第8話 赤子、賊に熱した鉄板を提供する②

「ちなみに、この鉄板はクラウス商店の提供だ。君たちを焼いたら使い物にならなくなってしまうからね。当然、買い取ってもらうよ。なに、そう高い物ではない。でも、クラウスたちに対するこれまでの非礼を考えればいくらで買い取ればいいか当然わかるよね?」


 目を合わせなければ良かった。

 聞いていないことまで説明される。

 しかも、早くやれと……真っ赤に焼けた鉄板の上で土下座しろと目で訴えかけてくる。


「…………っ!」


 む、無理だ。こんなの絶対に無理。

 焼かれると分かっていて、鉄板の上で土下座なんてできるはずがない。

 すると、その様子を見た赤子がため息を吐く。


「……どうやら自発的に誠意を見せる気はないようだね。ならば君たちに用はない。レイチェルとライチはバックヤードで待っていてくれ。今更ではあるが、ここは危険だ。彼らがなにをするか分からないからね」


 赤子はクラウスの妻と娘をバックヤードに下がらせると、指をパチンと鳴らす。

 すると、俺たちを囲むように恐ろしい化け物が現れた。


「……獄卒鬼。どうやら彼らは誠意の見せ方を知らないらしい。手伝って上げて」


 赤子がそう言うと、獄卒鬼と呼ばれた化け物は俺たちを縛り上げ強制的に土下座のポーズを取らされる。


「……な、なにを!?」


 まさか、まさか、まさか、まさか、まさか……まさか、強制的にやるつもりか!?

 強制的に誠意を! 誠意を……!?


 そして、赤く熱された鉄板の上に移動させると、そのまま俺たちを鉄板の上に置いた。


「「「ぎぃああああああああああああっ――!?」」」


 ジュウジュウ音を立て肉が焼ける臭いと煙が立ち込める。

 なんという熱さ。いや、最早、そんなこと考えていられないほどの激痛が俺たちを襲う。


「安心するといい。クラウス商店の壁面素材と空調管理は万全でね。例え、店内でバーベキューしようが臭いが残らない設計になっている。君たちを焼いた際、発生した煙や臭いが店に残ることはない。だから安心して誠意を見せてくれ」

