聞けと……?」

「あっ、いや、その、ごめんなさい……。人って言っても、人じゃないかもっていうか……。あー、でも、どうなんだろ、人なのかな……やっぱり。えーっと、だから、あの、とにかく、そのステータスボックスに何でもいいので、質問してみてください……」


 自問自答を挟みつつ、美千代は、ステータスボックスに質問するよう提案。「通話、できるので……」。指し示した先には、受話器があった。


 たしか、ATMの横にも受話器が設置されてあったなあ、と彰人は思い出す。物は試しと、受話器を取ってみる。


『……あぁーはいはい、どーも、ステータスボックスちゃんでぇーす。なんかお困りでしょーか?』


 すると、やけに締まりのない少女の声が聞こえてきた。事前に録音、設定された音声が流れてくるかと彰人は思っていたのだが、その予想は外れたようだ。


 少女の声音には血が通っている。とても自然な感じだ。これが機械音声とはとても思えない。どうやら、相手とリアルタイムで繋がっているようだ。


『あのー、聞こえてんですかぁ? イタズラ電話は勘弁してほしーんですけど』


「聞こえてます。あの、この機械の使い方を教えて欲しいんですけど」


『はぁ、ダっル……。つか、分かるでしょ、なんとなく。ステータスとか、スキルとか、レベルとか、そっちの世界じゃ常識レベルで浸透してる言葉なんでしょ? むしろ、アンタらの方が詳しいんじゃない?』


 そっちの世界って、なんだ?

 しかし、口調が荒いなこのガイドは。

 投げやりだし、馬鹿にされているような気もする。 

 ガイドなのだから、懇切丁寧に教えてほしい。

 それを、自分が指摘するのは図々しいだろうか……。


 彰人はツッコミたい気持ちを抑えて、黙って聞くことにした。


『無知は哀れねぇー。じゃあ、ざーっと説明するから。耳の鼓膜かっぽじってよく聞きなさい』


 鼓膜をかっぽじったら聞こえなくなるのではと、心の中で指摘する彰人。カスタマーサービスの『カ』と『ス』の文字しかないようなカス対応には、ひとまず目をつぶることにした。そこを気にしていても仕方がない。


『じゃあまずはステータス値の割り振りから教えてあげるー。経験Pt、って表記があるじゃん? 50ポイントが初期値ね』


『これはレベルアップ時に……えーっと、シンプルに言うと、モンスターを倒して、成長? したときに、5ポイントずつ加算されてくの。これは、あくまで原則。例外で、さらにポイントがつくこともあるけど、べつに気にしなくていいから』


『アンタは今、経験Ptを50ポイント持ってるじゃん? そのポイントって、『筋力』『耐久』『敏捷』『器用』『魔力』『抗魔』に配分することができるんだよね』


 筋力、耐久、敏捷、器用までは、彰人の理解力が及ぶ範囲だった。その他の項目はさっぱり分からない。HP? SP? 魔力? 魔力という言葉自体は分かるのだが、ステータスにおける魔力の意味は不明である。そこで、ガイドに説明を求めると、以下の答えが返ってきた。


①HPについて

 

 『HP』に記載されている数値は、今の私の生命力を表しているらしい。0になったら死ぬそうだ。経験Ptを『耐久』に振ると、最大HPが上がる仕組みになっている。

 


②SPについて


 SPは、スキル──ガイド曰く、魔法や超能力に相当するものらしい──を使用する際に、消費されるようだ。時間経過によって回復する。魔法が使えるようになるのは魅力的だが、にわかには信じがたい。     


 ちなみに、HPのように、耐久を上げると最大値が向上するわけではないらしい。SPの最大値は、個人の才能と運に左右されるそうだ。


 最大値が高い者もいれば、低い者もいるし、何らかのきっかけで最大値が上がる場合もいる。


  

③魔力について


 魔力は、スキルの効果、威力に関係するらしい。魔力の数値が高ければ、その分スキルの効果も高まるそうだ。


  

