第9話 赤子、賊に立場を理解させる

 やあ、皆、ボクだよ。皆、大好きステラちゃんだ。

 えっ? 今、何をしているのかって?

 そんなことは決まっている。


 排便処理の儀だよ……クラウスの妻、レイチェルにお尻の汚れを取ってもらっているんだ。

 足をV字に上げ、ケツを前に突き出した上でな。


 どうやら牛乳には乳糖という赤子にはまだ分解することのできない成分が含まれていたみたいでね。

 ホットミルクを飲んだら腹を下してしまったのだ。

 お恥ずかしい限りである。

 いやはや、他人にケツから出た排泄物を取り除いてもらうなんて、最初は地獄に帰りたくなるような羞恥だったが、二度目ともなると慣れたものだ。


 ……さて、レイチェルよ。排便処理の儀。大儀であった。

 レイチェルはボクに布おむつを穿かせると、裏庭に汚物を持っていく。

 なんでも、クラウス家では、排泄物を土に還し野菜を育てるための肥料にしているらしい。

 中々、猟奇的なことをする。クソを裏庭に撒きクソの混じった土で野菜を育てるとは……地獄の獄卒鬼もクソで野菜を育てるなんてこと……。

 いや、人間を土に埋めて育ててはいたか……。

 あれは、育てるというより拷問に近かったが……。

 まあ、ボクにはどうでもいいことだ。

 しかしまいった。まさか、ホットミルクを飲んで腹を下すとは……。

 仕方がない。暫くの間、獄卒鬼の血でも啜るか。


 ――ん? なんだレイチェル。なんでボクを持ち上げた?

 おい。どこに連れて行くつもりだ?

 えっ? ちょっと臭うからお風呂に行きましょうって?


「…………」


 なんだかちょっとだけ傷付いた。

 臭いなんて地獄でも言われたことないのに……。

 やはりここは地獄より地獄だ。もう地獄に帰りたい。


「はい。それじゃあ、お風呂に入る前に服を脱ぎましょうね」


 ちょっとショックを受けている間に、服を脱がされスッポンポンにされる。

 まあ、よく考えてみたら、地獄では毎日、地の池に入浴していたからな。

 五百度を超える温度のお湯に毎日浸かっていたから、非常に清潔だった。


 よし。臭いから風呂に入れと言うなら風呂に入ってやろうじゃないか。


――ザバァ


 桶でバスタブに張ってあるお湯を掬い頭から被ると、泡が目に入らないようシャンプーハットを頭に装着し、シャンプーで髪を洗う。


 えっ?

 なんでシャンプーハットがあるのかって?

 あるからあるんだよ。泡が目に入ったら痛いだろうが。

 それにここをどこだと思っている。

 食料品から日用品。武具や雑貨に至るまでなんでも取り扱っているクラウス商店だぞ? シャンプーハット位、あるに決まっているだろ。


 うん? どうしたレイチェル。そんな茫然とした顔をして。

 なんで、一人でお風呂に入ることができるのかって?

 何を言っているんだ。意味がわからん。

 普通の人は風呂に入る時、どうしているんだ。介護がないと普通の人間は風呂も入れないのか?

 地獄では赤子だって一人で風呂に入れるぞ?

 血の池に入らないと獄卒鬼に突き落とされるからな。


 いや、そうじゃなくてって?

 赤ちゃんは普通、一人でお風呂に入れない?

 首が座って?

 何を言っているんだ?

 今、ここに一人で風呂に入っている赤子がいるじゃないか。

 それに首が座るって何だ?

 首に座るならわかるが、首が座るって、なんだ? 意味がわからん。

 ちなみにボクはよく首に座っていたぞ。

 血の池に入浴中、獄卒鬼を足場代わりにしていたからな。

 あ、もういいですって?

 そうか。それならいいんだ。

 だって、そろそろ、次のイベントが始まる時間だからな。


「おう。邪魔するぞ」


 レイチェル監視の下、風呂場で体を洗っていると、玄関口からそんな声が聞こえてきた。

 ヤレヤレだ。もう来たのか。馬鹿と賊は朝が早いな。

 もうちょっと、バスタイムを楽しみたかったが仕方がない。

 体を洗い、ザバァとお湯を体にかけて泡を流すと、体を拭いてそのままの姿で玄関口に向かっていく。


 えっ?

 なんで服を着ないのかって?

 そんな時間ある訳ねーだろ。賊が来店しているんだぞ?

 じゃあ、何か? お前は家で火災が起き、命の危機が迫っている場合でも服を着ることを優先するのか?

 それ、命より大切か?

