第10話 赤子、シャンプーハットを頭に被り、賊の前に立つ

 シャンプーハットを被り、裸一貫で立つと、賊たちは一様に怯えた表情を浮かべた。

 ちなみに、この怯えた表情。地獄では、笑顔という。

 そう。地獄は、地獄に囚われた生物たちが笑顔を浮かべながら、歓喜の声を上げる楽園のような場所なのだ。補足だが、地獄に送られ六百年経った頃からボクは一切、笑顔を浮かべたことがない。当然、歓喜の声を上げたこともない。

 まあ、閻魔大王によって書類地獄に落された際、若干、歓喜の声を上げたような気もしないでもないがもう忘れた。

 ボクは過去を振り返らない主義なんだ。

 えっ? 聞いてないって?

 まあ、いいか。所詮は脳内で想像した誰かこの作品の読者に向かって勝手に話しているだけだからな。


「――さて、誰から地獄に還りたい?」


 そう言ってやると、賊たちは笑顔怯えた表情を浮かべる。

 中々、良い笑顔だ。地獄を思い出す。

 しかし、選択肢を示しているにも関わらず誰も「俺を地獄に送って下さい」と言わない。

 折角、この世という名の地獄から解放してやろうというのに謙虚な賊たちだ。

 ならば仕方がない。ボクが選んで上げよう。

 謙虚な賊共を指さし「だ・れ・に・し・よ・う・か・な・え・ん・ま・さ・ま・の・言・う・通・り……」と呟き、指先がスワンに向いた所で止める。


 よし、スワンだな。

 地獄に行けるなんて羨ましい奴だ。


 ボクが指をさすとスワンが笑顔怯えた表情を浮かべたまま、小水を漏らした。

 これまた懐かしい。ボクも四百年前まではよく小水を漏らしていたものだ。

 今は(そんなに)漏らさなくなったけど。


 話が逸れたな。

 実は今日の朝になってボクは反省したのだ。

 全員地獄送りにしては、復讐心を持ち、ボクを殺そうと考えるような気概のある奴が育たない。だからこれからは、半分は生かし、半分を地獄送りにしようと……。

 今回は三人だったから、地獄送りにするのは一人だけだ。

 本当は、二人地獄送りにしようかと少し迷ったが、昨日、十人もの人間を地獄送りにできたからな。

 今日の所は、一人地獄送りにするだけで勘弁してやろう。

 地獄に帰りたいボクを差し置いて地獄に還ることができるんだ。できるだけ、大きな歓喜の声悲鳴を上げ還ってほしい。


「それじゃあ、スワン。地獄の閻魔大王によろしく。閻魔大王に必ず伝えるんだぞ? ステラの不死性を解いてくれと――」

「ち、ちょっと、待ってくれ! 俺を誰だと――」


 スワンが何かを言おうとするが、聞かない。敢えて待たない。


「――知らないな。ファイア・オブ・プロメテウス」


 ――ボウッ。


 そう呟くと、ファイア・オブ・プロメテウスの炎がスワンの体を燃やし尽くす。


「ふ、副団長をどこにやったっ!」

「うん?」


 意味の分からない事をいう賊だ。

 スワンの体から炎が噴き出していただろうに。燃えて灰になったということが理解できなかったのだろうか?


