第18話 劇場のお仕事 ひとみ視点
劇場の仕事は思いのほか楽しかった。
平民相手の劇団だと聞いていたので、小さな舞台を想像していたら、映画館くらいの客席がある。
「想像以上に立派ですね」
失礼なことを口走ってしまったが、素直な感想だ。
一階ホールはセリのある舞台に天井にはシャンデリアが、二階はピアノに鏡張りのレッスン室まである。
「ここは、もともと貴族の道楽で建てられた劇場なんだ。主に楽団のコンサートをやっていたらしくて、そこを商会が買い取って運営している」
まだ、30代そこそこに見える支配人が説明してくれた。
支配人と言っても、スーツなどは着ておらず、アイロンのかかっていないシャツに作業ズボンだ。腰には金づちとかペンチみたいな道具がぶら下がっていて、どちらかと言えば小道具さんみたいな格好をしている。
本当にこの人が支配人か疑っちゃうが、出勤してくる人たちが「支配人、おはおよう」と声をかけていくので間違いはないだろう。
彼の他に劇団員が12人。大道具が2人。衣装さんが1人。そして、驚くことにここの経理を任されているのが良太さんだった。
「いやぁー頑張ってるね、ひとみちゃん」
洗濯を干していると、後ろから良太さんが声をかけてくれた。
「今日も出張事務員ですか?」
「まあね。こき使われてるよ」
劇団には週に2日、お金に関する手続きを処理するために顔を出しており、チケット代から、劇団で働く人たちの給料の管理まで任されているそうだ。他にも商会が援助している商売で、人手が足りなくきちんと経理ができないところを回っては指導している凄腕らしい。
ただの変態かと思ったら、意外な才能があるもんだ。
「今日は事務仕事じゃなくて、趣味の方の手伝いに来たんだ。もし時間があるなら、ひとみちゃんも顔を出さないかと思って誘いに来た」
「趣味?」
「ああ、たぶんひとみちゃんも興味があると思うよ」
うーん、何だろう。
良太さんに歌の趣味があるとは聞いてないから、歌を歌えという誘いじゃないとは思うけど、もしかして……。
「わかった。洗濯物を干したら行くよ」
洗濯ものと言っても、そう多くはない。衣装などはそれぞれ各自で洗濯するし、私が洗うのは泊まり込みで作業する、大道具さんが寝るシーツだったり、食堂のカーテンだったりだ。
劇場の掃除も稽古場やホールは使ったあとみんなで掃除するし、玄関前など一人でも十分な広さしかない。
正直、こんなんできちんと一人で生活していけるだけのお給料がもらえるのかと思ったが、もらってびっくり。
アパートの一室を借りれるくらいにの金額が入っていた。
良太さんに、こんなにもらっていいのか確認したら、ここの劇団は公演をすればそこそこお客さんが入り、中には貴族も見に来るくらい評判がいい演目もあるそうだ。
確かに、日本で言う歌と踊りのミュージカルのようなもので、演題は若い娘が好みそうな恋愛もののようだった。
劇団員も結構イケメンぞろいで、固定ファンも結構いるらしい。
「ひとみちゃんこっちだよ」
階段の上から、良太さんが手すり越しに手を振ってくれる。
イケメン団員より、さわやかな笑顔にちょっと癒やされてることはないしょだ。
階段を駆け上がり、練習場の横のミューティング室に入って行った良太さんの後に続くと、そこには何やらデザイン画が数枚、乱雑に置かれていた。
「うわぁ、これって衣装?」
「そう。次の公園の衣装案だよ」
そう答えたのは、衣装係のエンダだった。
彼女は貴族相手のドレス工房の見習いで、将来自分の店を持つために修業しているらしい。
実は転生者で数年前に前世の記憶を取り戻しているそうだ。
ニコニコと、数枚デザイン画を手に取り、私に「みてみて」と嬉しそうに手渡してくれる。
この世界に来てシナに続く二番目の友達だ。
「次回作は敵対する貴族の家のロミーとジュリーの恋の物語だよ。悲劇じゃないけどね」
何故だか、得意げに良太さんがストーリーを説明してくれる。
「それって、なんだかロミオとジュリエットのパクリですか?」
「人聞きが悪いな、パクリじゃなくてアレンジと言って欲しい」
良太さんがチッチッチと、人差し指を私の顔の前で揺らした。
「アレンジって、ものは言いようですね」
「いいじゃないか、日本ではパクリでもこの世界じゃ
パクったって認めましたねあなた。
ん?
その言い方……。
「もしかして、このシナリオって良太さんが書いたんですか?」
「そうだけど、僕シナリオライターもやってたんだ。売れなかったけど」
「新聞記者じゃ」
「まあ、それだけじゃ食っていけないし、色々書いてたんだ」
そうなんだ。
初めはただの変態かと思っていたけど、女装じゃない姿はかなり整った顔をしているし、商会でも立派に経理担当として役に立っているみたいだし。めっちゃ多才なんだこの人。
うらやましい。
経理の仕事もできて、前職を生かして劇団のシナリオまで書いちゃうなんて……。
同じ時期に転移して来たのに、すっかり良太さんはこの世界に馴染んで、必要な人間として働いている。
それに比べて、私はいまだ何のとりえもなくて、小間使いのような仕事をしてる。
そんなふうにいじける自分が大嫌いだ。
才能のある人間をうらやんで評価できないなんて、あいつらと同じだ。
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