第6話 働かざるもの食うべからず
10日後、保護した二人を執務室に呼び出した。
サムがよく面倒をみてくれたようで、ある程度この世界のことは理解したようだし、手の付けられない娘もおとなしく文字の勉強をしていたらしい。
もっと早く呼び出す予定だったが、まあ、結果的に時間をおいてよかったのかもしれない。
「こんな感じでしょうか」
職歴はフリーライターの他に、アルバイトでいろいろとやっていたようだ。
度胸もあるし、使い物になりそうだ。
問題は、愛想笑い一つしない少女の方である。
こちらの世界の服も支給したはずなのに、何故かいまだにもとの世界のセーラー服を着ている。
なんでもライトが言うには、JKのセーラー服は最強のアイテムなんだとか。
なんだそれ?
無言で差し出された履歴書にはもちろん職歴はない。
特技もなし。
「何か希望の職種はありますか?」
「この世界に長くいる気はないので、しばらく一人で生活していけるのなら別に何でもいいです」
「じゃあ得意な事とかは」
「うた?」
そう言ってからひとみはしまったという顔をして、口を押えた。
「人前では歌わないから」
「なるほど。わかりました。では、こちら契約書ですので、読んでから署名してください」
2人の前に数枚の紙を置くと、今度はつき返すことなく手に取って読み始める。
「1枚目は家賃契約です。2枚目に食費など生活費。3枚目以降はそれぞれあなた達に必要な教育費です」
「ちょっと待ってください。家賃はわかりますが、この10日分の教材費って何ですか?」
「文字の教科書と紙代です」
「食費より高いじゃないですか」
「当然です。こちらでは紙は貴重。それより貴重なのが
「それで教育費がこんなに高いんですね」
良太は「うーん」とうなりながら、3枚目にかかれた教育費の項目を精査し、気になる箇所は要点をまとめて質問してくれる。
よしよし、この前と違って話の進みが早いな。
さて、お嬢様の方はどうかな? と目をやれば契約書を今にも破り捨てるのではない、かというようなしかめっ面で睨みつけている。
「どこか問題でも?」
「聞いてない」
「何をですか?」
「お金を取るなんて聞いてない。初日にあなた、ここは案内所だって言ったわよね。履歴書を書けば宿泊所に泊めてくれるっていったのに」
納得いかないのか握りしめていた契約書を乱暴に机に置く。
「まあ、確かにここは案内所です。だからこの世界で生きるために力を貸そうとしてるでしょ。ただ、こちらもすべて無償という訳にはいかない。宿泊施設で働く者にも給料を出さなくてはならないし、食材はタダじゃない。ちなみにそこには昨日までの宿泊費も食料代も入っていませんから」
今までやってもらって当たり前、育ててもらって当然だったのだろう。
それはわかるが、これからは自立してもらわなくては困る。
「もしも、お金を借りるのが嫌なら、3カ月は宿泊所で働いてもらえば部屋と食事を無料で提供しよう。給料は出せないですが」
「宿泊費も食費もタダ?」
100%疑いの目で俺を見るが、別にどうでもいい。
俺は従業員の契約書を机から取り出し、ひとみの目の前に置いた。
「これは今、下働きとして雇っている10歳の少女と同じ契約書です。彼女と同じ条件でどうです?」
シナは転生者ではなかったが、路地裏で死にそうなのをサムが拾ってきたのだ。
「シナ……10歳」
契約書の最後にかかれているサインをみてひとみが考え込む。少しは字が読めるようになったんだな。
「食堂で配膳をしていた子。こんな小さい子まで働かせているの?」
「そうです。働かなければ飢え死にだと言ったでしょう」
「……」
「仕事は午前5時から午後4時まで、休憩は朝昼それぞれ一時間。そのほかにも仕事さえきちんと終われば、自由にしてもらっていいです。水汲み掃除、洗濯、食事作りがおもな仕事。部屋は彼女と二人部屋。3カ月たって、まともに働けるようになったら、改めて契約するか考えてください」
説明しながら、素早く日本語で書いていく。
「わかった。それでいい」
「ちょっと待ってください。使用期間も無給というのはどうかと」
「ここでは珍しくない。いやならいつでも職業ギルドを紹介してあげましょう」
ひとみが納得したのに、いちゃもんをつけたのは良太だ。
まあ、魔法も使えず家事もしたことのなそうなお嬢ちゃんが、安易に契約するとなれば止めたくもなるわな。
「鈴木さん、心配してくれるのはわかるけど、私はこんな怪しい奴からお金を借りる方が嫌だ」
酷い言われようだが、やっと話がまとまった。
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