第20話


 国王陛下との謁見から一週間。マリアとブランドン殿下は正式に婚約することになった。今は手続きの真っ最中で、近いうちに発表があるということだ。

 私が聖女だということは対外的には伏せられることになった。普通に生活をするためだ。そして、マリアのドレスを作るためでもある。あの場に居合わせた精鋭部隊には箝口令が敷かれた。ウィル様についても同様だ。

 あれから一週間、私は日中は工房で仕事をし、帰宅後はマリアのドレスを作った。少しでも早くマリアのドレスを作らなければ、という一心で必死で作っていた。

 マリアからは軽装、庶民の女の子たちが着ている動きやすく仕事のしやすいものを、というお願いだったので、私は私が工房で着ているエプロンドレスや先輩たちが着ているドレスを参考にすることにした。

 そうは言っても限られた時間の中で作っているので、なかなか時間がかかる。採寸については一度デビュタントドレスの際に行っているし、そんなに変わらないから必要ない、それよりも早くほしいと言われたので、デザインからすぐにパターンを起こした。

 

 そして、私はあることを胸に秘めていた。

 マリアがあんな風に倒れて、私は後悔しないようにしなければと痛感したのだ。

 工房に入ってから、割と私は好きなようにやってきたと思う。それでも、これだけはしておかないと後悔してしまうことがあるということに気が付いたのだ。


 今日はお休みで、いつものようにハンナさんがデザインの授業をしてくれていた。そしていつも通りお昼にはウィル様がやってきた。

 

 私は落ち着いていた。いつもならウィル様を見ただけで死んじゃうんじゃないかと思うくらい鼓動が早くなるし、平常心ではいられなくなる。でも、今日は落ち着いていた。心に決めたことがあったから。


 私はお母様にお願いして、ウィル様を応接室にお通しした。そして、ランチを一緒にとることにした。そこできちんと話をしようと思ったのだ。


「ウィル様。」


 ランチを食べ終わり、お茶が準備されたそのタイミングで、私は切り出した。


「あの日のプロポーズはまだ有効ですか?」


 ウィル様は唐突な私の申し出に、一瞬きょとんとした顔をしたが、次の瞬間顔を真っ赤にして、黙って頷く。

 その様子に私はよかった、と、安堵し胸をなでおろした。


「あの日私は恋が分からないと言いました。でも、あの日から、私はウィル様に恋をしたんだと思います。」


 驚いた表情のウィル様に微笑んでみせ、私は続ける。


「本当は、侯爵夫人になれば好きなようにドレス作りができると言われてウィル様を好ましく思っているのではないかと悩んだこともあります。でもそうではなくて、私はウィル様個人を恋い慕っているのだと気が付いたんです。姉が…マリアがあんなことになって、私気が付きました。きちんと想いを伝えておかなければきっと後悔すると。だからきちんと、ウィル様にお話ししたいと思ったんです。」


 ウィル様は顔を真っ赤にして、それでも私の話を黙って聞いてくれていた。そして、ぽつりと呟く。


「君の様子が最近おかしい事には気が付いていた。でも、それを指摘して決定的なことを言われるのが怖くて。ずっとそれについて黙っていたけど、君がまさかそんな風に思っているなんて思いもよらなかった。」


 この一月ほどのことを言っているのだろう。我ながら恥ずかしいのと情けないので消えたくなる。


「ウィル様申し訳ありません。丁度、その頃自覚したんです…。」


 自分でも驚くくらいか細い蚊の鳴くような声しか出せなかった。ウィル様はそうか、と頷いて真っ赤な顔のまま私を見すえた。


「君は、僕でいいのか。」


 私はそのセリフにうなずく。


「ウィル様でないといけないんです。」


 ウィル様はそうか、と呟くと、私に向かってにっこりと笑った。


「僕の粘り勝ちといったところか。」




 それから私たちの生活がガラリと変わる、なんてことはなかった。

 私は相変わらず工房と邸の往復で忙しかったし、休日はハンナさんの授業が入っていた。マリアのドレスも作っては渡していた。ただ、私とウィル様の婚約は書面でしっかりと行われた。