「「「ぎぃああああああああああああっ――!?」」」


 狂ってる。この赤子は狂っている。

 誠意を見せる所か、俺たちが、やられているのはただ土下座ポーズに縛られ焼かれているだけ。

 しかも、誠意を見せなければ、この地獄は終わらない。


「も、もうじわげございまぜんでじだ……」


 決死の覚悟でそう言うと、赤子は呟くように言う。


「ふむ。やればできるじゃないか。いいだろう。君たちの誠意は十分伝わってきた。獄卒鬼。彼らを鉄板の上からどけて上げて」


 赤くなるほど熱された鉄板の上で焼かれたせいか、俺たちを縛っていた紐はいつの間にか燃え無くなっていた。

 獄卒鬼と呼ばれた化け物が俺たちを外に放り投げる。

 放り投げられた場所には、生ごみが落ちていたがもはやそんなこと気にしていられない。病院に行くことが先決だ。


「「「……ぐううううっ!!」」」


 誠意を見せた俺たちは、変な方向に曲がった足を引きずりながら決死の覚悟でクラウス商店から逃げようとする。

 すると、背後から赤子の声が聞こえてきた。


「どこへ行く気かな? まだ鉄板の支払いが終わってないよ」

「「「――へ?」」」


 意味がわからずポカンとした表情を浮かべる。

 すると、赤子はヤレヤレと首を横に振る。


「鉄板の代金を踏み倒そうとはいい度胸だ。それに、いつボクが君たちのことを許した? ボクは君たちに誠意を見せるよう要求したが、許すとは一言も言っていないよ」

「「「――あ、あ……」」」


 そ、そんなぁ……。

 許す気がないのに焼き土下座。両手両足額に大火傷を負っているのに……こんなの……こんなの酷過ぎる。


「ど、どうしたら、許して――」


 そう尋ねると、赤子はただ一言。


「――うん? 許さないよ? だって君たちは昨日の賊の仲間だろう? クラウスに迷惑をかけている時点で存在自体が害なんだから、許すはずがないじゃないか」


 無慈悲な言葉に俺たちは皆、涙を浮かべる。


「そ、そんなぁ……」


 もうこうなれば、周囲に助けを求めるしかない。自警団の一員として情けないが助けを求める他、選択肢がない。


「誰か! 誰か助け……!?」

「――無駄だよ。既に人払いは済ませてある。人知れず事を成したい時、便利なんだ。この術式は……」


 赤子の周囲に浮かぶ不気味な紋様の札。

 それを見て俺は顔を引き攣らせる。


「――特別に億万年の刑期を魂に刻んであげたよ。餞別に君たちが散らかした生ごみも持っていくがいい。地獄の底でまた会おう」


 その瞬間、視界が真っ赤な炎に染まった。


 ◆◆◆


 町の中央にある自警団詰所。


「――なに? 破壊したはずのクラウス商店が元に戻っているだと?」


 クリボッタ商会の会頭、ネロから苦情という形で事のあらましを聞いた自警団の副団長、スワンは訝しげな表情を浮かべる。


「それはどういうことだ……?」


 意味が分からず、そう尋ねると、怒りが収まらない様子のネロが怒声混じりの罵声を浴びせかけてくる。


「――どうもこうも、これでは話が違う! 貴様らは一体、なにをやっていたのだ! まさか、手を抜いていた訳ではあるまいな……!?」


 どうやら相当御冠のようだ。

 顔を真っ赤に染めて怒り狂うネロから視線を外し、私は思案する。

 ネロから受けた依頼は、クラウス一家の崩壊と妨害。

 こいつの依頼通り、クラウス商店に馬車を突っ込ませ、賊に扮した自警団の面々によりクラウスの妻と娘を攫わせた。

 商店を物理的に破壊したのは確認したし、攫った妻と娘を奴隷商に売り払うため部下に運ばせたはずだ。

 今朝も万が一に備え別働隊を向かわせた。

 しかし、任務完了の報告が入っていないのもまた事実……かなりの時間が経っているし、まさか本当に失敗したのか?


 そんなことを考えていると、話を聞いていないと判断したのか、ネロが青筋を浮かべ怒鳴り声を上げる。


「――おい! 話を聞いているのかっ!」


 考えごとをしているというのに、喧しい吾人だ……。

 私はため息交じりに視線を向ける。


「……もちろん聞いているさ。確認に部下を向かわせよう。話はそれからだ」


 すると、私の回答が気に食わなかったのかネロが人差し指をこちらに向けて激昂する。


「――は、話はそれからだ? 話はそれからだと!? 貴様、ワシのことをなんだとっ……自警団設立のため金を出してやったのは他でもないこのワシだぞっ! なのにその態度はなんだっ! 確認に部下を向かわせようではない! 貴様だっ! 貴様が確認に向かえェェェェ!!」


 やれやれ……どうやら私が直接確認に行かないことが相当お気に召さないらしい。

 心の中でため息を吐きながら私は言う。


「わかりましたよ……おい。クレイン、ラーク。クラウス商店に行く準備をしろ」


 流石に自警団が賊に扮しているのがバレるのは拙い。

 賊の格好に変装してからクラウス商店に行くぞと伝えると、直属の部下であるクレインとラークは気怠そうに「はい」と返事をした。


「……ほ、本当に大丈夫なんだろうな?」


 クレインとラークのくたびれた返事を聞き、心配になったのだろう。

 怒気を削がれ、呆れの境地に達したネロが尋ねると、私は意気揚々に言う。


「ああ、問題ありませんよ。おい。私が戻らなかった時はクラウス商店を入念に当たれ……わかったな?」


 万が一、自分が詰所に戻らない時は、クラウス商店を入念に当たるよう指示を出すと、私はクレインとラークから変装用の魔具を受け取り、クラウス商店に向かう。

 そして、クラウス商店に辿り着いた私は唖然とした表情を浮かべた。


「クラウス商店……確かに壊れていないようだな」


 しかし、違和感がある。

 建物こそ壊れてないものの、一部が妙に新しい。

 もしかして、建て直したのか?

 そんなことできるはずが……。

 いや、考えていても仕方がないか……。

 部下共がどうなったかも気になる。

 直接話を聞く以外に選択肢はなさそうだ。


「おう。邪魔するぞ」


 のれんを潜り店の中に入ると、棚を整理していたクラウスから声がかかる。


「いらっしゃいませ。クラウス商店にようこそ。本日はなにをお求めでしょうか?」

「いや、ちょっと聞きたいことがあってな……」


 クラウスを見れば、体のあちこちにケガを負っている。そこらで転んだだけでは絶対に出きぬであろう打撲痕……。

 どうやら、部下がここを訪れたことに間違いはなさそうだ。

 私はクラウスに詰め寄ると、ガンを飛ばしながら尋ねる。


「おい。ここに俺たちの仲間が来たよな? そいつ等、どうした? ぶっ壊れたはずの店がなんで元に戻っている?」

「へ?」

 「へ? じゃねーだろっ!!」


 そう素っ頓狂な声を上げるクラウスに対し、私は思い切り蹴りを入れた。

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