第5話 ハイジのベッド ひとみ視点

「最悪」

 連れてこられた宿泊所は町からずいぶん離れて建っていて、幼稚園児くらいから、30代くらいの年代の人間が10数人暮らしていた。

 たぶん、サムだったか、でかくて不愛想な男が一番年長なのかもしれない。


 6畳くらいの部屋には、そこらへんで拾ってきたんじゃないかというような木の机とベッドしかない。

「まさかトイレもお風呂も共同だなんていわないよね」

 あちこち隙間だらけだし、他人と一緒のお風呂なんて絶対に嫌だ。

 固そうな椅子に座りたくなかったので、着替えてなかったがベッドに座る。

 ふわりと草の匂いがして、なんだかお尻の下に違和感がある。


「まさか」

 シーツをめくると、干し草がひきつめられていた。


「草……」

 頭を両手で抱え込み、その場に座り込む。

 草の上に寝れっていうの?


 ハイジか!


 身体中からだじゅうぞわぞわとかゆくなり、私は自分の身体に虫がついてないか確認すると急いでベッドから離れた。

 いくらなんでも、人を馬鹿にしている。


 文句を言ってやろうとドアノブに手をかけるが、さっきここまで来た街並みを思い出す。


 どこかヨーロッパ風のお洒落しゃれな店に、こざっぱりした可愛らしい家が並んでいる通りを何本か入ったところには、舗装ほそうもされず路上を素足で歩く子供。馬車のあとをついてふんを拾う子供。物乞いをするのに近づいてくる子供たちがいた。


「ここは本当に日本じゃないんだ」

 異世界なんて、どうして私が。

 どう考えても、こんなところで生きていくのなんて無理。


「日本に帰る方法を探さなくちゃ」

 綺麗すぎる水色の髪の男の姿が脳裏をかすめた。

 あの、すました顔を絶対にボコボコにしてやる。


 私は立ち上がり、ベッドから布団とシーツをはがし机の上に置いた。それから乾草の中に虫がいないか慎重に確認する。


 トントン。

 あまりに集中して虫がいないかチェックしていたので、どれほどそうしていたか分からない。


 トントン。

 もう一度、誰かが扉をノックした。


「誰?」

「あの、鈴木良太です」

 変態か。

 殴ってしまったから、文句を言いに来たのだろうか。

 あの時は散々、森を歩き回って疲れ果てていた。そのあと空中を飛んで酔った上に、スマホまで使えないという非常事態だったのだ。冷静になれば自分でも、悪いとは思う。


 仕方なく私はドアを開けた。


「何?」

「ちょっと食堂で話をしませんか? っていったい何をしてるんです?」

 鈴木は散らかった干草をみて首をかしげた。


「虫がいないか確認」

 そう私が言うと、鈴木はフッと表情を緩めて笑った。

 どうやら、蹴ったことは許してくれるらしい。




「落ち着いた?」

「全然」

 学校の教室みたいな食堂の椅子に座り、泥のようなコーヒーをすすると、なんだか涙がこぼれた。

「これは悲しいとか、寂しくて泣いてるんじゃないから。ただ、同じくこっちに来て私だけ、動揺して取り乱したことが悔しくて」

「そっか。でも、こう見えて僕も動揺してる。でも、ほら、恰好がセーラー服戦闘着だったから、逆に驚けなくて冷静になれた」

 鈴木のいうことは理解できなかったけれど、またしてもなぐさめられている気がした。


「昼間はごめん」

「いいよ」

 セーラー服を脱ぎ、生成きなりのブラウスに、ベージュのズボンをはいた鈴木はまともな社会人に見えた。


「話って?」

「うん、僕はアランさんの提案を受けてしばらくお世話になろうと思う。ここについてからサムさんにギルドの話を聞いたりもしたけど、職業ギルドに登録しても読み書きもできない、剣も魔法もできないのでは力仕事しかないらしい」

 まあ、当然だよな。と鈴木はため息をついた。


 私も泣いてばかりじゃいられない。

 異世界で、確かに魔法どころか字も読めない人間は、あいつの言った通り本当に野垂のたれ死にだ。それに帰る方法を探すにはお金がいる。


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