第4話

「まだ何も言っておらんよ。そんな顔をしないでおくれ」

「それでは、よい報せなのですか? お父様」

「……それは…………うーむ……ううむ……」


 ワールカンマグルト公爵。公爵家を選んだ場合における私の父だ。娘の外見をどう設定していようが小太りでデフォルメされている。ある種のマスコットキャラクターとしてイベント告知に使われるなど、運営には優遇されている。運営には愛されてもゲーム内設定ではとくに愛されておらず、上に立つものらしく寛大なことしか取り柄がないとこてんぱんにこき下ろされている描写があった。ワールカンマグルト公爵家は、当主が代々寛大すぎるがゆえにゆるやかに落ちぶれているのだ。


 マホガニーの上質な机に置かれた手紙を見て、私は悪い予感が的中したことを悟った。シーリングワックスの模様がヴァイセンベルク王家の紋章なので、もう内容はお察し。


「国王陛下との縁談なのだが……その……破談になりそうだ……」

「まあ……そんな……」


 良家の令嬢らしく、悲劇的な様子を装って小さく悲鳴を上げて後ろに倒れ込む。ある種のお約束なので、危なげなくマリアが支えてくれた。


 やはり、親密度不足の際に出るお断りの手紙だった。面と向かって告げられるわけではなく、フェルディナント様本人が書いたわけでもない。あまりにもドライな対応は、当事のプレイヤー達を大いに傷付けた。今も実はちょっと傷付いている。

 となると、残された手といえば……ああ、ゾンビを狩るなんてとても無理。そもそもゲームシステムでゾンビ狩りの報酬として親密度上昇の香水が貰えただけで、整合性はない設定なのだ。運よくフェルディナント様ルートに突入しているからと舞い上がったけれど、異世界転移して貴族に生まれた幸運を噛みしめて平穏に暮らすべきだった。でも、折角同じ世界にいるのに……と諦めきれない気持ちがある。

 そんな中、ふと一つの閃きが生まれる。そうだ。この世界はゲームであってゲームでない。当たって砕けてもいいから(もう砕けてるんだけど)最後まで粘ってみよう。


「一度も会っていないのに破談にすることは、明らかに礼儀を欠いた行為ではありませんか? 一度受け入れられた婚約を破棄するのであれば、せめて通例どおりに両者が対面した後に決めるように申し入れてくださいませんか?」


 ヴァイセンベルク王国では、二代前の国王の婚姻でかなり揉めたらしい。それ以降、国内貴族同士の婚約では対面してから本当に結婚するか決めることになっている。通例を破ることになるのは、外面を一切気にしないフェルディナント様はともかく宰相は避けたいはず。形式的にでも顔を合わせるよう要求するのは不自然ではない。ちなみに、正ルートでは結婚まで一切顔を合わせることはない。主人公の文化的貢献ポイントと宰相とマクシミリアン王子の親密度を上げると、ついでにフェルディナント様の親密度も上がるのだ。なんとややこしい方。


 わざわざ婚姻の慣例を描写して他キャラクターはそれに沿わせたにも関わらず、手紙だけで終わらせた婚約破棄シナリオは、設定オタクを中心に炎上した。そこを突いていこうという作戦だ。そういう細かい描写も見過ごさない私は、当時お気持ち表明した設定厨のうちのひとりでもある。


「確かに……言われてみればそれもそうだな……だが、対面することなくというのは……両家の立地の近さを考えれば首を傾げざるを得ないが、外国との縁談ではそれが普通じゃないか。ほら、我が家は名目上は他国だから」


 そこを突いてきたとは……お父様もなかなかの設定厨……いえ、確かにこの世界の貴族なら常識中の常識なんだった。

 公爵家は、名目上はワールカンマグルト公国を統治していることになっている。領土はなくなったけれど。だから外国という捉え方もできなくはないのだ。


 どうも乗り気ではないみたい。こうなったら泣き落としに訴えよう。お父様は娘の我儘は大体聞いてくれるという情報を信じてみる。


「では……難しいのでしょうか。せめて一度でもいいからお会いしてみたかった……」


 その上で玉砕しても、会わないまま終わるよりはずっといい。画面越しではなく、直接フェルディナント様を拝みたい。

 悲痛な私の声が届いたのか、お父様は困ったように眉を下げた。


「かわいい娘の頼みだからな。対面を希望するだけしてみるさ」

「本当ですか! 嬉しいです! お父様はなんてお優しいのでしょうか……」


 待ち望んでいた言葉に、ぱっと顔を上げる。思ったより大きい声が出た。


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