第2話 意外にまともそうな変態男
「で、そのプロジェクトマッピングっていうものと勘違いして、魔法陣に飛び込んだんですね」
「飛び込んだって言うか、そこにサーシャちゃんが立っていて一緒に写真を撮ってもらおうと思ったんです。インスタスポットかと思って」
目の前には執務室のソファーに、身を縮めて辺りをキョロキョロと落ち着きなく眺めている男が座っていた……男だよな?
ライトはおじさんと
頭がぼさぼさなのは、手に持っているピンクのかつらがとれてしまったせいとしても、真っ赤にひかれた口紅は、ヤローとは思えないほど艶かしい。
ライトの言う通り、変態かもしれないが、素顔は結構いい男かもしれない。
意外に筋肉質の足に丈が短くピチピチのセーラーは、デザインは似ているが水兵の制服にはセクシー過ぎる。時折、丈の短いセーラーを気にしてか、しきりに伸ばしているがそんなことで、短さが軽減されるわけではない。
本人もこの格好が恥ずかしいとは自覚しているんだな。
「そのサーシャって子は?」
「あ、ピンクベリーのメンバーです。コスプレだけど」
よくわからないが、聞く価値がないのは確かだ。
魔法陣の中央に立っていたというし、その子が本来の召喚者だろうな。
「ここはもしかして異世界ですか?」
男が覚悟を決めたように背筋を伸ばし、両手を膝の上でギュッと握りしめて質問してきた。
凄いな。最近の召喚者は、すぐに自分の現状が理解できる。こんな風に異世界が存在することに驚かないなんてどんな常識してるんだ?
「たぶんね。あなたが地球という所から来たのだったら」
不安そうな顔をしているが、わめき散らしたりせずしっかりと俺の目を見て話す態度は好感が持てる。
何より、黒い革靴がピカピカに磨き上げられているのがいい。
「私は元の世界に帰れたりは?」
「残念だけど、しないですね」
「そうですか」
と返事をした男は帰れないと知っても、あわてたりはしていないようだった。
「
「いえぇ。これでも内心は動揺しまくりなんですよ。ただ、なんだか驚きよりも感動の方が大きくて」
「感動?」
「あの、失礼だと承知でお尋ねしますが、あなたのその水色の髪と瞳は本物ですよね。まさか染めたりカラコンだったりは……やっぱりその美貌は攻略対象者で間違いないと思うんですが、線の細さは騎士には見えないし、この決して豪華じゃなくて機能的な執務室は首都貴族っぽくないし、辺境の領主? または商売人?」
男はそれまでのおとなしそうな印象とはがらりと変わり、
「あ! 一番大事な事を聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
俺は頭を抱え込みたいのを我慢して頷いた。
「この世界は何ていうゲームの世界ですか?」
キラキラ。
期待いっぱいの瞳で訪ねられ、思わずため息が出た。
「申し訳ないが、何のことだか分からない。少なくともここは俺達にとって現実の世界で、あなたにとっても現実の世界ですよ」
「現実の世界……そんなはずは」
男にとって、元の世界に帰れないことよりもここがゲームの世界ではないことの方がショックだったようで、「そんなぁ」と椅子の背にうなだれた。
やっと現実がわかってきたようで何よりだ。
「いきなり、異世界に来て混乱していると思いますが心配は……」
「異世界なら魔法がある!」
これからの説明をしようと一呼吸して話しはじめると、男はいきなり叫んで椅子から立ち上がり、俺のところまで飛んできた。
目がちょっとやばい。
「私、転移してここに来たんですよね。一瞬で何が何だかわからなかったけど、あれ転移魔法でしょ」
俺の肩に
まったく……アリスはいつもこんなハイテンションの奴らの相手をしてるのか。
忍耐が試されるな。
一通り、男の好奇心を満たしてやる為に質問に答えると、ようやっと落ち着いたのか「すいません」と謝った。
「コーヒーでも飲みますか?」
「いただきます」
俺は自ら二人分のコーヒーを淹れるとテーブルに置いた。
「どうぞ、試作品なんで感想をお願いします」
「所作が綺麗ですよねぇ」
いや、俺のじゃなくてコーヒーな。
この男、会話がかみ合わないのは動揺のせいじゃないな。
「あの、写真撮ってもいいですか?」
俺は空気読めよ、という意味を込めてじろりと男を睨む。
「すみません。めっちゃ綺麗だったんで」
よし、この男、空気は読めるな。
スマホが使えなくなっていることに気づかないうちに、話を進めないとな。
大抵の人間が、この世の終わりみたいに騒ぎ出す。
「それで、なぜ私はここに連れてこられたのでしょう」
やっと本題。
「ここは、普通の商会なんですが、召喚者や転生者の案内所でもあります」
「案内所?」
「まあ、
履歴書を差し出し男を見ると、俺の後ろを見て固まっている。
?
咄嗟に振り向くと、そこにはライトが少女を抱きかかえて立っていた。
「あ、邪魔してごめん。もう一人見つけたんだけど、転移
男と同じセーラー服を着た少女は真っ青な顔で口元を押さえている。
まあ、これが普通だな。
「吐きそう……」
「え! ちょっと待って、トイレ行くまで我慢して!」
ライトが慌てて少女を抱かえたまま走って出て行く。
「あれが、転移……突然前触れもなく目の前に現れた! もしかして私もああやってここに現れたんですか!」
凄すぎ魔法って……とわなわなとつぶやく男の瞳にはもう俺のことは見えてはいないようだった。
はぁ。
こりゃあ、また駄目だな。
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