 

 そしてそんな生活を続け、季節は移ろっていった。

 

 私は今日、マリアとブランドン殿下の結婚式に参列していた。もちろんマリアのドレスは私がデザインを考えて作ったものだ。マリアからは全て任せるから好きなように作ってほしいと言われ、逆に困ってしまったのだが、デザインについてアイディアを巡らせるのは楽しかった。


 ハンナさんの工房を卒業して一年、私は学院に通いながらドレスを作っていた。工房なんて大層なものじゃないけれど、ハンナさんの工房で修業したおかげで、細々と私のファンのお客様がついていたこともあって、作る人数を絞りながら邸でドレスの仕事を続けていた。学院が長期休暇の時に一気に作り進めるようにしている。

 あと、学院の生活はなかなか大変だ。私は聖女であることが露見しないように剣のクラスに入ったのだけれど、相変わらず腕ははかばかしくない。ウィル様には、「君はそれ以上にドレス作りに才能が特化されているんだから気にする必要はない。」と言われたけれど、先生方の目が厳しいのはつらい。特にマリアが聖女として優秀だったので比べられているような気がする。聖女の力を披露できればと思うこともあるが、そんなことをしてドレス作りに影響が出るのだけは嫌なのでせめて座学だけはと、剣技以外の勉学に勤しんでいる。


 ハンナさんの工房は相変わらず盛況で忙しいと、たまに時間を合わせてお茶をするボニーから話を聞く。工房を卒業して会う頻度はぐっと減ったが、相変わらずボニーは私の大事な友人だ。

 貴族のお邸というと敷居が高かったのか、ボニーは初めのうちこそ我が家でお茶会というと居心地が悪そうだったが、そのうち慣れたようでいつものボニーに戻った。ウィル様とのことを冷やかしてくるのだけは恥ずかしいからやめてほしいのだけど。



 マリアと殿下は瘴気と魔物を払う活動を続けて三年、ちょうどマリアが学院を卒業するタイミングで結婚した。瘴気と魔物の問題はマリアが学院を卒業する一年ほど前に落ち着いた。半年ほど瘴気の様子を確認していたが、ぶり返す様子もなかった。なのでウィンダーバーグ家はマリアの聖女としての働きによって、そして殿下が臣籍降下することに合わせて公爵家となった。子爵から公爵家になるなんて嘘みたいな話だと思うけれど、殿下が臣籍降下するためにはそれだけの爵位が必要だし、マリアの働きもそれだけのものであると国王陛下はおっしゃっていたということだ。

 もともとお金のない貧乏貴族だった我が家だけれど、殿下が臣籍降下するにあたり、殿下が運営していた直轄地を下賜された。おかげで聖女の手当が出なくなっても困窮することはなさそうだ。


 トランペットの音が鳴り響いた。

 いよいよ結婚式が始まる。


 そして、私の隣にはお父様とお母様と、そしてウィル様がいる。

 入場してくるマリアはとても美しかった。少し興奮気味にウィル様に小声で話しかける。


「ウィル様、お姉様とても素敵だと思いませんか?花嫁ってこんなに美しくて荘厳なものなのですね。」


 私はそう言いながら、マリアへと視線を戻す。うん、やっぱり綺麗だ。私の知っている人の中で一番美しいと思う。


 ―私たちもいつかお姉様たちみたいになれるといいのだけれど。


 そう思ってウィル様を見ると、真っ赤な顔で私をじっと見つめている。その姿を見て私は気が付いた。

 私、まさかまた口に出していた!?

 自覚するなり顔がみるみるうちに熱くなる。

 ウィル様はそんな私を見て、ふわりと笑った。そして、次の瞬間そっと私の右手を握る。


「君の言うとおりになるといいな。」


 そんな風に微笑んでくれるウィル様を見て、私もそっと微笑み返す。

 そして、祝福の声を浴びるマリアへと視線を戻すのだった。

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