第6話 悪徳商人、失敗を認識する

 ここはクラウス商店。

 食料品から日用品、武具や雑貨に至るまで様々な物を扱う賊に襲われ半壊状態にあったはずの小規模商店である。


「これは一体どういう……」


 半壊状態……半壊状態にあったはずだ。

 妻のレイチェルと、娘のライチも賊に攫われたはず……なのに……。


「……なんで、そのレイチェルとライチが私の部屋で寝ているんだ?」


 自分の布団で眠るレイチェルとライチの姿を見て私は首を傾げる。


 いや、無事戻ってきてくれたことは嬉しい。嬉しい限りなのだが……。

 妻と娘を起こさないよう布団から出て、戸を開ける。

 そこには、昨日とまったく変わらない商会の姿があった。


 一体何が起こった?

 いや、変わっている点が一つだけある。

 それは――「やあ、おはよう。よく眠れたようだね。クラウス」そう言いながら、椅子に座り行儀よくミルクを飲む赤子がいる点だ。

 隣には、まるで執事のように付き従う炎の化身のような異形の姿もある。


「……き、君は」


 そう尋ねると、赤子はまるで私の思考を読んだかのように答えた。


「――ボクの名はステラ。クラウス。君の願いを聞き届け、君の妻と娘を助けた零歳児さ。丁度、壊れた店の修繕が終わった所でね。ホットミルクで一杯やっていた所なんだ。なにせ成長期でね。腹が減って仕方がない。君の妻、レイチェルと娘のライチが倒れてしまったのでね。冷蔵庫に入っていた牛乳を貰ったよ」


 思い返してみると、そんなことを言ったような気がする。

 どうやら、昨日のことは夢ではなかったらしい。しかし……。


「――ぎ、牛乳を飲んだのですか!?」


 私はステラと名乗る赤子が持つカップを見て唖然とした表情を浮かべる。

 よくはわからないが、この赤子、牛乳を飲んだらしい。牛乳には、まだ、赤子には分解することのできない乳糖が――


「……ああ、牛乳はこの通り、火の原初精霊ファイア・オブ・プロメテウスが煮沸消毒してくれたからね。安全性に問題はないよ」

「そ、そうなのですか……?」


 安全性を示すためか、カップの中身がグツグツと音を立て煮え立つ。

 一体、なにをどうしたらそんなことができるのだろうか。

 いや、そんなことよりも、乳糖は煮沸消毒した位で分解されるようなものではない。そもそもなぜ、赤子が言葉を喋っている?

 と、いうより、この赤子。まさか、私の考えが……?

 

 すると、ステラを名乗る赤子は再び私の思考を読んだかのように答えた。


「――ああ、読めるよ。そしてこれは夢じゃない。閻魔大王に書類地獄に落された際、読心という特殊能力をもらってね。それからというものの、ボクの頭の中には他者の思念が絶え間なく流れ込んでくるようになってしまったんだ。困っているよ。喧しくて堪らない。あと、ボクが喋れるのはボクの体が少し特殊だからかな? 疑問点は以上かい?」

「――っ!?」


 どうやら本当に思考が読めるらしい。

 妻と娘を助けてくれた上、店の修繕までしてくれたようだ。

 私はステラと名乗る赤子に頭を下げる。


「――ステラ様、ありがとうございます。あなたのお蔭で、私の家族は救われました」


 正直、零歳の赤子が喋っていることに違和感を覚えるし、薄気味悪くも思うが、妻と娘を救ってくれたのは間違いなくこの赤子……だとしたら、私はこの赤子に礼を尽くさなければならない。

 恩を受けておいて、それを返さないのは礼に失する。

 しかし、妻と娘を賊から救ってもらい、店の修繕までしてくれた。

 そんな、赤子に私は何が返せるだろうか。

 すると、思考を読んだステラ様が私の疑問に答える。


「――ああ、そうだな。クラウス。君には、しばらくの間、このボクを育み養って欲しい」

「育み、養う……」

「ああ、親鳥がひな鳥を大切に育むように優しく。食べ物や衣服を与え、生活の面倒を見て欲しい。世話になっている間の対価として、クラウス、君が大切にしているものすべてをこのボクが守ろう。どうかな?」


