第19話


 マリアは翌日の朝には目を覚ました。状況はお父様とお母様が二人でマリアに告げたそうで、話を聞いたマリアは「わかりました。」と静かに答えていたという。

 

 マリアが目覚めたので、その日の午後には登城することになった。マリアはブランドン殿下がおっしゃったとおりに、私の作ったものは何一つ身に着けずに支度を済ませていた。いつも私の作ったものを髪飾りとして使っていたから、そうでないのはなんだか寂しいような気がする。


 私たちが王宮に登城すると、すぐに謁見の間に通された。そこには国王陛下と大司教様、前回と同じように王太子ロアン殿下とブランドン殿下の姿がある。


 私は前回以上に緊張した気持ちだった。何が起こるのか全く分からなかった。

 陛下はまずマリアに声をかけ、傷を負わせたことへの謝罪をおっしゃった。そして、大司教様の前へ出るよう指示する。

 マリアは指示に従い、静かに大司教様の前へと進んだ。以前と同じように、大司教様はマリアの額に手をかざす。そして、私たち全員に聞こえるように話す。


「マリア様が聖女であることに間違いはありません。ただ、前回よりも判定の反応が鈍く感じます。」


 それを聞いたブランドン殿下がすかさず大司教様の前へ出る。私は驚いたが、陛下やロアン殿下に驚く様子は見られない。恐らく既にそういう流れになることが決まっていたのだろう。


「これを判じてくれないか?」


 ブランドン殿下が何かを大司教様に差し出した。よく見るとそれは、私の作った髪飾りだった。昨日ブランドン様に頼まれてお渡ししたものだ。

 大司教様は一瞬難しい顔をしたものの、すぐ髪飾りの上に手をかざした。そして、困惑の表情を浮かべる。


「これは…この髪飾りから聖なるの力の反応を強く感じます。いったい何なのですか、これは。」


 ブランドン殿下ははあ、とため息をついて、私の方へ視線を向ける。


「これはマリア嬢の妹君、エリザベス嬢が作ったものだ。昨日マリア嬢が負った深手を治したのは彼女だ。」

 

 大司教様もなるほど、と私に視線を投げかけてくる。陛下も、ロアン殿下もだ。隣にいるお父様とお母様が心配そうに私を見ているのが分かる。私は動揺を悟られないように小さく息を吐いた。


「エリザベス嬢、こちらへ。」


 ブランドン殿下に呼ばれて、私は大司教様の前へと進んだ。マリアの時と同じように私の額に大司教様が手をかざす。そして、驚嘆の声を上げる。


「なんと!エリザベス様から強い聖なる力の反応が感じられます…!これは一体…!?」

「やはりか…。」


 大司教様とは正反対に、ブランドン殿下は納得した風だった。私にはなんだかわからない。


「ブランドン、これはどういうことなんだ?」


 陛下も不思議そうにブランドン殿下に声をかけた。


「これは私の推測でしかなかったのですが。エリザベス嬢は恐らく、聖なる力を自分の作るものに籠めることができるのではないかと。それをマリア嬢が身に着けていたことで、マリア嬢の中の聖なる力が強化されていたのではないかと考えています。なぜ、聖女が二人存在するのかはわからないのですが…。」

「ふむ、エリザベス嬢の作るものは増幅器になるということか。」

「恐らくですが。」


 二人の視線が私とマリアに注がれる。


「マリア嬢の力はそれがないと発揮されないということか。」

「ウルフに襲われてしまったことからもそれは間違いないかと。」

「エリザベス嬢は癒しの力があると聞いたが、払う力はあるのか?」

「それはわかりません。だからと言って前線に置くのは危険です。もし魔物に対する力がないのであれば取り返しのつかないことになります。」

「では、どうする?」

「マリア嬢と共に瘴気を払う活動に出てもらいたいと考えています。」

「お待ちください!」


 陛下とブランドン殿下がどんどん話を進めていると、鋭い声が響いた。その場にいる全員がその声の主に注目する。マリアだ。


「私はエリザベスを連れていくことには反対いたします。」


 静かだが、強い意志を感じさせる声でマリアは言った。


「今回は不覚を取り怪我を致しましたが、今まで特に問題なく活動を進めてまいりました。今後は一層気を引き締めて臨みますので、妹を連れていくことはご容赦ください。」


 陛下はふむ、とだけおっしゃったが、ブランドン殿下は違った。


「何を言い出すんだ!君は今回死ぬ思いをしたんだぞ!また同じこと、いや、もっと大変なことにならないと誰が言える!?」


 ブランドン殿下の強い言葉にも、マリアは一歩も引かない。


「だからこそです、このような危険な活動に妹を連れて行くわけにはまいりません。」

「エリザベス嬢がいれば、君が怪我を負ったとしてもすぐ治すことが可能だし、精鋭部隊の誰かにしても同じことだ。メリットの方が多いんだぞ!」

「だとしてもです。私の力は、エリザベスの作ったものを身に着けていればいいのですから、これからは細心の注意を払って…」

「百パーセントのことなんてどこにもない!」


 二人の言い合いは続いている。私はなんだか他人事みたいに思えてきて、どうしてブランドン殿下はこんなにも気色ばんでいらっしゃるのだろうと考え始めた。

 そして、ふと気が付いた。

 

 ―ああそうか、ブランドン殿下はお姉様を好ましく思っていらっしゃるから治癒の力がある私をこんなにも連れていきたいのね。


 私がそう思った瞬間、何故かブランドン殿下とマリアがぎょっとしたように私を見た。何事か分からずお父様とお母様を見ると、二人とも信じられないものを見るような目で私を見ているし、国王陛下とロアン殿下はニヤニヤとそれは楽し気に私を見ている。

 

 まさか、声に出していた…!?


