第3話

「ありがとう。睫毛が取れたから、もう鏡はしまって平気」


 マリアが鏡を下げた。そのままてきぱきと私の身支度を整えていく。自分で着れるから大丈夫と言いたいところだけど、服の構造が複雑すぎて着方はさっぱりわからないからお任せするしかない。


 部屋の内装で分かることだけど、ユーディトは公爵家の生まれだ。ヴァイセンベルク家の親戚筋にあたるワールカンマグルト公爵家。


 四王国恋奇譚では、攻略対象の設定と同時に身分と資産を決めるシステムになっている。外見と違って直接物語に関わってくる上、相手によっては身分差の恋というものが受け入れられずにバッドエンド確定な選択肢もあって、初心者は必ず攻略サイトを見るようにという鉄則がある。


 血筋確かなものの、資産も領地も持たない公爵家。かたや数代前からの成り上がり貴族で、卑しい身分だと揶揄されがちだが商いに通じる男爵家。そして、バランス型でどのルートにも対応できる中堅の伯爵家。家柄によって初期の内装が変わるシステムなので、パッと見で判別できる。

 プレイヤーが選んだ家以外では、NPCとしてデフォルトの外見と名前で物語に登場してくる。


 攻略サイトには「何が何でも伯爵家にしておけ」と大きく書かれている。というのも、フェルディナント様など国王及び王位継承に関わるキャラクターを除いては、伯爵家が一番進行が楽なのだ。

 国王と王太子キャラクターでも、貴賤結婚ということで駆け落ちするルートもあれば周囲に結婚を認めさせるルートもあり、やり込み要素にもなっている。


 フェルディナント様はそもそも仕方なく結婚するという感じで、ハッピーエンドでも結婚するところで終わり。しかもスチルが仏頂面でよそ見と、全然楽しそうではない。そんなフェルディナント様だから、初期に公爵家以外を選択すると、身分が釣り合っていないと判断されて宰相が跳ね除けてしまうのだ。宰相の跳ね除け力は凄まじく、ヴァイセンベルク家の遠縁にあたる公爵家でも、親密度が高くなければお断りのお手紙が届いてしまう。一度婚約破棄された後は物凄い強烈なアタックをする必要があって、三顧の礼ならぬ三千顧の礼と言われていたくらいだ。


「……ねえ、お父様はなんと仰っていたの? とても急いでいらっしゃるようだけれど」

「私はよくわかりませんが、なにやら深刻なお顔で……急いでユーディトお嬢様を連れてくるように、と……」


 一抹の不安がよぎる。たしか攻略情報も出ていなかった初期の初期、親密度が他キャラクターの二倍必要なことがわからず断られ、三千顧の礼をしてやっと結ばれたのだ。現実にゾンビ撃退はやりたくない。ゾンビを倒しすぎて「死せる者どもの殺害者」という到底乙女ゲームでは考えられない称号も頂いた覚えがある。


「終わりました。旦那様は書斎にいらっしゃいます」


 支度が終わったようだ。それはそれとして気が乗らなかった。

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