 どうだろうかも、何もない。


「――よろしくお願い致します」


 私はそう言葉を告げると、両膝をつき恭順の意を示す。

 それこそ教会に祀られている神に祈るように――


 この日、私の下に神が舞い降りた。

 そして、この後すぐ、ステラの庇護下に入ったことのありがたさを知ることになる。


 ◇◆◇


 エールの町に複数の店を構える領主の御用商人、ネロ・クリボッタはクラウス商店を見て肩を震わせる。


「い、一体、どうなっている……!?」


 朝が明け様子を見にやってくると、賊が入り半壊状態になっていたはずのクラウス商店が、元の状態に戻っていた。

 それだけではない。外側だけ見れば、以前よりも立派になっている。

 なぜ、半壊状態になった建物が元に戻っているのか分からないが、一つだけ明らかなことがある。


「あ奴等、しくじりおったなっ……!」


 クラウス商店は食料品から日用品、武具や雑貨に至るまで様々な物を扱う同業商店。小規模ながら低価格なのに品質がいい商品を扱っているクリボッタ商会の商売敵。つまりは、目の上のたん瘤である。

 ネロはクラウス商店を潰すため、自警団に賊の真似事をさせ襲わせた。

 しかし、結果を見るにどうやら失敗に終わったようだ。

 ふがいない結果を前にネロは怒り出す。


「一体、何のために資金を提供し、自警団設立を手伝ってやったと思っている! すべてはこういう時のためだろう!」


 エールの町は、人口の十分の一が兵士として働いている。領主が悪政を敷いてる訳でも、治安が悪い訳でもない。そのため、本来、自警団は不要。少なくとも、この町には必要ない存在だった。

 状況が変わったのは数週間前のこと。

 領主がエールの町近くにある山。鳳凰山に棲息する不死の魔鳥討伐に兵力のほぼ全てを投入すると決めたことに起因する。

 不死の魔鳥はその名の通り不死。故に、ほぼ全ての兵士を投入した所で、不死の魔鳥に勝てるはずがない。

 兵士の全滅を悟ったクリボッタ商会の会頭、ネロは、エールの町に屯する荒くれ者や半グレを集め自警団を組織させた。

 名目上は町を守る自警団。

 しかし、その実態は荒くれ者の集団。

 自警団の顔である団長職に清廉潔白なイメージを持つ人間を据えることで、表面上、自警団の信頼性を担保したものの、副団長以下の人間はすべてネロの息がかかっている無法者。

 兵士がいなくなれば、エールの町の治安自治を守る組織は自警団ただ一つ。

 最初は自警団の存在を認めようとしなかった領主も兵士が戻ってこないこと、その間の情勢不安を考え、兵士が戻ってくるまでの期間限定で自警団の存在を公認した。

 そのため、今、エールの町では兵士に代わり自警団が町の警備を担っている。


 自警団は実質的なネロの配下。

 半グレ集団に領主公認の皮を着せてやればあら不思議。

 誰にも逆らうことのできない組織の出来上がりだ。

 そんな自警団に金を握らせ、理由を付けて襲わせたというのに……あ奴らめ……!


 この町の人間が自警団に逆らうはずがない。

 自警団の見た目から逆らった者がどうなるか簡単に想像付くためだ。

 しかし、まさか失敗するとは……。

 さては、奴ら……ワザと失敗したな?

 半グレ連中は金を釣り上げるため、偶にそういった行動をする。

 仕方がない。金額を吊り上げるか……自警団により多くの金を握らせクラウス商店に対し、これまで以上に凄惨な営業妨害を仕掛けるとしよう。

 万が一、自警団の行いが領主に知れても問題ない。

 金を握らせた自警団の連中は、魔法士との契約により、言論に縛りをかけている。

 ワシが黒幕であることに辿り着くのは不可能だ。


「まったく……なぜ、このワシがこんな目に遭わねばならんのだ……」


 クラウスの奴が諦め廃業すれば丸く収まるというのに……。

 品質の良い物を低価格で売られては商売が成り立たない。

 クラウス商店が品質の良い物を低価格で売るお陰で、愚客共が値引き交渉を仕掛けてくるし、品質の悪さが露呈するしで散々だ。

 クリボッタ商会繁栄のためには、不当に安い値段で商品を売るクラウス商店を潰す以外に方法はない。

 クラウス商店と同じ価格設定で勝負しようと言い出した妻は、子ども諸共とっくの昔に家から追い出した。

 冗談じゃない。なぜ、このワシが商品を値下げしなければならないのだ。

 そんなことをしなくても、クラウス商店を潰すだけですべて元通りとなる。

 いままでもそうしてきたし、逆らう者は逆らったこと後悔するようなやり方で潰してきた。


「――大方、ボディーガードでも雇っていたのだろう。だが、残念だったな……」


 もう容赦はしない。これまで以上の金を注ぎ込んででも、クラウス商店を潰してやる。

 クリボッタ商店の会頭であるネロ・クリボッタはクラウス商店を一瞥すると、ゆっくりした足取りで自警団の下へと向かった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(あとがき)


明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします!

今年が皆様にとって良い年となりますように!

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