④抗魔について


 抗魔は、スキルや超常現象に対する耐性に関係するらしい。数値が高いほど、それらへの耐性が上がる。


 

⑤技巧Ptについて


 技巧Ptは、スキルの強化、職業のレベルを上げる際に使用するポイントだ。経験Pt同様、レベルが上がるごとに5ポイント獲得できる。職業のレベルを5まで上げると、その職業の【上位職】とやらに就けるらしい。


 つまり、昇進だ。例えるなら、『係長』をレベル5まで上げれば、上位職『課長』になれるといった感じだろうか。


 説明を参考に、ステータスを割り振ってみることにした。優れたユーザインタフェースから、万人が扱えるよう熟考されたのが、うかがえる。


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Lv.1 【影原 彰人】


職業 :ワンダラー(無職)Lv.1

    次のレベルまで 0/5pt


装備 :①出刃包丁(片手剣)

   【攻撃力】20

   【会心率】0


    ②鍋蓋(盾)

   【防御力】10


 

HP :200/200↑

SP :50/50

筋力 :30↑+20

耐久 :20↑+10

敏捷 :20↑+10

器用 :20↑+10

魔力 :0

抗魔 :0


技巧Pt :0

経験Pt : 0↓-50


基礎スキル 近接格闘Lv.1 

所有スキル なし

職業特性  なし

固有能力  なし   

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「こんなもんですかね」


 割り振ってはみたものの、これが最良の調整であるかは彰人に判断しかねる。そこで、ガイドに確認してみて、返ってきたのは大きなため息。


『はぁ……つっまんないなぁ。極振りしないのぉー? 敏捷にぶっぱして、短距離走のワールドレコードを目指そうという気はないわけぇー?』


 最善や適切を教えるのが、ガイドの役目なのではなかろうか。抗議を込めた口調で「そんなのに興味はないので」と、彰人はガイドに言った。


『しけたオッサン……。まあ、いいや。じゃあ、外に出てモンスターどもをボコしてきてー。今のアンタなら、多分勝てるんじゃない?』


「モンスターと戦えですって? 冗談じゃない。アナタの言うとおり、私はただのしけたオッサンですよ。そんなことできるわけ……」


 無茶な話だった。 

 モンスターと戦えだと?

 私と引籠さんの二人だけで?


『オッサンだろうがジーサンだろうがバーサンだろうが関係ないし……。【ボックスシリーズ】を使えばね、アンタら雑魚人類でも、モンスターと戦えるんだから』


 ガイドの口から出た【ボックスシリーズ】という単語を、彰人は聞き流さなかった。顎に手を当てて考える。シリーズということは、つまり……。


「これに似たのが、まだあるんですか? ステータスボックスの他にも……」


『……へぇ、思ったより鋭いじゃんアンタ? ボックスシリーズはね、全部で3種類あんの。まず、【ステータスボックス】。次に、武器やアイテムを購入できる【ショップボックス】。そして、色んなものからの侵入を防ぐ安全地帯とか、独自のダンジョンを作れる【テリトリーボックス】ね』


『残念だけど。どうやら、この辺りには設置されてないみたい。ツイてなかったわねぇ……』


 各地に設置されているらしいボックスシリーズ。モンスターが蔓延るこの世界を生き抜くためには、それらの力が必要不可欠のようだ。実際に、効果があるのならの話だが……。


『ボックスシリーズはね、この世界を生き抜くための必須アイテムよ。本当は、ここでじーっとしてるよりも、早く外に出るべきなの。まあ、出たら出たらで、モンスターと戦わなきゃいけないけどね……』


 ガイドの言う通りだった。どうしたって、モンスターとの戦いを避けることはできないだろう。自分たちは腹を括らなくてはいけないようだ。


『まずは、弱いモンスターをコツコツ倒してレベルを上げれば? まずは、スライムでも討伐してみたらどう? それぐらいならできるでしょ?』


 だが、いまいち本気になれないのはなぜだ? モンスターの出現、ボックスシリーズ、たった一晩にして崩壊した社会、何もかもが非現実的すぎるせいで、その実感が湧かないからだろうか? とりあえず、彰人は物事を俯瞰して見ることにした。


