番外編 マリア編
私の名前はマリア・ウィンダーバーグ。そう、エリザベス・ウィンダーバーグの姉。このお話は私マリアがウルフに襲われ生死の境をさまよい、エリザベスが聖女だと分かって暫くした後のお話。
エリザベスとウィル様が婚約した。
私は内心、ようやくウィル様が長年の想いを叶えたということに興奮していた。決して人の前ではそんな様子を見せないようにしているけれど、心は踊っていた。ウィル様がずっとエリザベスに恋をしていたのは周知の事実で、プロポーズまでしていたこともある。私はいつエリザベスがウィル様の気持ちに応えるのか、実は内心わくわくしながら待っていた。
ある休日の日、ウィンダーバーグ邸に戻っていた私は、エリザベスとのんびり庭でお茶をしていた。私はうずうずしていた。いつ、エリザベスにウィル様どのことを聞こうかと思っていたからだ。
だけど、だからといって無理に聞き出すのも良くない。ここはエリザベスが話し出してくれるのを待つべきだわ、と、私はエリザベスの様子を伺いながらお茶を飲んでいた。すると、エリザベスが不思議そうに呟いた。
「お姉様は、私とウィル様のことをあまり聞いてこないのね。」
私はそれを聞いてひっくり返りそうになった。興味がないわけ、ないじゃない!
「何を言ってるの!気になるに決まってるじゃない!お母様からは『エリザベスとウィル様がとうとう婚約することになったわよ。』としか聞かされていないのよ!どうやって二人が婚約するに至ったか、気になって気になって仕方ないわ!」
私の勢いに、エリザベスは驚いたようでぽかんとしている。しまった、私ったら。私にはこういうところがある。ウィンダーバーグ家の後継ぎとして、もっと平常心を崩さないようにしないといけないのだけれど、一度興奮してしまうとつい捲し立ててしまうところがあるのだ。私の悪い癖だと自分でも自覚している。
「…そうだったの?」
エリザベスは心底驚いた、という表情で私を見つめる。どうも妹は、裁縫の才能はあるのだけれど、こういう恋愛ごとに関しては全く興味関心なく来てしまったようで、いまいちピンときていない様子だ。
「あんなに悩んでいたエリザベスが、どうしてウィル様の気持ちに応える気になったのか、気にならないわけがないでしょう?」
「そうなの?」
エリザベスは、まだ不思議そうに私を見つめる。こんな調子で、社交の場に出て大丈夫かしらと一抹の不安が沸き起こる。こういうおっとりしたところがエリザベスのいいところでもあるのだけれど。
「エリザベス、あなたもいずれ社交の場に出るようになるわ。その時驚かないでほしいのだけど、人々の関心は八割が恋愛事よ。特に軽い噂話として口に上るものなの。…まあ、噂を立てられた方はたまったものではないでしょうけれどね。」
そう言って、自分の事に思いを馳せる。ブランドン様と婚約が決まって、学院で私の噂話があちこちで囁かれるようになった。一部のブランドン様のファンからは、聖女の力があれば自分達もブランドン様に近づけたのではないかと悔しがる声も聞こえる。確かに、地位の低い、しかも貧乏な子爵家の長女でしかない私が、ブランドン様と言葉を交わすことなんて聖女の力が無ければほとんど無かったに違いない。なので、彼女達の言うことはまるきり的外れというわけではない。だからこそ、心がちくちくと痛むのだけれど。
「お姉様?」
エリザベスが心配そうに、ティーカップを手にしながら私の顔を伺っていた。私は慌てて手をひらひらと振って、
「なんでもないのよ。」
と、笑顔を作ってみせる。これは、私が乗り越えなければいけない壁だと思う。何より、ブランドン様は私を大切にしてくださっている。それだけで私は力がわいてくるのだから。
「ところでエリザベス、どうしてウィル様と婚約することになったの?詳しく聞かせて?」
私は笑顔のまま、エリザベスに話を促した。エリザベスはみるみる真っ赤になって、持っていたティーカップをソーサーに戻す。
「あの、私から、ウィル様に気持ちをお伝えしたの。『あの日のプロポーズはまだ有効ですか?』って。」
私はそれを聞いて、まあ!と声を上げた。まさかエリザベスから。私はてっきり、ウィル様が改めて婚約を申し込んだのかと思っていたのだけど。エリザベスもなかなかやるものね、私はそんなことを思いながら相槌をうつ。
「そうしたら、『君は僕でいいのか。』と。」
ああ、ウィル様。きっと不安だったのだろうな…と、私はウィル様の心情を想像した。
「私は、『ウィル様でなきゃだめなんです。』とお伝えして。」
そう言って恥ずかしそうに顔を赤らめるエリザベスを見て、なんだか急に寂しさがわき起こった。
私の大事な妹、私の大切なエリザベス。でも気がついてしまった。エリザベスは、もう新たなステージへ進もうとしているのだ、と。
そして私は、妹離れをしなくてはいけない時期に入ったのだと強烈に感じた。
今までは、私が前に立ってエリザベスを守っていられた。お父様とお母様も、きっとそうやってエリザベスを守ってきた。でも、これからは違う。エリザベスはこれから学院に入学するし、成人となれば社交界デビューもするしお茶会なんかに呼ばれることも増えるだろう。それは、私が先んじてエリザベスを守ろうとしてもできなくなることが増えることを意味していた。これからはウィル様が、そしてエリザベスがお互いを守ってゆかなければならなくなるし、それはつまり、今までと違って私達ウィンダーバーグの人間がエリザベスを守ることができなくなり、その代わりエリザベス自身が様々な火の粉を払っていかなければならないということになる。婚約は、その一歩にすぎないのだ。
そのことに気がついて、胸がきゅっと苦しくなった。可愛いエリザベス。いつまでも私が守ってあげたい。
でも、それでも。
エリザベスには、ウィル様と二人で生きていける力をつけてもらわねばならないのだ。
私はふうっと大きく息を吐いた。冷静にならなければ。そう思ったからだ。
「エリザベス。」
「何でしょう?」
不思議そうに私を見つめる瞳はいつもと変わらない。これだけは伝えなければ。
「私は、あなたが嫁いでここから離れて暮らすようになっても、それでもずっとあなたのお姉様よ。だから。」
私達は、二人きりの姉妹だ。これからもずっと、お互いを大切に労って生きていきたい。
「あなたに何かあったら、これからはまずはウィル様を頼るのでしょうけれど…どうしようもないときは私のことも思い出してちょうだいね。必ず、あなたの助けになるわ。」
そう言って微笑むと、エリザベスはぱっと明るい表情になって頷いた。
「はい、お姉様!」
「だから、幸せになってね、エリザベス。」
私がそう言うと、エリザベスは満面の笑みで言う。
「お姉様も!ブランドン殿下と絶対に幸せになってもらわなくては!」
その明るい微笑みに、私は涙ぐみそうになった。
なんだか寂しいけれど、私達には聖女の力という繋がりがある。この力が私達を守ってくれる、繋いでくれる。
それを信じて、私は私の道を歩んでいこう。私はそう決意し、涙がこぼれないように空を仰ぎ見たのだった。
聖女の妹〜貧乏子爵の次女ですがドレス作りで身を立てる予定です!〜 あずさちとせ @AzusaChitose
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