第8話 歌姫の本当の力 良太視点

「まずい……何このトマト青臭あおくさくて豚のえさみたいじゃない」

 ひとみちゃんの言葉に、あたりの空気が一瞬凍り付いた。


 この世界に来て2週間。

 ワクワクが止まらない。

 まだ自分で魔法を使うことはできないが、先日の魔法のレッスンでは、自分の中にある魔力を感じることができた。

 このまま上達すれば、魔法石が無くてもトイレの水も流せるしお風呂の水もかせるようになるという。

 空を飛んだりはできないだろうけど、火くらいは出せるようになるのではと期待している。


 まあ、気がかりはいくつかある。

 食べ物がまずい事。それと俺と一緒に来たひとみちゃんだ。

 下心というより、地球にいる妹にどこか似ている。

 社会人になり、離れ離れに暮らしてはいたが、会えば面倒そうにぽつぽつと話をしてくれた。小さい頃は後ろを引っ付いて歩いて、「おにいちゃん」としつこくその日の出来事を喋りまくっていたものだ。


 あの日、地元で開かれていたコミックフェスに、趣味兼取材で行ったときにサーシャちゃんのコスプレをしていた彼女からオーラを感じて、目が離せなかった。

 自分も、マーシャのコスプレをしていることをすっかり忘れて、話しかけた時はこんなことに巻き込まれるとは思わなかったけど。不思議と後悔はない。



「何だと! サムが世話してやれっていうから大目に見てやってたのに、俺達が一生懸命育てたトマトを豚の餌だと」

 シナと同じくらいの少年がひとみに飛びついて殴りかかる。

 ひとみも、負けじと反撃し二人は畑を転がり、つかみ合いの喧嘩を始めた。


 凄い。

 本気の喧嘩だ。

 いくら子供の喧嘩だとしても、打ちどころが悪ければ怪我をする。

 辺りを素早く見まわすが、あいにく今日はサムはいない。

 仕方なく、お互いの腕をつかみ、相手の動きを封じようともがいている二人を強引に引き離す。


「今のは、ひとみちゃんが悪い」

「なんで私が」

「誰かが丹精込たんせいこめて作ったものを馬鹿にするのはいけないことだ。君だって好きな作家のアニメをけなされたら怒るだろ」

 ぐぐぐ。っとうなり、ひとみちゃんは唇をかみしめたが、自分が悪かったと認めたらしく、小声で「ごめん」と謝った。


 オオォ。

 ちょっと進歩したな。

 ここはもう一押し。


「じゃあ仲直りの印に、トマトの歌を歌ってあげたら」

「はあ、何言ってるんだ変態のくせに」

 いや、変態は関係ないよね。


「トマトの歌? そんな変な歌があるのか?」

 ひとみちゃんに謝られた少年が、ばつが悪いのか話に食いついてきた。

 一緒に作業していた数人の子供たちも歌には関心があるようで、集まってくる。


「ああ、私の好きなグループのサーシャちゃんの持ち歌なんだ」

「絶対に歌わない」

 口をとがらせ拒否するひとみちゃんに、少年は「歌ってくれたら許してやる」と意地悪な笑顔で言った。


「私も聞きたい」

 歌って、歌ってと子供たちにせがまれ、ひとみちゃんが仕方なく歌いだした。


「トマト、トマト、トマト、トマト、サラダで食べてもおいしいよ」

 単調だけど、リズムが良くて楽しい歌だ。

 いつの間にか子供たちも一緒に歌い、このまま平和に異世界生活を満喫できるかな。と思っていたら。このころからなんとなく、宿泊所の雰囲気がおかしくなり始めた。


 その日の夕食に出されたとトマトはこの世界で食べたことのない味だった。青臭くなく食べやすい、慣れ親しんだ味で、地球のトマトに似ていて甘い。

 まるでフルーツのようにおいしい。



 みんな、素直に喜んでいたが、誰かが言った。

「これって、歌のせいじゃないか。きっと、ひとみちゃんには歌うと食べ物がおいしくなる魔法が使えるんだ」


 確かにそれは当たっていたらしく、畑の野菜は美味しくなっただけじゃなく、成長も早くなったらしい。

 でも、影響はそれだけではなかった。


 ひとみちゃんが何をしても誰も怒らなくなった。

 一緒に仕事を任されていたシナも、ひとみちゃんは畑仕事があるからと、家事はやらなくていいと言い出し、注意するかと思っていたサムなどの年長者もそれを黙認した。


 初めは、この世界で貴重な食料を美味しくできたりする魔法が貴重きちょうだからかと思ったが、なんだか違和感を感じて、俺に魔法を教えてくれる商会の職員でもあるテオに相談すると、すぐに様子を見に来てくれる。


 ライター時代から嫌な予感はすぐ当たった。



 テオは召喚者ではなく。前世の記憶を持った転生者だ。

 人に何かを教えるというのは、異世界だからとか関係なく人間性がすごい出る。

 俺のことをまだ警戒していて(まあ、一番初めのセーラー服の登場なら当然だが)、打ち解けてはくれないがとても丁寧に教えてくれる。


 何人かと、テオが話をすると、すぐに「これはまずいな」と難しい顔をして、俺を外に連れ出す。


「いつからみんなあんな状態?」

「あんなとは?」

 認識の違いで、話を進めるのは嫌だったので、テオに聞き返した。


「ひとみさんを盲目もうもく的にしたっている状態。サムまであの状態なのは深刻だ」

「やっぱり、私の違和感と同じです。たぶん、ひとみちゃんが歌を歌うようになってからです」

「なるほど、これはアランに報告が必要なので、僕はすぐに帰ります」

 事を大きくしたくはなかったが、魔法関係なら自分がどうこうできる問題じゃない。

 もっと早く、相談していればよかった。



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