第2話

「……! ……さい! 起きてくださいませ! お嬢様!」


 この声はなんだろう。倒れたから病院? 病院でこんなに起こそうとしてくることはないか。そもそも人生でお嬢様なんて呼ばれたことは一度だってないんだけど。唯一の例外は攻略対象とまだ結ばれていない時の放置画面だ。侍女のマリアが起こそうとしてくれる様子がかわいいので、男性プレイヤーは敢えて進行させない状態で放置させている人も多かった。


「ユーディトお嬢様! 旦那様がお待ちですっ!」


 思わず身じろぎした。ユーディトというのは私のプレイヤーネームだ。何かの不具合があってデータが初期化されたに違いない。「旦那様がお待ちです」という台詞に聞き覚えはないけど、きっとアップデートで台詞の追加があったんだろう。というか、初期化されるってどういうこと!? 一度ゲームとパソコンを再起動させて、それでもだめならサポートセンターにお気持ち表明しておこう。

 固く決意して両目を開き、がばりと上体を起こす。そして目にしたのは、初期状態になってしまったゲーム画面でも、うず高く積まれたエナジードリンクの山でもなく……ユーディトの初期の部屋そのものだった。


「…………え?」

「どうかなさいましたか? それより、早く身支度を」


 VR睡眠をした覚えはない。じゃあ、この部屋は一体なに? 少し古びたバロック様式の寝室は、間違いなく主人公のものだ。視界だけでなく、感覚も伝わってくる。現代のスプリングに比べると寝心地はやや劣る、昔のベッドの感触が。

 驚いて言葉を失う私を気にも留めず、マリアは私の顔を柔らかい濡らした布でゴシゴシと拭い、髪の乱れを直しはじめた。うん。この感覚も本物。


 状況を整理しよう。私はゲームのイベント周回に精を出していたところ、立ち眩みで転倒。目を覚ましたら女主人公の部屋にいた。ドッキリの様子もVRであるという可能性はない。

 現実的に考えて――というには非現実に過ぎるけど――もしかしてこれは、かの有名な。


「……マリア。鏡を取ってくれる? 睫毛が目に入ったみたいなの」

「かしこまりました! こちらをお使いください」


 素早く銀細工の手鏡を取り出して私の方に向けるマリア。鏡に映るその顔は、ユーディトそのものだった。主人公という大ぐくりなものではなく、ユーディトの顔。


 ストーリーの進行には直接関係ないけれど、四王国恋奇譚ではキャラクタークリエイトも売りの一つ。顔と髪型はもちろん、身長や体型も操作できる。

 私はフェルディナント様の好みに合わせたすらりと背が高いモデル体型で、劇団の男役のような凛々しい美人に作っていた。ユーディトが超高解像度になって鏡に映っている。


 つまり、私はユーディトになってこの世界にいる。嘘みたいだけど、本当に異世界転生だとか転移だとか、ゲームの世界に来てしまった話は実在していたんだ。

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