 命は大事にした方がいいぞ。

 この世界では、一個体にたった一つしか与えられないみたいだからな。

 たった一回死んだだけで蘇ることができないとか、本当に地獄より地獄だな、この世界は……地獄では例え灰燼となっても生き返ることができたぞ。

 はあっ……やっぱり地獄に帰りたい。

 閻魔大王により不死性さえ付与されなければ、さっさと死んで地獄に戻るのに……。

 何だか思い出したら腹が立ってきた。

 ちょうどいい。折角、サンドバックが来店してきたんだ。

 ちょっと、ストレス発散に付き合って貰おう。その上で、死んでもらい閻魔大王に陳情を届けてもらおう。


 身に付けている物はシャンプーハットただ一つ。

 ファイア・オブ・プロメテウスに抱きかかえられ、玄関口に向かうと、クラウスがボクに向かって吹っ飛んできた。

 まったく、賊風情が乱暴が過ぎるぞ?


「ファイア・オブ・プロメテウス」


 そう呟くと、ファイア・オブ・プロメテウスがボクに向かって飛んでくるクラウスを優しく受け止める。


 えっ?

 ボクを抱きかかえていたのにどうやってクラウスを受け止めたのかって?

 煩いな。そんなこと、決まってんだろ。

 足だよ。ファイア・オブ・プロメテウスの両足で優しくキャッチしたの……

 そんな事できる訳がないだろって?

 できるんだよ。お前は、ファイア・オブ・プロメテウスか?

 ファイア・オブ・プロメテウスなのか?

 違うよな? お前は人間だよな?

 人間には無理な動きも、無理な体勢も、ファイア・オブ・プロメテウスという火の原初精霊なら可能なんだよ。


 見てみろ。賊のおっさんは動じてないぞ。

 まあ「い、今、何しやがったんだ?」とかとぼけたことを言ってるが……。

 それより、今日はたった三人で来たのか?

 昨日は十人いたよな?

 もっと大勢で来いよ。地獄に送り甲斐がないじゃないか。


 そんなことを考えていると、ボクのことを無視し、賊の一人がクラウスに質問を投げ掛ける。


「――おい。もう一度だけ聞いてやる。ここに俺たちの仲間が来たよな? そいつ等、どうした? ぶっ壊れたはずの店がなんで元に戻っている?」


 どうやらこいつ等は、クラウス商店を襲撃した賊の行方を追っているらしい。なんで、この店が壊れてないのかという訳の分からないことも言ってきた。


 クラウスがこっちを見ている。

 まあ、ボクが殺ったことだし、クラウスはその間、おやすみ中だった。賊がどうなったのか知るはずもない。

 要は蹴られ損だ。申し訳ないことをしてしまった。

 まあ、後のことは任せてくれ。

 火の原初精霊・ファイア・オブ・プロメテウスに降ろして貰うと。ボクは賊たちの前に立つ。


「な、何だコイツ――」

「あ、赤子が歩いて――?」


 千年も地獄で過ごせば赤子だって歩くようになる。何をそんなに驚いているんだ?

 賊風情が、二足歩行で歩く赤子がそんなに珍しいか?


「やあ、ボクの名はステラ。ここに来た賊はボクがまとめて地獄送りにした。この店が直っているのは、獄卒鬼に修繕させたからだよ。こんな風にね――獄卒鬼」


 そう言って、遠隔で地面に術式を刻むと、賊を囲むように獄卒鬼を召喚する。


「な、なっ!」「ど、どこに隠れていやがったっ!」と賊が騒ぐ。


「さて、少し話をしようか。クレイン、スワン、ラーク……」


 そう言うと、獄卒鬼に抑え付けられた賊たちがボクを睨み付ける。


「何で俺たちの名前を……!? ぐっ……! 離せっ!!」


 上位者に対する態度がなっていないな。

 地獄の獄卒鬼でも、上位者である閻魔大王には態度を変えてぺこぺこしていたぞ?

 お前等は獄卒鬼以下か?

 わからないならば教えよう。どちらが上位者なのか。

 頭の悪いお前たちにもわかるように、その身を以って……。


「それじゃあ、クラウス。ボクはちょっと席を外させて貰うよ。こいつ等と一緒にね。ああ、あと馬は解体して肉にしてあるから、焼肉にでもして食べるといい。それじゃあ、いこうか、ファイア・オブ・プロメテウス――」


 そう呟くと、火の原初精霊・ファイア・オブ・プロメテウスは賊たちを瞬時に捕らえ、ボクと共に遠く離れた森に運んでいく。


「この辺りでいいかな。人気もないし拷問するのにうってつけの場所だ」


 流石に、店の中で拷問するのはよろしくない。

 森に賊を運ぶと、逃げることができないようファイア・オブ・プロメテウスの炎で賊の足を焼いていく。


 その瞬間、賊たちは「「「ぎゃああああっ!」」」と皆、揃って歓喜の声を上げた。

 うんうん。心地の良い歓喜の声だ。地獄故郷を思い出して懐かしい。


「さあ、存分に話し合いをしようじゃないか」


 ここまでやって、ようやく立場というものを理解したらしい。

 賊たちは泣きそうな表情を浮かべると、顔を引き攣らせ歓喜の声を上げた。

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