エピローグ
ヘルミーネさまとの話し合い後、彼女の言ったとおり、アインホルン系の貴族は綺麗に手を引いた。輸入制限の案は棄却され、取り扱いの制限も解除された。
わたくしとしては彼女と和解できたつもりだけれど、お互いの周囲を変えるのはまだ時間がかかりそうだ。
アインホルンの一族全員に、シュトラールへの好感を持たせることは難しい。同じく、ヘルミーネさまのもとにいるヴィムを、シュトラールの職人たちが許容することも。
もう少し代を重ねなければ、この溝は払拭できないかもしれない。それでも今、わたくしたちにできることはあるはずだ。
「ごきげんよう、ヘルミーネさま」
「ごきげんよう、アリアドネさま、テオフリートさま」
夏の爽やかな夜。リンドン侯爵邸の舞踏会で顔を合わせたわたくしたちは、微笑みを交わした。
わたくしが着ているのは、以前作った菫色のドレスをゲルデが仕立て直したもの。首飾りはバルドゥルの新作――輸入制限を機に彼が知恵を絞って作り上げた傑作だ。シンプルかつ斬新で、わたくしにとって今一番のお気に入りとなっている。
ヘルミーネさまのドレスは、可憐な紅色。ドレスの装飾と宝飾品は薔薇を象ったもので統一されていて、小さく揺れる耳飾りが特に素敵だった。
「ヘルミーネ嬢。議会の件、感謝する」
「お礼には及びません。本来、いい歳をした大人たちがご迷惑をおかけしたことをお詫びする立場ですから。そちらの職人と商人のご様子は?」
「もう問題ない。アインホルンへの怨嗟は高まったが」
「よいことだと受け止めます。こちらへの対抗心は、シュトラールがまた技術を伸ばす力になるでしょうから」
彼女は特に動じることなく、わたくしに微笑みかける。
「アリアドネさま、ほらご覧になって。クロエさまのドレスも、だいぶ広まってきましたわね」
ヘルミーネさまの指摘のとおり、気づけばゆったりとしたドレスが増えてきた。独自路線を開拓する婦人たちも昨年より多いように見えた。
「だいぶ社交界の景色が変わりましたね……」
わたくしが壁の花を決め込んでいたころに比べると、多彩なドレスに溢れていて、室内を眺めるだけで楽しい。
「それは、アリアドネさまとテオフリートさまのお力ではないですか」
「わたくしは、選んでもらったものを着ただけですもの」
「そうは言っても、アリアドネさまがいらっしゃらなかったら、シュトラールの流行がここまで席巻することはなかったでしょう。特に若いご令嬢は、恋物語が好きですから」
社交下手で自信がなかったわたくしの手を取って、社交界の中心に連れ出したテオフリートさま。溺愛されながら、少しずつ自分の魅力を知っていって美しくなるわたくし。人を寄せつけない空気をまとっていたテオフリートさまも、愛する人の前では穏やかに笑うようになる。
彼女が言うには、この物語が流行に大きく貢献しているという。
「しかも、自信を手に入れたアリアドネさまはかつての苦労を決して忘れず、悩みを抱えた人に優しく手を差し伸べる。これがわたくしにとってどれだけの脅威になるかおわかりですの?」
「わたくしはただ、社交界が苦痛の場と思ってほしくなくて、自分の体験を語っているだけですわ。それしかできませんもの」
「それしか、ですか……。それこそ、わたくしが持つことのできない、あなたの最大の強みだと思いますけれど」
ヘルミーネさまは呆れたように息を吐き、不敵に笑む。
「わたくしはわたくしの物語を考えているところです。お二人とはまったく違うお話を」
そのとき、楽団が演奏の準備を始めた。
「アリアドネさま、テオフリートさま、どうぞ踊ってらして。ここは思い出の場所ですから、今夜も愛し合うお二人の物語の続きを提供するとよいですわ」
「では、お言葉に甘えて」
テオフリートさまはやや弾んだ声と共に、わたくしの前に跪いた。
「私の愛する、美の女神よ。どうか私の手をとってほしい」
美の女神……!
動揺するわたくしの手を勝手に取ると、テオフリートさまは部屋の中央へと連れていく。部屋の向こうでは、イーリスとツェーフィルさまがおかしそうに笑っていた。
「テオフリートさま、女神はさすがにどうかと。皆、ざわついているではないですか」
「他人の目は気にしなくていい。それに、私には実際に君がそう見えるのだから」
音楽が始まると、テオフリートさまのリードでわたくしはステップを踏んだ。
踊りながら、最初にエスコートを受けた夜を思い出す。終わらないでほしいと思った夢の時間は、あの日の自分が想像できなかったくらい長く長く続いている。
あのときよりも、もっとわたくしはテオフリートさまを深く愛している。社交が嫌で仕方なかった時代が嘘のように、今は幸せだ。
ターンをしながら、彼を見上げる。菫色の眼差しが、わたくしの視線を優しく受け止めてくれた。
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