第7話 赤子、賊に熱した鉄板を提供する①
「へへへっ……こりゃあ驚いた。本当に直っていやがる」
昨日、別の班が馬車を突っ込ませ破壊したはずの建物を見て、自警団第七班長であるマイルドは笑みを浮かべる。
副団長に言われて来てみれば……確か、クラウス商店に馬車を突っ込ませ、その家族を攫う役割を担っていたのは第二班のセブンスタたちだったな。
なにをどうすればこんな結果になる。
クラウスは店頭に立ち、女子どもは何事も無かったかのように商品を店頭に並べ、レジ打ちしている。
内情を知っているマイルドからすれば異常な光景だった。
どうやら、襲撃に失敗したのは事実らしい。
しかし、解せない。
クラウスはどうやって賊に扮した第二班を退けることができたんだ?
仮にも自警団。暴力の分野では町民に負けない程度の力は持っている。
解せないのはそれだけではない。
第二班はどこへ消えた?
襲撃に失敗したのであれば、応援を呼ぶため帰って来そうなものだがその様子はない。
目撃情報によると、女子どもを連れ町外れに向かった所までは足取りが掴めるが、それ以降の消息が掴めずにいた。
「……考えていても仕方がない。手っ取り早く行くか。おい。行くぞ」
分からないなら、直接問いただした方が手っ取り早い。
数日前からこの町の警備は自警団が担っている。揉み消すのは容易だ。
とりあえず、日課の嫌がらせである生ゴミをクラウス商店の前にばら撒き、罵詈雑言を書いた紙を店頭に貼り付け店の中に入る。
「いらっしゃいませ。ようこそ、クラウス商店へ……」
「おう。邪魔するぞ……」
そう言って店に入ると、元気に挨拶をした娘の顔が引き攣る。
ガラの悪い客に扮した俺たちが入店してきたのだから当然だ。
ガラの悪い客に扮した部下たちは、クラウス商店に客が入って来ないよう周囲の人々を威嚇すると、閉店の札をクルリと回転させる。
「――な、なんですか! 兵士――いや、自警団を呼びますよ!」
震えながら「自警団を呼ぶ」と声を上げる娘を見て、俺たちは顔を見合わせる。
自警団を呼ぶとは面白いことを言う娘だ。
「――ふはっ……」
「あははははははははっ!」
「いいねぇ! 呼んでみろよ!」
「自警団が来てくれるといいなぁ!」
自警団が目の前にいることに気付かない娘を見て、俺たちは馬鹿にするように笑う。
自警団がタダで町民を守ると思ったら大間違いだ。タダより高い物は無いんだよ。
「……ま、そんなことはどうでもいい。それより聞かせて貰おうか。お前ら、何で無事なんだ? 馬車がここを襲ったはずだろ。なぜ、店が倒壊していない。俺たちの仲間はどこにいっちまったんだっ? なあ、教えてくれよ。頼むぜ!」
威嚇するような声でそう尋ねると、娘は顔を強張らせる。
どうやら、俺たちが昨日の賊の仲間であることに気付いたらしい。
「あ、あんたたちは……! もしかして、昨日の人たちのっ……!」
遅まきながら正解を言い当てた。
まあ隠す気もない。どの道、コイツらの運命は決まっている。
「だったらどうした。助けを呼んでみるか? それとも逃げて見るか? 俺は別にどちらでも構わないぜ……逃げれるもんなら逃げてみな。店を潰したあと追いかけて奴隷にしてやるからよ」
「――へぇ、誰を奴隷にするって?」
娘に手を伸ばしながらそう言うと、信じられない程の寒気が男たちを襲う。
声のした方へ視線を向けると、そこにはまだ生まれて間もないであろう赤子が佇んでいた。
「な、何だこいつは……赤子? 赤子がなぜ立って……」
あまりの異様さに思わずそう言うと、赤子はヤレヤレと首を振る。
「――赤子だって千年地獄で過ごせば立ちもする。百年生きていない若造が年長者に向かって生意気なことをいうものではないよ」
「ふげっ!?」
赤子がそう言うと共に、左足に強烈な痛みが走る。脂汗を滲ませ思わずお姫様座りするマイルド。
まるで足首が吹っ飛んだかのような錯覚を覚え、足に視線を向けると、そこには曲がってはいけない方向へ曲がった足首があった。
「ひ、ひぃいいいい!」
意味がわからない事象への恐怖心。
ボキッ!
