第7話 魅了
「あーあ。しっかりアランに
執務室のソファーに突然現れて、ライトが出されていたクッキーを口いっぱいに放り込む。
「聞いてたのか」
「うん、アランの悪だくみを観察しておかないと、いつ巻き込まれるか分かんないからね」
別に今回は、悪だくみをするつもりはない。ライトの鑑定眼でスキルはほぼわかっているから、使い道もあらかじめ想定してある。
良太はフリライターだと言っていたが、経理スキルを持ち、魔力量も十分だ。自己防衛能力も鍛えればモノになりそうなので、育ててうちの商会でこき使う。
「お前と一緒に転移して酔わなかった一般人は初めてじゃないか」
「確かに。まさか相棒候補?」
「いや、しばらくは商会の雑用をさせて、そのうち一人であちこち仕入れに行ってもらう」
取材も
そこそこ礼儀もあるから、営業もやらせてみてもいい。
あのセーラー服が変態かどうかは見極めが必要だが、宿泊所で問題もないし女装が趣味でも悪いことではない。
「悪いこと考えている時のアランって楽しそうだね」
「失礼な、経費を削減して利益を出すのが俺の仕事だ」
「職員のメンタルも削ってるからな、自覚しろ」
「どうやら魔王討伐にでも行きたくなったのかな、勇者様」
俺の言葉に、心底嫌そうにライトは首を横に振った。慌てたせいで、クッキーを喉に詰まらせ、紅茶で流し込でいる。
「勘弁してよ。魔王討伐に来たなんて言ったら、逆に魔界でこき使われちゃうよ」
うちの商会は魔界とも取引があり、魔王とも懇意にしている。それを知らない人間が討伐を依頼してくるのだ。
もちろん依頼料は受け取り、ライトを送り込むが、魔王に話を合わせてもらう条件で、あれこれ仕事を手伝わされボロボロになって帰ってくる。
ふん、これでしばらく生意気な口を聞かないだろう。
「でもなんで、歌姫に雑用なんてさせるの?」
「歌姫ね。よくわからないスキルだな」
顔はそこそこ可愛いが、常識のなさと下品な言葉づかいでは旅芸人にすらなれそうもない。
しかも、本人が人前では歌わないと言っていた。
「あんなすぐキレて暴れる人間が歌姫になれるわけないだろ」
「確かに、それにちょっと気になることもあるし」
気になることとは手首のたくさんの傷のことだろう。拷問されるにはおかしな場所だし、手錠ででも繋がれていたのかと思ったら、ライトの
親しくもない人間に感情移入してしまうのはライトの悪い癖だ。
「この世界では生きたいと思っている人間しか生き残れない。余計な同情はするな」
「わかってるよ。ただ、歌姫のスキルの他に、
魅了か。
確かに厄介だが、ひとみの魔力は本当に微量だった。せいぜい生活魔法が使えるようになればいい方だろう。魅了は精神魔法に分類され、それを利用して利益を得れば処罰されるが、万が一魅了が使えたとしても自分より弱い魔力の人間にしか使えないのでは、訴えられるほどの金を稼げるとも思言えない。
「まあ、魔法が使えるようになったときに注意はしておく」
ライトの話にさして興味もなかったが、問題はすぐに起こった。
*
「これは一体どういうことだ。サム、説明しろ」
宿泊施設の様子がおかしいと、商会で働くジーニに言われて様子を見に来ると、雑用をしているはずのひとみが食堂でお茶をしながらパイを食べ、魔法の訓練やそれぞれ仕事に言っているはずの人間が、洗濯や掃除をしていた。
同室のシナに聞けば、数週間前からこの施設で一番大きな1人部屋に移り、シナの手伝いもほとんどしていないのだという。
「どうしたんだアラン。何か問題でも?」
サムは何が問題か本当に分からないようで、ひとみが食べ終えた皿を持つと料理場へもっていって洗った。
じろりとひとみに視線を移すと、自分は関係ないとでも言いたそうに両手のひらを上に向ける。
確信犯か。
「シナ、なぜひとみは君と一緒に洗濯をせず、一人で遊んでいるんだ?」
「ひとみちゃんは、畑の野菜を大きくて、しかもおいしく育てることができるんです。疲れたら、力を出せないからたくさん食べて、たくさん休む必要があるんです」
まるで、自分のことのように嬉しそうに説明すると「すごいんです」とうっとりとひとみを見つめた。
魅了だな。
無意識なのか、故意なのか。
ここにいるほとんどの人間は、案内所のもう一人の代表であるアリスが、身寄りのない子を拾ってきては食べさせて、教育をして育てている子供たちばかりだ。
サムもその一人で、俺がここに来た時からいる古株だ。子供たちを甘やかすことなくきちんと教育でき、今では宿泊所全般の管理を任されている。
決して、ひとみのわがままを許す人物ではない。
ひとみの魅了は、ちょっと好意を抱く程度だったはずなのに、こんなにあからさまの好意を持たせることができるとはどういうことだ?
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