「はは……」


 やっぱり、何かの間違いだ。

 私は、夢でも見ているんだろう。

 度重なるショックのせいで、頭が正常に働いていないんだ。きっと、そうだ。だいたい、モンスターなんてものがこの世に存在するわけないだろ。馬鹿馬鹿しい。


「外の空気でも吸うか……」


 ゴミ袋の上を慎重に歩いて、カーテンに手を手をかける。深呼吸して、部屋の窓を開けた。「……」。そして、絶句する。外の景色は、やはり地獄だった。地上は、モンスターたちによって支配されていた。人の気配はどこにもない。少なくとも、“生きた”人の気配は……。血糊のようなものが、吐しゃ物のように道路にぶちまけられているのが見えた。気分が悪くなったので、目線を上げる。遠くで、煙が上がっている……。


 みんな、殺されたのか?

 モンスターに?

 自衛隊は? 警察はなにしてる?

 こんな事態になってるのに、なに呑気してるんだ?

 まさか、全滅したとか言わないよな?


 すぐに彰人はマンションからの逃走を考えた。だが、マンションの駐車場に停められている車は、すべて破壊されていた。ペシャンコだった。潰されたその車体には、巨人の足跡のようなものがついていた。


「……ん?」


 白色の飛行物体が、予告もなしに視界を横切った。それは、彰人の存在を認識したらしく、亜音速で再び彰人の前に現れる。状況を上手く呑み込めない。彰人はすっかり呆気に取られていた。


「あ」


 ふと、目が合う。それは、背中に翼がついたウサギのようだった。一角獣のような角も生えている。「キュィィィ!」それは、彰人目掛けて突進してきた。


 そのとき、彰人の視界の端に、以下のメッセージが表示される。『ウィングラビット Lv.3』。それは、このウサギ型のモンスターを指しているようだった。 


 ――バリィィィン!


 鋭利な角が、窓ガラスを突き破る。「ぐぁぁぁっ!」角の先端が、彰人の肩を掠めた。明らかな殺意がこめられた攻撃。もう少し窓に顔を近づけていたら、頭を貫かれていただろう。彰人は、慌てて後ろに下がり、受話器を手に取った。


「私は、どうすればいいんですか!」

『どうって……倒すしかなくない?』

 

 倒すしかない。倒さなくちゃいけない。頭の中で言葉を反芻させる。……私は、覚悟を決めることにした。包丁を強く握りしめ、盾代わりの鍋蓋を構える。だが、手の震えが止まらない。そうこうしている間にも、窓のひび割れが深刻になっていく。このままでは侵入される。


「ふぁ、【ファイヤバレット】!」


 か細い少女の声と共に、炎の球が、彰人の横を通過した。美千代の手のひらから打ち出されたらしい炎弾は、ウィングラビットの頭を貫き、そこから燃え広がった炎はその全身を焼き焦がす。即死したウィングラビットの肉体は、一瞬にして灰になった。


「ご、ごめ……ごめんなさい。勝手なマネをしてしまって……」

「いえ、助かりました。それより今のは?」

「スキル、です……」


 スキルについて半信半疑だった彰人は、そこでやっと思い直した。すべて、現実なのだ。ボックスシリーズも、スキルも、モンスターも……。これが現実である以上、それに対応していかなくてはならない。彰人は、自らの凝り固まった思考を転換する。


 適応力の高さは、自分の強みだと彰人は思う。

 ここは一応、他人のステータスも確認しておくべきか。

 何か見えてくるものがあるかもしれない。

 

「すみません、ステータスを確認させてもらってもいいですか?」

「えっ、わ、私のをですか?」

「気になるので」

「は、はいっ……」


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Lv.2 【引籠 ミチヨ】


職業 :ナイトウォーカーLv.1

    次のレベルまで 0/5Pt

  

