第12話 赤子、針千本を亡者に喰らわす
一歳に満たない赤子が両足立ちで喋っている。実に気味の悪い光景だ。
こいつが報告のあった赤子……。
しかし、どういうことだ?
赤子が立って……いや、なぜ銃弾を受け止めることができる!?
そう疑問符を浮かべていると、赤子は受け止めた銃弾を床に落としながら、まるで心を見透かしたように言う。
「赤子が立ち、銃弾を受け止めることが、そんなに珍しいか?」
「…………」
――いや、当たり前だろ!
赤子のみならず、銃弾を受け止めるなんて芸当、大人でも不可能だ。
「ふうん? でも、現実にボクがやっているじゃないか。現実逃避は感心しないな」
「――はっ! 現実逃避もしたくなるぜ……」
なるほど、確かに、こいつは化け物だ。
どうやら本当に心が読めるらしい。
しかも、拳銃が効かないときた。
「――ボクのことを化け物扱いとは感心しないな。ボクなんてまだまださ。上には上がいる。例えば、閻魔大王とかね……さて、お喋りが過ぎたようだ」
赤子が手を翳すと、火の勢いが増し、炎が周囲に広がる。
炎に囲まれ逃げ場はない。
いや、そもそもこの赤子は、ここで我々を殺す気のようだ。
「もう充分過ぎる程の年月をこの世界で生きただろう? ここから先は地獄で悠久の時を過ごすといい。ボク自ら送ってあげるよ」
赤子がそう言葉を発した瞬間、火の手が一気に進む。
じ、冗談じゃない! 何だ。この化け物は!?
赤子の言葉を受け、悲鳴を上げる部下たち。
折角、自警団の団長になったのに、こんな所で死ぬなんて真っ平御免だ。
それにまだやり残したことが山ほどある。
どうにか赤子の誤解を解かなければと、メビウスは必死になって思考する。
「――ち、ちょっと、待ってくれ! な、何か誤解があるようだ! これまでの非礼は詫びる。だから話を聞いてくれ!」
決死の覚悟でそう懇願すると、赤子は、翳した手を降ろす。
「へぇ……誤解か。確かに、誤解があったらいけないな。無駄だとは思うけど、話位は聞いて上げるよ。でも、君の頼みを聞くからには、ボクの頼みも聞いてくれないとフェアじゃない。そうだよね?」
「うっ……!?」
赤子は瞬時に距離を詰めると、どこからともなく針の塊を取り出した。
雲丹を思わせるような禍々しい見た目。何に使うか分からないが、碌な用途でないことが見るだけでわかる。
「……これは、針千本と言ってね。嘘を付いた者の口を通り胃に向かって飛ぶ習性を持つ剣樹の森の果実だ」
取り出した針千本を掌に乗せると、メビウスの口元に持っていく。
「君には、この針千本の前で喋ってもらう。よく考えて話をするんだね」
「うぐっ……」
この上ないほど分かりやすく、嘘を付いたら針千本を喰らわせると脅してきた。
別に嘘を付くなんて言ってないのに、嘘を付くこと前提なんて酷すぎる。
しかし、選択肢はない。
「わ、わかった。それじゃあ、話を聞いてくれ。俺はメビウス。自警団のトップを張らせてもらっている」
「――それで?」
「ぶ、部下から町に化け物が現れたと連絡があった。だから俺は……」
「化け物であるこのボクを倒すために、クラウス商店に部下を向かわせ、返り討ちにあったと?」
「そ、そうだっ!」
「そうだって……君はボクの誤解とやらを解きたいんじゃなかったのか?」
そ、そうだった!?
目の前の赤子が怖すぎて、つい話に乗せられてしまっ……!
「……どうやら君は動揺しているようだね。普通の状態ではない。一体、何を怖がっているんだ?」
「――え? いや……」
他でもない、目の前の赤子に恐怖を覚えているのですが……。
しかし、そんなことは口が裂けても言えない。
「……君はボクが心を読めることを忘れているようだね」
!?
そ、そそそそ、そうだったァァァァ!
あまりの恐怖心ですっかり抜け落ちていた。
「まあ、わからなくもない。ボク自身も昔はそうだった。閻魔大王を初めて目の当たりにした時は酷く緊張したものさ」
い、いやぁ……と、いうより、赤子にとっての昔っていつ??
「話を戻すよ」
一方的に話を打ち切られた俺は呆然とした表情を浮かべる。
「問題はなぜ、この町の自警団である君たちがクラウス商店を襲撃したかということだ」
「……は? な、なんのことだ??」
なぜ、自警団が一商店を襲わなければならない。危険な赤子がクラウス商店に現れた。だから、自警団がその赤子を討伐するため襲撃したのではなかったのか?
