第17話 初出勤3 ライト視点

「待ってよ。君は歌姫だよ。たぶん転移ギフトだ」

 思わず、追いかけてひとみちゃんの腕をつかんで引き留めてしまう。

 だって、このままじゃ駄目な気がするから。

 この世界では、あきらめた人間にチャンスは絶対にこないし、だからと言って放っておいてはくれない。

 食い物にされてボロボロになるひとみちゃんは見たくない。


「ライト君、私は人前では歌えない。そんなの歌姫になんてなれるわけないでしょ」

 僕の腕を振りほどきひとみちゃんは顔をそむけた。

 どんな顔をしているか見えなかったけど、きっと泣きそうなんだろうな。


「人生経験も、そんなにないし年下の僕のいうことなんて全然説得力ないと思うけど、ここの世界では先輩だから言わせてもらう」

「なに?」

「ここでは僕たちの考える普通を手に入れるのは難しい。もしもひとみちゃんが今日死んでしまっても、シナは可哀そうにと思うくらいだ」

「ライト君それはちょっとひどくない?」

 キッと、眉を寄せてひとみちゃんは真っ直ぐに僕を睨みつけ、胸の前で拳をギュッと握りしめた。

 殴られるかも、と思ったがここまで言ってやめるわけにいかない。


「ひどくないよ。それくらい人は簡単に死んじゃう。平民なんて貴族が気に入らないって思えば簡単に殺されるし罪にも問われない」

「だから何?」

「僕たちがこの世界に落ちてきたのも、日本では持っていなかった力をあたえられているのも何か理由があるはずなんだ」

「才能を無駄にするなって?」


「生きることから逃げても幸せにはなれないよ」


「そう、わかった。もう君には迷惑をかけないから。今日はありがとう」

 ひとみちゃんは冷たい声で僕を睨むと、劇場に向かって走っていった。



「しまった。怒らせる気はなかったのに」

 もう少しだけ、この世界で生きていくことに前向きになってもらいたかった。

 せっかく歌姫というスキルがあるのだからそれを隠すんじゃなくて伸ばして欲しかっただけなのに。

 やってしまった。


 今の魔力量で人をただしたがわせるために魅了の魔法を使えばすぐにバレて罪になる。でも、転生者チートでひとみちゃんは歌姫だ。歌姫の称号の前では魅了は精神魔法でも何でもない。ひとみちゃんの歌には魔法を使わなくても魅了される力があるはずなのだ。


 あ~あ、めちゃめちゃアランに怒られるな。



 *


「喧嘩せずにきちんと送り届けられたか?」

 ひとみちゃんが劇場にたどり着いたのを確認してから商会に戻ると、アランが面白そうに話しかけてきた。


 な、なんでひとみちゃんと険悪になったのがわかるんだ?

 もしかして後をつけられてた?


「別に、誰にも見張らせてないぞ。お前の顔に書いてある」

「え?」

 思わず自分の顔を両手でペタペタさわってみるが、そんなこと書いてあるはずない。


「からかったな?」

 僕はむくれてソファーに座ると、アランは執務机に肩肘をつき頬杖ほおづえしながら、もう片方の手で書類をひらひらさせる。


「どうせ、余計なことを言って怒らせたんだろ」

「別に余計なことは一つも言ってない。ただ、せっかくギフトをもらってるんだからそれを使って生きた方がいいと思ったんだ」

 日本で、ぬくぬく生きて来た人間が、親の保護なしに生きるのは大変だし、せっかく魔法の使える世界に来たんだ、チートなギフトは使わなければもったいないだろ。


「やっぱり、余計なお世話をしてきたんだな」

 アランは馬鹿な子だとでも言いたげにため息をついた。


「どこが余計なお世話なんだ。怒らせたのは事実だけど、ここに来てまで生きることから逃げてたらすぐに死んじゃうだろ」

 この世界では親も社会も保護なんかしてくれないんだから。


「歌姫のギフトを持っているのに歌わないからって、逃げているとは限らないんじゃないか?」

「まあ、それはちょっと言い過ぎたけど……」

「ちょっと?」

「少し?」

「ライト、お前の称号は何だ?」

 アランは完全に説教モードに移行して、腕を組みこちらを睨んでいる。

 こうなると、逃げれる気がしない。


「勇者だけど」

「その勇者様がなんでうちで社員として働いてるんだ?」


 それは、かってにこの世界に召喚されて勇者なんてしたくないからだ。

「……」

「わかったら、ひとみが慣れた頃に良太さんと一緒に劇場に行って謝ってこい」

「良太さんと?」

 俺の疑問にアランは、さっきひらひらと振っていた書類を指さした。


 ひとみちゃんの履歴書かと思ったそれは、良太さんとの契約書だった。

 そこには、いくつか商会での仕事内容が書かれた後に、劇場での監査の日程も書かれていた。


「これって」

「一人で行くより、心強いだろ」


 確かに。


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