「ぎゃああああっ!?」
バキッ! バキバキッ!
「「いやあぁぁぁぁ!!」」
お姫様座りのまま悲鳴を上げると、足首を折られたのか部下たちも揃って悲鳴を上げた。
赤子はお姫様座りする俺たちの前に佇むと、指で鼻をつまみ眉間に皺を寄せる。
「……しかし、臭うな。生ゴミの臭いだ。朝、店の修繕をした時、こんな臭いはしなかったはずだが、なにか知らないか?」
「へ?」
赤子がまるで生ゴミでも見るような視線を俺たちに向けてくる。そして、赤子が入り口に視線を向けると、窓ガラスに張り巡らせた貼り紙を見て目を細めた。
「……それに店内が暗い。まるで、窓ガラスに遮蔽物でも貼ってあるかのような暗さだ。なにか知らないか?」
窓ガラスには明らかに遮蔽物が貼ってある。
しかも、クラウス商店を貶める罵詈雑言が書かれた貼り紙だ。
「い、いや……俺たちはなにも……」
決して俺たちがやったとバレる訳にはいかない。
どう考えても俺たち以外にそんなことをやる奴はいないとわかっていても認める訳にはいかない。
脂汗を流しながらそう答えると、赤子は手のひらを俺の頭の上に乗せ顔を近付けてくる。
「……そうか。それで、本当に知らないか?」
知らないと言うしかない。
言い逃れできねば、何をされるかわからない。
「は、はい。俺たちはなにも知……」
「――ちなみに、ボクは人の心が読める。そして、嘘が大嫌いだ。その上でもう一度だけ聞こう。本当に何も知らないか?」
目を強制的に合わせられた俺は震えながらも意を決して答える。
「知、知らな……」
「――決して俺たちがやったとバレる訳にはいかない。知らないと言うしかない。言い逃れできねば、何をされるかわからない……」
先ほど心に思っていたことを口に出された俺はゲロを吐きそうになる。
気付いた時には土下座していた。
「――す、すいませんでした! 勘弁して下さい!!」
もはや形振り構っていられない。
俺たちのことが自警団だとバレようが、バレてクビになろうが知ったことか!
そんな物より命の方が大事。
吐けるだけ情報を吐いて生きる道を模索することの方が先決だ。
俺が頭を下げると、部下も揃って頭を下げる。
「「す、すいませんでした!」」
俺たちの謝罪を受け溜飲が下がったのだろう。
赤子は俺の頭から手を離すと、感心したような表情を浮かべた。
「……なるほど。すべてが判明する前の謝罪か。考えたものだね。中々、良い手段だ」
お褒めに預かり光栄である。
しかし、どうやら赤子に許す気はなかったようだ。
「でもね……君の反省は口先だけの反省であって、真の反省には程遠い。君もそう思うだろう?」
そう告げると、俺たちの前に真っ赤に焼けた鉄板が置かれる。
「……人間いざとなれば頭などいくらでも下げられる。なにより誠意があれば、例え熱した鉄板の上だろうと、反省の意を込め謝罪できるはずだ。さあ、君の誠意を見せてくれ」
「せせせせ、誠意ぃぃぃぃ!?!?」
どこから鉄板を持ってきた!?
まさか、この赤子……俺たちに熱した鉄板の上で謝れと……土下座しろとでも言うつもりか!?
「ああ、誠意だ。誠意があればなんでもできる。迷わず逝けよ。逝けばわかるさ」
俺は熱された鉄板を凝視する。
真っ赤になるまで熱された鉄板。
無理だ。あんな物の上で土下座なんてしたら死んでしまう。
脂汗を流し、チラリと赤子に視線を向ける。
すると、思い切り目が合ってしまう。
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