番外編 デビュタント 後編
デビュタントの会場である王城には、私が聖女だと分かった日以来の登城だった。その後も私は以前と変わらない生活を送っていたし、王城とウィンダーバーグ邸を行き来するのはマリアとブランドン殿下だった。マリアは魔物が出なくなっても王城に住んでいて、お妃教育を受けていた。ブランドン殿下は市井にお入りになることが決まっているが、ロアン殿下の補佐としての役目もある。そしてこれはあまり口にしてはいけないのだが、ロアン殿下になにかあった場合ブランドン殿下は国王になる可能性がある。そのため、マリアは王太子妃と同等のお妃教育を受けなければならなかった。だからマリアは相変わらず王城にいて、月に一度ウィンダーバーグ邸に帰ってくる生活をしていた。
今日のデビュタントには、マリアは聖女として参席すると聞いている。お話する機会はあるだろうかと期待しながら私は王城の門をくぐった。
ウィル様にエスコートされて、私はゆっくりとデビュタントの会場である大広間へとたどり着いた。眩いシャンデリアに素敵なドレスのご令嬢達。息を呑むほど素晴らしい光景が目の前に広がっていた。
私は一瞬我を忘れてご令嬢達を観察してしまいそうになるが、お母様に教えてもらったように深呼吸をゆっくり繰り返す。よし、少し落ち着いた、と思う。つい職業病でご令嬢達のドレスを眺めたくなるが、ここはぐっと我慢しなければならない。
何より、ウィル様に謝らなければ。本当は馬車で謝りたかったのだけれど、お父様がずっとお喋りをしていて口を挟むことができなかった。
式典が始まる前に謝りたい、そう思ったのだが、無情にも会場にラッパの音が鳴り響く。式典開始の合図だ。
ラッパの鳴った方を見ると、国王陛下とロアン殿下と王太子妃のシャーリー様、ブランドン殿下とマリアの姿が見えた。縋るような気持ちでマリアを見つめると、マリアは私に気がついてにっこりと微笑む。私は思わず小さく手を振った。だが、式典が終わってパーティになるまではマリアと話すことはできないだろう。
私は国王陛下の祝辞を聞きながら、国王陛下には大変申し訳無いが、早く終わってほしいと願い続けた。
式典が終わり、パーティが始まった。まずロアン殿下とシャーリー様がワルツを踊り、その次にブランドン殿下とマリアが踊る。そうしたら、今度は私達デビュタントがエスコートしてくれた男性と踊る。そこまでがしきたりになる。なので、そこまで終わったらウィル様に謝ることができるかもしれないと、私は期待した。
ダンスを終えると、ウィル様は私を気遣い「喉、乾いてないか?飲み物を取ってくるよ。」と、飲み物のテーブルに向かおうとする。私はそんなウィル様の袖口をつい焦って捕まえた。はしたない!令嬢としてあるまじき行為だわと気がつき、慌てて手を離す。するとウィル様が「どうかしたのか?」と問いかけてきた。一瞬どうしよう、と思ったが、なるようになれ!と思い直した。
「こちらへ来てもらえませんか?」
と、会場の隅の方へ誘導する。ウィル様はきょとんとした表情で、でも特に何も言わずについてきてくれた。
人気の少なそうなバルコニーまでたどり着き、私は振り返ってウィル様を見上げる。
「ウィル様!」
ウィル様は不思議そうな表情で私を見つめている。
「あの、エスコートの件、お返事が遅くなって申し訳ありませんでした…!」
私がそう言うと、ウィル様は驚いた表情で私を見る。
「本当はもっと早くお会いして謝りたかったんです。でもどうしても時間がなくて難しくて。パーティが終わってしまう前にきちんと謝りたくて。」
後から気がついたのだ。一月も放置していれば、たとえ私が婚約者だからと言っても、気持ちが離れてしまう可能性だってあったのだと。
持っていた扇をギュッと握りしめる。蒸し返さないほうが本当は良いのかもしれなかったけれど、きちんとしておきたかった。
「全く君は、変なところで律儀というか。」
ウィル様はそう言うと声が響かないようにクスクスと笑っている。
「君のそういうところは好きだけど、不安だった一月を思い出したくはないよ。まあきっと、また仕事の虫になっているんだろうとは思っていた。」
「分かってくださってると思って、甘えていました。」
「でも、僕は君が夢中でドレスを作っている姿を好きになったんだから、あんなことくらい大したことじゃない。」
ウィル様はそう言うと、微笑んでみせる。
「僕が好きになったのは、自分で作ったドレスをキラキラした笑顔で見せてくれるエリザベスだ。僕は、君が仕事に熱中している姿が大好きなんだよ。だから君は、そんなこと気にしなくていい。」
「でも…!」
私が更に言い募ろうとすると、ウィル様はそれを止めて苦笑する。
「そんなに気になるのか。それじゃあ、こうしよう。」
ウィル様はそう言うと、突然私の目の前で片膝をついて私の手を取る。私は突然のことに驚いて言葉が出ない。
「エリザベス、君を愛している。だから僕と結婚してくれないか?」
私は驚いて口をぱくぱくしながらウィル様を見下ろす格好になった。
「三年前のあのプロポーズでは格好がつかないから。だからここでプロポーズのやり直しをしようと決めていた。」
ウィル様はそう言うと、悪戯そうに笑って私を見つめる。
「エリザベス、承諾の返事をしてくれたら、手紙の件は水に流すということでどうだろう?」
私は胸がいっぱいになって、気がついたら涙を流していた。私のその様子に、驚いたウィル様がオロオロと立ち上がる。
「どうしたんだ、エリザベス。驚かせすぎてしまったか?」
「違うんです。」
私はどうにかそれだけを絞り出し、呼吸を整えた。きちんとお返事したいと思った。もう、あの時の狼狽えるだけの私ではないのだから。
「ウィル様、有難うございます。すごく嬉しいです。あの時のプロポーズも、私にとっては大切ですが…、上書きされてしまいました。」
私がそう言うと、ウィル様は嬉しそうに、そして少し照れたように微笑んだ。
ドレス作りも、ウィル様とのことも。全て私には大切なことだから。一日一日を大切にしていこう、私は遠く聞こえるパーティ会場の歓声を聞きながら、そんなふうに決意したのだった。
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