公園

 その日の空は黒く、今にでも雨が降るんじゃないかという天気だった。


 俺は清水に近所の公園に呼び出された。何か話があるらしい。


 なんだろう、皆目見当もつかない。


 昨日はその後二人でくだらない話をして、笑って、帰った。それだけだ。


 特に話すことなんて...。


 そういえばと昨日の悲しげな笑顔が脳裏に浮かぶ。何かあったのだろうか。


「おはよう、鈴谷。」


 奥から清水が歩いてきた。いつものような元気がない。


「おはよう。」


「それで、話ってなんだ?」


 そう聞いてから、なんだか言いしれない不安を覚える。


 しかし、それがなにか全くわからない。


「あのさ、」


 重い口を開く。




「昨日の話、なかったことにしてくれない?」




 心臓をつかまれるかのような衝撃が体を走る。


 視界が色あせていく。


「どうして...」


なんとかしぼりだした、消え入りそうな疑問。


「やっぱり、こういうのって私がするべきじゃない、っていうかさ、あはは...」


「あのね、見て。」


 彼女がいつものグレーのパーカーをたくし上げる。


「え...。」


 彼女のお腹にはがあった。



「それって...」



 彼女は黙って背中をみせる。


 背中には赤い線のような傷跡が何本も、丸いやけど跡もてんてんと存在していた。



 袖をめくる。


 手首には線状のきり傷があり、腕もあざだらけであった。



 ズボンをおろす。


 臀部には茶色い跡が残っていた。



「服を脱ぐなんてなのに、ちょっとはずかしいな。」


 伏し目がちにそういって彼女はズボンを上げる。



「汚いでしょ、私の体。虐待されてるんだ、父親に。」



 何も言うことができない。


 あの時の、悲しそうな微笑み。


「ごめんね。君も嫌でしょ。」




「だから、別れよう。」



 嫌悪や恐れ、同情や悲しみよりさきにが込み上げてきた。


 清水がずっとこんな目にあっていたなんて。しかもそれを隠して、一人で耐えて、自分を卑下して。彼女がどうしてあんな顔をしなきゃいけないのか。


 そんなことがあっていいはずがない。

 

 それに、


「違うだろ...。」

 

 震えた声でそう言う。


「え...?」


「『ごめん』とか『別れよう』とかじゃないだろ!『助けて』だろ!」


「そう言ってくれよ...。」


 彼女は再びうつむいた。長い前髪で表情が見えない。


「ごめん...。君は優しいから私を助けたくなっちゃったよね。でも、どうしようもないの。」


「なんでそんなこと言うんだよ!なんで...。」


「だって、が一番いいから。」


「そんなわけ...!」


「じゃあどうしたらいいの!?お母さんはお父さんと離れたくないって言うし!私だけ出て行ったらお母さんが...。」


「...ごめん、君にあたっても、何にもならないのに。」


 長い静寂が流れる。


 実際、彼女の言うとおりだと思う。俺が下手に手を突っ込んでも状況は悪くなるだけだ。


 でも...。


「なあ、頼む。」


 すがるものなんて何もないのに、何かにすがるように言う。


「今日一日だけでいいから、家に帰らないでくれないか。」


「頼むよ...。」


 いつの間にか降ってきた雨が、枯れたアサガオの花をぬらしていた。


「うん。いいよ。」


 憐れむような、いつくしむような声でそう返事する。


 少し驚いて、彼女の眼を見る。


 彼女の眼は、少し濡れていて、吸い込まれるような美しさだった。










 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る