第16話 初出勤2 ライト視点

「うーん……別に秘密って程でもないけど期待しないでほしい」

 アランが帰れないと言ったのなら、僕も話を合わせた方がいいに決まっているが、やっぱりひとみちゃんには希望を持っていて欲しい。

 何より、僕自身が帰れないんて言いたくないし。


「わかった」


「僕の場合は、教会の魔術師集団が創った転移魔法で召喚されてきたんだ」

「転移魔法……。つまり、転移魔法が使えるようになるか、もしくは使える人に頼めば日本に帰れる」

 大声で、ひとみは叫ぶと同時に僕にギュッとしがみついてきた。

 

 こりゃ現実を分かってないな。

 転移魔法はけた外れの魔力がいる。僕を召喚した教会の魔術師も10人以上でやっと僕を召喚したのだ。

 しかも、失敗して魔王の森に落ちてしまいガリレに拾われた。


「期待させちゃったところ悪いけど、僕を召喚したのは他国の王家おかかえ魔術師だし、この国でも数人しか転移魔法を使える人間はいないと思う」

「そうなんだ。じゃあ自分では……無理か」

「残念だけど、魔力量が平民並みのひとみちゃんがいくら頑張っても使える魔法じゃない」

 なんたって、僕はこれでも「勇者」としてここに召喚されたのだ。自慢じゃないが半端ない魔力をはじめから持っている上に、死ぬほど修業をした。


 落ち込むかな? 

 と思ったけれど、ひとみちゃんは何やら考え込みながら僕の前を歩きおもむろに立ち止まると、くるっと振り返り、にこにこと笑った。


「私の魔力がそんなにないのはわかってる。でも、ここに来た時みたくライト君が私をかついで転移してくれたらできなくはないよね」


「残念だけど、そんな簡単じゃない。いろいろ条件があるけど、転移魔法は未来には行けないんだ」


「?」


「仮に僕が戻れたとして、転移魔法で日本に行くとするなら、安全上転移先はこの世界に落ちた瞬間しかない。それより過去にも未来にも戻るのは危険なんだ」

 そう、僕自身日本に転移してみようか悩んでいる。

 異世界を越えるほどの魔力を持っていなければ、どこにも転移できない可能性もあるし、ちょっとでも時間がズレれば、同時に存在する僕自身がどうなるか分からない。


「それが問題なの?」

「問題大あり、ひとみちゃんが僕と戻ればそこにはひとみちゃんにとって過去に当たるはずだろ。つまり、転移する前のひとみちゃんが同時に日本に存在することになる」

「あ」

「わかったろ。転移魔法を使うのは本人じゃないとならないし、そもそも日本と時間軸が同じとは限らない」

「そうなんだ」とつぶやくひとみちゃんは、あきらかにがっかりしているようで、せっかく元気に笑えるようになったのに、また、朝の暗い表情に逆戻りしてしまっていた。


 それからスカラ劇場の道のり、ひとみちゃんは無言だった。

 仕事始めにしくじったな。

 これでは、せっかくアランが気を利かせて僕をよこしたのに、中途半端な同情でかえって失望させただけだ。

 なんとか明るい話題をふらないと。



「ひとみちゃん。俺には鑑定眼があるんだ」

 唐突な僕の言葉に、ひとみちゃんは足を止めて、僕をじっと見た。

 今の時間帯は、朝市を開く準備で大量の荷物を持った人が多く、人通りは少ないけれど、立ち止まればじゃまだ。

 端っこによけてから「君の場合は、歌姫であり魅了を持っている」と小声で伝えた。


「……魅了をかけたのがバレたら、この国では重罪になるからアランさんが封じたって聞いた」

「まあ、確かに。ばれて断罪される確率の方が高い」

何やってんだ! 全然明るい話題じゃねぇ。

でも言いたかったのはどっちじゃないんだけど。


「やっぱりね。乙女ゲームだってモブが魅了なんか使ったら、即効そっこうバレて牢獄ろうごくおくりよ」

 悟りきったようにそういうひとみちゃんがあまりにも、寂しそうで何とか元気づけてあげたいけど、その認識はあながち間違いじゃないので訂正はしない。


 ゲームで魅了とは、ヒロインが知らず知らず王子様に使う時だけ許された奥の手と決まっている。けれど、ここではそんな可愛いものではない。精神作用する魔法は、使えるだけで監視がつく。下手をすれば一生教会で監禁されかねない魔法なのだ。万が一使えることを隠していれば反逆罪とか陰謀と受け取られて極刑だ。




「ひとみちゃんはモブじゃないよ」

「何言ってるの? 私がこの世界のヒロインなわけないじゃない」

「この世界のヒロインじゃないけど、どこで生きていようとひとみちゃんの人生のヒロインはひとみちゃんだよ」

 いいこと言うよなぁ僕。

 と思ったのに、ひとみちゃんはジト目で「ハイハイ」と軽く受け流されてしまう。


 あれ? そんなに僕って説得力ない?


「ありがと、でもモブでいいんだ。目立っていい事無いし、普通に暮らしていけるだけ稼げたら」

 なんだかすごく投げやりな言い方に、腹が立った。

 半分は僕のせいだけど。


 絶望とかなら立ち直れば元気になるけど、あきらめや無関心は心をむしばんでいく。

 ふと、ひとみちゃんの腕の傷に目が行って、ギュッとこぶしを握り締める。


「ひとみちゃん……」

 傷跡を見ていたのを気づかれてあわてて目をそらしたが、ひとみちゃんはやっぱりそんなことは気にしていないという風に、前を向いて歩き出した。

 気にしてないふりするのに、なんでそんなに傷付いた顔するんだよ。


「さあ、仕事初日から送れるわけにいかないから急ごう」


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