意味が分からずそう言うと、赤子が鋭い眼光で睨み付けてくる。
「……本気でそう思っているのか? いやはや、面白いね。通常の認知ではそうはならない。クラウス商店を破壊しただけに留まらず、店主であるクラウスに暴行を働き、妻と娘を誘拐したのは他でもない君たち自警団じゃないか」
「え? い、いや、そんなことは……」
聞いてない。そんな話は聞いてない。
部下から報告があったのは赤子の化け物の話だけで……。
「……君は、ボクが嘘を付いているとでも言うつもりか?」
「い、いや、そういう訳じゃ……だが、副団長であるスワンや部下からそんな報告は……」
すると、赤子は思い出したかのように言う。
「スワン……ああ、つい先日、地獄に送った奴か。なら丁度良い。そのスワンとかいう奴に話を聞いてみようじゃないか」
「な、何っ!? どういうことだ!」
そう叫ぶと、室温が急激に上昇する。
「そら、あの世とこの世を繋いでやったぞ……来やれ、スワン。ボクの下へ」
いつの間にか壁に描かれた魔法円。
顔を上げると、そこには、全身が焼き爛れ、見るも無惨な姿となったスワンの姿があった。
スワンは魔法円から這い出ると、俺に向かって手を伸ばしてくる。
「ス、スワン……スワンなのか?」
全身を焼かれ生前の面影を失っても俺にはわかる。こいつはスワンだ。この俺が見間違うはずがない。
「帰ってこないと思ったら……こんな姿になっちまって……」
そう言って手を差し伸べると、俺の存在に気付いたのかスワンが助けを求めてくる。
「メビウス……メビウス……! 苦しい! 助けて……!! 私を……! 私を地獄から解放してくれ……!!」
息絶え絶えなスワンに近寄ると、俺はスワンの手を取る。
「安心しろ、自警団設立当時からの仲じゃないか……」
酷い。友に対し、あまりに酷い仕打ち。
俺は赤子を睨み付ける。
「お前、なんということを……! 今すぐスワンを地獄から解放しろ!」
俺がそう叫ぶと、赤子は昔を懐かしむような表情を浮かべた。
「……ああ、いいな。懐かしい。スワンが落ちたのは灼熱地獄か。皮膚が爛れ落ちるほど焼かれた後、入浴する血の池は格別なんだ。入浴しながら獄卒鬼の血で咽を潤していた時が本当に懐かしい。まあ、今はそれすらできなくなってしまった訳だけど……」
ち、血の池に入浴??
この赤子は狂っている。
焼け爛れ、見るも無残となったスワンの姿を見て、なぜ、そのようなことが言える……!
思わず、絶句していると、赤子が思い出したかのように言う。
「しかし、地獄から解放しろか。面白いことをいうね」
どうやら話は聞いていてくれたらしい。
だが、それだけのようだ。
「地獄は皆が笑顔で歓喜の声を上げる至上の楽園。解放するだなんてとんでもない。閻魔大王に不死性を付与されていなければ、ボクが代わりに地獄に落ちたい位だ」
「ふ、不死性? な、何を言ってるんだこいつ……」
ヤバい奴と関わり合いになってしまった。
本能的にそう感じてしまう程の危険性をこの赤子から感じる。
「……ヤバい奴とは、酷いことを言うね。まあいい。さて、スワン。ボクの質問に答えてもらおうか。君がクラウス商店を襲った理由を答えよ」
赤子がそう質問すると、スワンは苦しそうな表情を浮かべたまま押し黙る。
「……どうした、スワン。ボクの質問に答えよ」
しかし、スワンは答えない。
それ所か赤子が手に持つ針千本を見て、怯えた表情を浮かべる。
そんなスワンを見て、赤子は手に持つ針千本に目を向けた。
「ああ、君はこれが怖いのか。安心するといい。君が嘘を付かない限り、これが反応することはない。でも、このままだと、君は永遠に回答してくれそうにないからね。対策を取らせてもらうよ。獄卒鬼……」
赤子がそう呟くと、スワンを囲むようにして獄卒鬼が現れる。
「な、こいつは……!」
思わず出た言葉。それに呼応してスワンも声を上げて喋り出す。
「ご、ごごごご獄卒鬼ッ! 地獄の鬼がなんでこんな所にッ!? もう駄目だ。お終いだァァァァ!!」
どうやらスワンにとって、地獄の鬼は恐怖の対象らしい。
有無を言わさず抑え込まれると、間髪入れず赤子が問いかける。
「さて、もう一度だけ聞くよ? スワン……クラウス商店を襲撃した理由を答えよ。ボクはね。君を責める気はない。ただ真実が知りたいだけなんだ」
スワンは獄卒鬼に一度視線を向けると、顔を背けながら言う。
「そ、それは、クラウス商店が犯罪行為を犯していたからで……」
そこまで言った所で、赤子が手に持っていた針千本の実が破裂する。
そして、破裂した針がスワンの口に入ると、スワンは喉元を掻き毟りながら絶叫を上げた。
「ぎゃああああああああああっ!!」
思わず、目を背け、耳を塞ぎたくなるような絶叫……赤子はため息を吐きながら言う。
「……人間というのは、本当に愚かな生き物だね。なぜ、そこで嘘を付くのかボクには理解できないよ。針千本が反応したということは、君が嘘を付いた証左。君は小さい頃、お父さんやお母さんから嘘を付くのはいけませんと教わらなかったのか? まあ、これでハッキリしたな」
嘘を付いたことにより、針千本を飲まされたスワンは内臓をズタズダにされた痛みに嘆きながら転げ回る。
そんなスワンの頭を獄卒鬼が掴むと、赤子の目の前へ連れて行く。
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