主役足りえる輝き
夏の陽光が、我が家の庭を明るく照らす。宴の開始の時間がやってきた。
両親の横で、わたくしはテオフリートさまと並び立つ。視界は、煌びやかな衣装をまとった招待客で満たされていた。
「フロイト卿のお話が届かないほど、皆が君に釘づけだ」
客人たちへの感謝の口上を述べるお父さまを横目に、面白がるような囁き声。この公爵さまは時折、こうした少年のような表情を見せる。
自分が宴の主役になるなんて、ひと月前には信じられなかった。しかも、横にはテオフリートさまが婚約者として立っているのだ。過去の自分に告げたとしても、まったく信じないだろう。
実際、デビューのときにエスコートしてくれた従兄のエグモントも、「あのときは想像もしていなかった」と何度も言っていた。
歓談の時間となり、出席者が次々にお祝いを告げにきてくれる。
「ご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
今日はこのやりとりをずっと繰り返すのだろう。
どの社交の場でも、これほど声をかけられる経験はなかった。ありがたく思いつつも、挨拶の洪水に溺れてしまいそうな気分になる。
「テオ、おめでとう」
気さくに声をかけてきたのは、テオフリートさまの親友、ベルネット伯爵家のツェーフィルさまだ。今は近衛隊に所属していて、わたくしでも見上げてしまうほど身長が高い。
婚約が内定したときに、テオフリートさまが友人として真っ先に紹介してくださったのが彼だ。かつて、テオフリートさまも軍人になるつもりだったらしく、その縁で親しくなったと聞いた。
「君たちの婚約が噂になったときから、僕への探りが本当に多くてね。ようやく正式な披露目を迎えて、ほっとしているよ」
「それは……ご迷惑をおかけいたしました」
わたくしの言葉に、テオフリートさまの唇から大きなため息が漏れた。
「詫びなくていい。彼なりの軽口だ」
続いて、ツェーフィルさまのくすくすと笑う声が降ってくる。
「アリアドネ嬢と出会ってから、彼がそれはもう浮かれて浮かれて……おかげで、とても愉快な姿が見られました」
「余計なことは話すなよ、フィル」
わたくしの前ではいつも紳士的なテオフリートさまだけど、ツェーフィルさまと話すときは少し砕けた口調になる。
そうした一面を知ることができて嬉しいと思う反面、昔の彼を知っているツェーフィルさまが少し羨ましくなる。
「やっとここまで来られてよかったと言いたいところだが、まだ婚約しただけなんだよな。これから結婚まで一年近くあるのだから、付き合わされるアリアドネ嬢がお気の毒だ」
ああ、このお方はわかっていらっしゃるのだ……わたくしがシュトラールのさらなる発展のために選ばれたことを。
「ツェーフィルさま、お心遣い感謝いたします。ですが、わたくしは婚礼までの日々を思うと、自然と心が弾むのです」
それは紛れもなく本心だった。臆病なわたくしは、幸せな婚約者として振る舞っているときにしか、こうした想いを言葉にできない。
周囲の出席者は、わたくしとツェーフィルさまの会話を聞きながら、微笑ましそうな表情を浮かべる。
密かに横へ視線を移すと、テオフリートさまが笑みを深めて頷いてくれた。きっと、彼の望むように振る舞えているのだろう。
「アリアドネ嬢も、ずいぶんとお変わりになられたな」
「フィル、これが本来のアリアドネだよ」
テオフリートさまにただの名前で呼ばれると、まだくすぐったさを感じてしまう。そんなわたくしを見つめ、ツェーフィルさまは口の片端を上げる。
「せっかく婚約者となったのだから、アリアドネ嬢も『テオ』と呼んだらいかがですか? 彼と親しい者は皆、そうしておりますよ」
思いがけない提案に、固まってしまう。お名前を呼べるようになっただけでも過分な幸せなのに、愛称だなんて……。
「あまりアリアドネをからかうなよ」
かばうように、テオフリートさまが腰を抱き寄せてくる。
「これは失礼。しかし、僕が真にからかいたかったのは、浮かれて婚約者の名を連呼するシュトラール公爵閣下のほうだとは言っておこう」
おどけたようにツェーフィルさまは肩をすくめ、周囲は笑い声に溢れる。こんなに賑やかな会話の中心に自分がいることが、不思議な気がした。
談笑していると、不意に人の輪が途切れる。
「テオフリートさま、アリアドネさま、このたびはおめでとうございます」
開いた道の中央で、優雅に微笑んで立っていたのはヘルミーネさまだった。
慶事にふさわしい、最高品質の生地をたっぷりと使ったドレス。それでいて、主役の邪魔にならないよう、色も形も主張しすぎていない。
さすがヘルミーネさまと言うしかない、完璧な出で立ちだった。
「ありがとうございます、ヘルミーネさま」
いつも悠然とした彼女が、今日は目の輝きが強い。その視線の先にあるのは、わたくしの指輪とドレスだった。そこで、さりげなくヘルミーネさまにご覧いただきやすいように手を動かす。
「まあ、見事な指輪ですわね。よくお似合いだわ」
花を綻ばせるように、彼女は笑った。指輪を作ったバルドゥルがこの表情を見たら、きっと誇らしくなるだろう。
「指輪は、ドレスと合わせていらっしゃるのかしら。少し見てもよろしくて?」
「もちろん」
ヘルミーネさまを中心に、同年代の令嬢たちが集まって、指輪とドレスを見比べる。
「このドレスは……もしやゲルデの仕事では?」
刺繍や縫製に感嘆しながら、ヘルミーネさまは呟いた。
「おわかりになるのですか?」
「ヘルミーネ嬢はゲルデが手がけたドレスをいくつも持っているし、高く評価してくれている」
テオフリートさまがさりげなく補足してくださる。そこで、彼に初めてエスコートされた舞踏会の言葉がよぎった。
――これ以上、私が口を挟むことがないほど完璧だ。
確かに、わたくしの提案は不要なものだった。知らなかったとはいえ、恥ずかしい。
「ゲルデは、わたくしの注文に正しく応えてくれる、最高の職人ですわ。ここまで雰囲気の違うものを作れるのだから、改めて彼女の優秀さを感じます」
そう言ったあと、ヘルミーネさまは会話も忘れるほど、わたくしのドレスと宝飾品にしばらく見入っていた。そしてふと我に返り、朱に染まった顔で見上げてくる。
「ご無礼をお許しください。こんなに素敵で新鮮なドレスを見て、つい心が浮き立ってしまいました」
「いえ、とんでもございません。ヘルミーネさまほどのお方にここまで言っていただけるなんて嬉しいですもの」
彼女とこんなに長く言葉を交わしたことがあっただろうか。同席しても、わたくしが気後れしてしまって挨拶だけに留めてしまうことが多かったから。
こうしてお話してみると、やはり素敵なお方だ。今後はもっと彼女の振る舞いを参考にしたい。
ヘルミーネさまは、他の令嬢たちにも話を振りながら、わたくしの装いについて語ってくださる。本当に華やかに装うことがお好きなのだと感じるほど、素敵な笑顔だった。
つい和みながら相槌を打っていると、イーリスが足音をしのばせて近づいてきた。
「お姉さま、もっと主役として振る舞わないと」
いつもの癖で、ヘルミーネさまたちの話を聞いてばかり。すっかり会話の中心から離れてしまっている。
わたくしをしばらく見守っていたテオフリートさまが、上品に笑い声を漏らした。
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