「――燃やし尽くしたんだよ。見えなかったか?」


 ファイア・オブ・プロメテウスの炎を手に浮かべると、賊たちは顔を引き攣らせる。

 流れてくる思念を読むと、燃えた事を正確に理解しているようだ。にも拘らず、無駄な質問をしてきたのは、そのことを信じたくなかったからだろう。

 まあ、どうでもいいことだ。二人の体には既に地獄行きの術式を付与してある。

 死ねば、その瞬間から地獄行き。まったく以って羨ましい奴等である。


「――まあいい。そんなことよりも聞きたいことがある」


 そう言って、髪を掴みしゃがんでやると、途端に賊は笑顔怯えた表情を浮かべ這いつくばる。


「無駄な会話は好きじゃない。だから言葉を選んで喋りなよ。君たちは何故、クラウス商店を狙う?」

「そ、それは……」


 ふむ。なるほど……。

 念話にはこういう使い方もできるのか。

 地獄では、書類地獄に落とされ検証する暇もなかったからな。

 質問をするだけで、賊の発する言葉とは裏腹に、賊の思念が頭の中に流れてくる。


「なるほど。クリボッタ商会の依頼か」


 ボクがそう言うと、賊たちは息を飲む。

 何故、そのことを……とでも言いたげな表情だ。

 思念が流れてくるので、なんで、クラウス商店を狙ったのかについてはよく解った。しかし、クリボッタ商会か。どうやらクラウス商店は酷く面倒臭い奴に狙われているようだ。

 流れてきた思念によると、クリボッタ商会の会頭、クリボッタ・ネロは酷く歪んだ性格をしているらしい。

 賊たちを使いこれまで潰した同業は百を超える。

 手口も残虐で、同業者がこの町に店を構えた瞬間を狙い賊に襲わせ、店主は残し、家族は攫って奴隷として売り払う。

 店を構えたばかりとあって襲われた方は堪ったものではない。

 残された者の内、半分は借金苦から死を選び、死を選ばなかった残り半分はネロにより奴隷として買い戻された妻と子の姿を見て精神を病み廃人となる。

 つまり、地獄によくいるタイプの人間である。


「……しかし、わからないな。この町の平和を守るために存在する自警団がなぜこんなことを?」


 そう呟くと、男たちは露骨に慌て出す。


「は、はわわわ……!」

「な、なぜ、俺たちが自警団だとわかって……!?」


 ただ呟いただけなのに、ほぼ自白と変わらない答えが返ってきた。

 クレインとラークは相当頭が軽いようだ。


「――言ってなかったか? ボクには読心という能力がある。望むと望まざるとに係わらず、君たちの考えが勝手に流れこんでくるんだ。不便な力だよ」


 そう告げると、二人は顔を真っ青にさせる。

 どうやらわかっていなかったようだ。


「さて、話は終わりかな。今後、クラウス商店にちょっかいを出すことを禁じる。もしそれを破ったら……わかるね?」

「で、ですが、それは――」


「――それは、なんだ?」


 ボクが優しく問いかけると、クレインは股間から小水を流しながら答える。


「う、うちの人間が納得するか……」

「――ふうん。そうなんだ。でも、警告はしたからね。もしクラウス商店にちょっかいをかけたら、その時は遠慮なく地獄送りにするよ?」

「――そ、そんな! 待ってください!」

「いや、待たない。ボクは待つのが嫌いなんだ」


 自警団がクリボッタ商会の依頼を受け、クラウス商店にちょっかい掛けた理由も実にくだらない理由だった。

 こういうクズは灰にした方が世の中のためだ。ボクのためにもなる。


「もし、クラウス商店に再び危害を加えようとしたら、自警団ごと君たちを地獄送りにする。死にたくなかったら頑張って説得するんだね――ファイア・オブ・プロメテウス」


 もうコイツらと話すことはなにもない。

 それだけ告げると、ボクは高笑いを浮かべながらクラウス商店に戻ることにした。


 ◆◆◆


 その場に残されたクレインとラーク。

 恐ろしい赤子が去ったことに安堵したのもつかの間。

 赤子の言葉を思い出し青褪める。


「……お、おい。どうするんだよ。どうするんだよ!」


 副団長であるスワンの行動が……。

 万が一を考え、捜索依頼をかけたことが裏目に出た。明日になれば、自警団が副団長の捜索に乗り出す。

 そうなれば、自警団はお終いだ。

 あの赤子によって皆殺しにされてしまう。


「――どうするもなにも、なんて説明するんだ! メビウスは……団長はお飾りだ……清廉潔白を理由にネロの野郎に選任された無駄に正義感の強い世間知らずだぞ!」


