異世界案内所~楽しい仕事? そんなのあるか、転生者でも働かないと食えないんだよ

彩理

第1話 お客様は女装のおじさん


「あのさ~、ガリレが森で変なおっさんひろっちゃったんだって」

 ライトが目の前に転移してきて、いかにもアピールするように腕を組み片手をあごに添えて首をかしげる。

 ドアから入ってくるならまだしも、突然執務室に現れるなんて、最近甘やかしすぎたな。


「お前から見ても変なのか?」

「俺から見ても……って、それって誤解をまねく発言じゃね。まるで、俺がのカテゴリみたいじゃん」

「そうは言ってない。ただ、同類だろ?」

「なんかその言い方も嫌なんだけど」

 同類という言葉が気に入らなかったのか、少しねたように頬をふくらませた。

 13歳だというのに、声変わりしてないせいかとしより子供っぽく見え、ややかな黒髪は寝起きのままで、あちこちぴょんぴょんと跳ねている。しかも、よれよれのマントには泥はねのように血痕けっこんがこびりついていた。


「身だしなみがなってない。間違っても、そので店に出るな」

「え、そんな?」

 腕を上げて、マントの裾や後ろをチェックすると、ほこりがパラパラとみがき上げられたマホガニーの床に落ちた。


「勇者じゃなくて、お前はうちの社員なんだから、もっと清潔感のある恰好をしろ」

「あちゃー、ちょっと魔物が増えてたから掃除してたんだ」

 その言葉と同時にマントが洗いたてのように綺麗になる。


「床」

「あ、ごめん」

「ついでに、執務室全体もな」

「えー」と、顔をしかめながらも部屋全体がすっきりする。


「僕に感謝は?」

 最近「僕」から「俺」に変わり、しかも時々「僕」に戻っているのだが、揶揄からかうのをぐっと我慢してやる。


 こんなんでも「勇者」の称号しょうごうを持つ。

 魔王討伐のためにこの世界に召喚されたのに、勇者になりたくなくて、こうして俺の下僕使い走りを楽しそうにやっている、うちで最強の社員だ。


「で、具体的にどう変なんだ?」

「そのおっさん、ただのえっぽいんだけどセーラー服を着てるんだ」

「別に問題ないんじゃないか? 水兵だろ」

 それほど珍しいものでもないのに、召喚前地球では変な服装という認識なのだろうか?


「ああ、違う違う。下スカートなんで女装的な?」

 セーラー服にスカート? 確かに奇妙だ……?


「前の世界ではJKが着るのが一般的なんだ」

 JKとは、とライトが偉そうに説明しだすが、そんなことどうでもいい。


「なんで連れてこなかったんだ?」

「え! だってさわるの嫌じゃん。変態だよ」

 大げさに眉を寄せると、ライトは汚いものをはらうように両手をひらひらさせた。

 魔物でもゴキブリでも平気で捕まえるのに、たかが変態にさわれないなんてどういう判断基準なんだ?


「なるほど、それでもう一人は?」

「もう一人?」

「そいつが巻き添えなら、巻き込んだ人間がいるだろ」

「うん、まあ……。巻き添えというか、保護者?」

 なんとも歯切れの悪い言い方に、珍しいなと思う。


 異世界人がこの世界に迷い込んできた場合、ライトにはまず初めにステータスをみてその役割を確認させている。

 このステータスを見る「鑑定眼かんていがん」はなかなか重宝ちょうほうな能力だ。ライトが召喚されてくる前は、いちいち適性をあれこれ確認しなくてはならなかったので、膨大ぼうだいな時間と労力を要したが、それが瞬時にわかるのはコスト的にものすごく貢献している。

 調子に乗るので本人にはないしょだが。


 今回はどこかに「巻き添え人」であり「保護者」という立場なのだろうか。


「おじさんのあまりの衝撃的な恰好に気を取られて、もう一人が誰なのかじっくり確認してこなかった」

 まったく、こいつは最強チートなのにいまだにどこか抜けている。


「ガリレの家にはいなかったのか?」

「うん、一人だけだった。ガリレが探してくるって言ってたよ」

「お前も行って、早急に探し出して連れてこい」

 魔王の森に落ちたのではそうそう長生きはできないだろう。


「わかった。それで、変態おじさんの方はどうする?」

「そいつもだ、ガリレの所に置いておくわけにもいかないだろ」


 ガリレは元は宮廷魔術師だった、変わり者で今は魔法の研究をしに魔王の森に住んでいる。

 薬草を優先的にまわす約束で異世界から落ちてくる人間を保護してもらっているのだ。


 あの魔術師は、女子供おんなこどもなら文句も言わず、保護してくれるだろうが変態だと知れれば、それこそ怪しげな実験に使われかねない。

 ある意味、変態より危険人物だ。


「でも、あんなの連れてきたらアリスの迷惑になるだけじゃない?」

「大丈夫だ、しばらく留守だから。俺が見てクズだったらそれ相応の使い道を考える」

「うげ、かわいそ」

 ライトは自分で変態と説明したくせに、心底同情するように胸の前で十字を切った。

 俺が何をするというんだ……。


「さっさと行け」

「はーい」

 返事と共にライトの姿が音もなく消えた。


 ライトにはああいったが、異世界人は貴重な人材だ。処分しないで何か適材適所な使い道を探そう。


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