「そうかブランドン、おまえマリア嬢を好きだったのか。」


 愉快気に声を出したのはロアン殿下だった。その言葉にぎょっとする。やっぱり私、声に出していた…!


「兄上まで何をおっしゃるのですか、聖女は公益性の高い存在です。そのような俗な感情に晒されていいものではありません。」

「ふうん?否定はしないのか。」

「兄上!」


 ブランドン殿下は誰が見てもわかるほど狼狽していた。私は申し訳ない心地になった。不敬と断罪されても仕方のないことをしたはずだ、ロアン殿下のおかげでうやむやになっているけれど。


「いやあ、二度と婚約しない、結婚しないと言っていたおまえが誰かを好きになるとはなあ。それがマリア嬢とは。これは僥倖ではありませんか?そう思いますよね、父上も。」


 ブランドン殿下とは逆に、ロアン殿下はこれ以上楽しいことはないといった風情で陛下に矛先を向ける。陛下もこれ以上の笑顔はないという笑顔でロアン殿下に答える。


「ああロアン、ブランドンにそういう存在ができたこと自体が喜ばしいことだな。」


 マリアを見ると、明らかに困惑していた。はっきりブランドン殿下に好意を伝えられたわけではないし、何より身分差もある。その反応は当然だろう。

 しかし、陛下はそんなマリアに柔らかい笑顔を向けておっしゃった。


「マリア嬢、ブランドンはこのとおり堅物で面白味もない男だが、恐らくはそなたを大切にしてくれるはずだ。マリア嬢がブランドンを嫌いでないなら、ブランドンとのこれからを考えてはくれないか。身分差が気になるのだろうが、将来瘴気が治まったときにはマリア嬢の聖女としての働きを評して、ウィンダーバーグ家の爵位を上げることは検討していた。ブランドンが婿入りするとなるなら、それに相応しいだけの爵位を用意する。」


 陛下のその言葉に、困惑していたマリアは心を決めたようにブランドン殿下に向かって言った。


「殿下。私のことを憎からず思ってくださっていらっしゃるとすれば、それは私にとってとても嬉しい事です。ですが、私は子爵の娘です。殿下を恋い慕っていたとしても、私の口からはとても申し上げられることではございません。」


 マリアにまでこう言われてしまっては、ブランドン殿下は逃げ切ることができなくなってしまった。私のせいだが。

 ブランドン殿下は弱り切ったように頭に片手をやって、はあとため息をついた。


「マリアまでそんなことを言うのか。それでは私が逃げ回るわけにはいかないな。」


 そうおっしゃると、覚悟を決めたのかマリアに向き直る。


「そうだ、私は君が好きだ。だからエリザベス嬢に同行してもらいたい。君を失いたくないんだ。」


 真剣な眼差しでマリアに訴える。しかしマリアは、


「エリザベスのことは別ですが、私も殿下をお慕いしております。ですが、エリザベスのことは別です。」


 にっこり笑って二回言いましたね…大事なことなんでしょう…。

 

「マリア嬢!君は自分が大事ではないのか!」


 ブランドン殿下はほとんど悲鳴のような声で叫ぶ。

 マリアはそんなブランドン殿下の様子にも動じることなく、むしろ私に向き直った。


「エリザベスの作ったものを身に着けていればいいのでしょう?でしたら私、絶対に落としたりしないものを存じ上げております。」


 絶対に落としたりしないもの?なんだろうと不思議に思っていると、マリアはぱっと私の両手を掴んでこう言った。


「エリザベスが私のドレスを作ってくれればそれでいいのよ!」

「えっ!」


 その場にいた全員が同じように叫んだ。その発想はなかった。確かに着用するドレスであれば、落とすなんてことはない。

 

「私が着ていたデビュタントドレスはエリザベスが作ったものでしょう?ということは、デビュタントの日に魔物が消え去ったのは、あのドレスのおかげということよね。だからあの日と同じように、エリザベスの作ったドレスを着ていればいいのよ。」

「でもお姉様、ドレスを作るのには時間がかかるわ。その間の活動はどうなさるの。」

「軽装でいいのよ。むしろ動きやすい軽装がいいわね。それだったらそんなに時間はかかる?」

「…いいえ。でも、それだって時間がかかるのよ。」

「ええ、だからその間はあなたの刺繍が入った布を長いリボンに縫い付けて、それを髪に巻き付けて活動するわ。そうしたらなかなか落ちることもないと思うし。」


 マリアの発想力には驚かされる。私の作った行き場のない大量の刺繍が、まさかこんなところで活かされるとは。

 そしてマリアはブランドン殿下に向き直ってにっこり笑いかける。


「これでしたら、問題ないと思いませんか?」


 ブランドン殿下は大きなため息をついて、そして降参だ、と言わんばかりに両手を上げる。


「君には恐れ入るよマリア嬢。まあ、私は君のそういう利発で強気な令嬢らしからぬところに惹かれたのだから、しかたないね。」


 まあ、とマリアは言うと、更に笑みを深くして微笑むのだった。

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