 自警団の団長であるメビウスは、ネロにより団長職に推薦されたにも関わらず、クリボッタ商会に関わるなとのお達を出していた。

 町を守る自警団が賊紛いなことをしていたと伝わるのも問題だ。

 なにより、クラウス商店に賊紛いな行為をしたら反撃され、副団長を含む団員が殺されましたなんて言えるはずがない。


「じ、じゃあ、どうすりゃあいいんだよ!」

「俺が知る訳ねーだろっ!」


 しかし、このままここにいては自警団の仲間たちが皆殺しにされてしまう。

 クレインとラークは、焼かれた足の痛みに耐えながら、必死にほふく前進する。


「俺は最初から反対だったんだっ!」

「俺だってそうさ! 誰が好き好んで賊紛いなことなんてするもんか! なのに、なのになんでこんな……!」


 文句を言いながらも、焼けた足を引きづり、ほふく前進を続ける。

 二人が町に辿り着いたのは、翌日の夜だった。


「……よ、ようやく辿り着いた」

「ああ、俺たち頑張ったよな……」


 泥だらけになりながらも何とか町に辿り着くことができた。


「おーい!」

「誰か、誰かいないか!」


 今の時間は丁度、見回りの時間。

 必死になって声を上げると、自警団の仲間がクレインとラークを見て驚きの声を上げる。


「お、おい! クレインとラークじゃないか! どうした。なにがあった!?」

「誰か、誰か担架を持ってこい!」


 町に辿り着いてすぐ救助されたクレインとラークは、すぐに詰所に運ばれる。


「酷い傷じゃないか。一体なにがあった?」

「じ、実は……」


 事のあらましを話すと、仲間のスリムとバージニアが唸り声を上げる。


「……わかった。にわかには信じ難い話だが信じよう」

「しかし、困ったな。内々に処理するには話が大きくなり過ぎた。団長に知られるのも時間の問題だぞ?」


 副団長であるスワンを含め、既に十一人もの団員が死んでいる。

 そして、団長であるメビウスは無駄に正義感が強く行動力がある。

 もし、団員が賊紛いな行為をしていたと知られれば、賊紛いな行為をした団員全員を吊し上げ町民の前で処断しかねない。


「な、なんとか団長に知られずやり過ごす方法はないか?」

「そうだな。幸いなことに遺体は残っていない。団員たちを失踪扱いにすれば言い逃れることも可能だ。しかし……」


 どうしても仲間を殺した赤子がネックになる。


「……我々が賊紛いな行為に手を染めていたと知られれば、自警団の信頼は失墜する」

「やはり、赤子ごとクラウス商店を潰す他ないか……」


 スリムとバージニアの二人がそう結論付けようとした瞬間、クレインとラークが声を上げる。


「だ、ダメだ! お、お前たちはあの赤子の恐ろしさを理解していない。あの赤子、一人に十一人の団員が殺されたんだぞ!」

「――そうだ! それに宣告された! もしクラウス商店に手を出せば皆殺しにっ……!!」


「……先刻、副団長の要望どおり、クラウス商店の下に賊に扮した団員たちを送ったばかりだ。もう手遅れだよ」


 初めて聞かされるその事実に、クレインとラークは愕然とした表情を浮かべる。


「我々に残された道は、赤子を殺すか、赤子に殺されるかの二択しかない。男なら腹を括れ。幸いなことに、我々には、これがある」


 スリムが取り出したのは拳銃。魔力で銃弾と呼ばれる鉛を飛ばす魔具で、携帯性に優れた殺傷用具だ。


「副団長がクリボッタ商会から仕入れた特別性だ。魔法士でない我々でも引き金を引くだけで魔法と同等の破壊力を発揮することができる。クラウス商店に向かわせた団員たちにも同じ物を持たせた。どんなに強大な力を持っていようと、所詮は人間。鉛を撃ち込まれて生きていられる人間は存在しない」

「た、確かに、そうかも知れないが……」


 あの赤子に銃弾が打ち込まれる姿がまったく想像できない。

 しかし、あの赤子を殺さなければ、自警団が賊紛いな行為をしていたことを知られる可能性がある。

 団長にそのことが知られれば、当然、我々は処分されるだろう。

 スリムとバージニアはクレインとラークに拳銃を持たせ、言い聞かせるように言う。


「……殺らなければ殺られる。いい加減、腹を括れ」


 そのことを強く認識したクレインとラークは「殺らなきゃ殺られる……殺らなきゃ殺られる」と妄信的に呟くと、まるで命綱を掴むように拳銃を強く握り締めた。

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