装備 :なし


HP  :90/90

SP  :70/70

筋力 :3

耐久 :9

敏捷 :9

器用 :16

魔力 :37

抗魔 :20


技巧Pt :5

経験Pt  : 0


基礎スキル 近接格闘Lv.1 


所有スキル ファイヤバレット(共通)使用SP 20

      吸血『ドレイン』(職業)使用SP 25

 

職業特性  夜間強化

      肉体再生

 

固有能力  なし

 

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 美千代のステータスを確認してみると、彰人よりもレベルが1つ上だった。おそらく、モンスターを倒したことで上昇したのだろうと彰人は予想する。


 『ナイトウォーカー』という職業も気になるところだ。それと、スキル欄に記載されている『ファイヤバレット』に『吸血』──彰人のには『なし』とだけ表示されていたが、やはりこの部分にも個人の職業やレベルが関わってくるのだろうか。


「……私もスキルを使えるんですか?」


 知らないことはとりあえずガイドに聞いてみる。遠距離からモンスターを攻撃できるスキルを使えたら便利だと、彰人は思った。それこそ、美千代の【ファイヤバレット】のような。


『うーん、使えないことはないけど、無職だから大したスキル使えないかなぁ……。職業関係なしに使える共通スキルってのがあるけど、効果はどれもお粗末ねぇ』


「そうですか……」


『とにかく、職業につくのが一番かなやっぱ。その職業限定で使えるスキルは、共通のやつよりよっぽど有用だもの』

 

「それじゃあ、私も職業に就きたいです。スキルが使えないのは、不便そうですし。なんかこう……便利な魔法が使えるやつでお願いします。遠距離攻撃できるスキルとか、瞬間移動とか、なんかそういう系の……」


『あー、ごめん、私に決定権とかないから。ちなみに、自分で選ぶこともできないわよ。勝手に決定されるし、変更もできないから』


「つまり、私はワンダラー(無職)で決定ということですか? そんなの、あんまりですよ。一生ニートってそれはさすがに……」


『プププッ、ほんと笑えるー』


「わ、笑いごとじゃないですよ!」


『あひっ、あひゃっ、あひゃひゃひゃひゃあっ……!』


『まあまあ、とりあえず安心しなさいな。最初はみんなワンダラーなんだから』


 冗談よ、とガイドは言う。人を散々無職煽りしたこのガイドに、彰人は怒りを感じずにはいられなかった。だが、この年になって怒鳴るのも格好が悪いので、感情は顔には出さなかった。ぐっとこらえる。


「……さっき、勝手に決定されると言いましたが、完全にランダムなんですか? サイコロ振るみたいに、適当に決められるんですか?」


『その人の“来歴”や“願望”に基づいて、勝手に決定されるわ。……もう一回、ステータスを確認してみたらどう? もしかしたら……もしかするかもしれないわねぇー?』


 言われた通り、ステータスを確認してみる。さっきはまだ、選定の段階だったのだろうと彰人は推測する。それゆえ、ワンダラー(無職)と表示されていた。そうであってほしいと願うばかりだ。


『ワンダラーのままかもね?』


「冗談よしてください」

 

 

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Lv.1 【影原 彰人】

職業 :新入社員 Lv.1

    次のレベルまで 0/5pt


装備 :①出刃包丁(片手剣)

   【攻撃力】20

   【会心率】0


    ②鍋蓋(盾)

   【防御力】10  


HP  :200/200

SP  :50/50

筋力 :30

耐久 :20

敏捷 :20

器用 :20

魔力 :0

抗魔 :0


技巧Pt :0

経験Pt : 0


基礎スキル 近接格闘Lv.1 


所有スキル 入社願望『エントリー』(職業)

      労働『ワーク』(職業)

 

職業特性  なし

固有能力  なし   

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「は?」


 彰人は首を傾げた。


 新入社員ってなんだよ……? 

 無職よりはマシかもしれないが。

 その、なんて言えばいいんだ。

 全然、ファンタジーじゃないんだが。  

 しかも昨日、会社をクビになったばかりで『新入平社員』とは、何か皮肉めいたものを感じてしまう。

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