第18話


 マリアの容態が落ち着いた。けれども私には何が何だか分からなかった。呆然とする私を見て、ブランドン殿下がおっしゃった。


「とりあえず、マリア嬢の容態は落ち着いたようだ。何があったか皆に説明しなければなるまい。」


 そして、続ける。


「君のことはその後聞かせてもらいたい。」


 そうおっしゃられても困る。自分でも何が起きたのか分からないというのに。

 弱り切って視線をさまよわせるが、誰に助けを求めていいのかもわからない。逃げ場もない。

 仕方なく、私は「はい。」と、弱弱しく頷くしかできなかった。


 殿下はマリアの私室のソファにかけ、その対面にお父様とお母様が座る。私はその横にオットマンを持ってきて座った。そしてその後ろに私を心配して帰らずにいるウィル様が立っている。

 そういえばハンナさんは一度邸に戻ってきたが、ジャックが適当に言って帰ってもらったそうだ。確かに、この状況を知っている人は少ない方がいいのだろう。


 ブランドン殿下がぽつりぽつりと話始める。


「マリア嬢と私たちは丁度街の東側で瘴気を払っていた。このこと自体は問題なかった。強い魔物も出なかったし、特に何か妨害があったわけでもない。だが、その直後、マリア嬢が『髪留めを失くしたみたいなんです。』と言ってきて…。私は部隊の者達と周辺を軽く捜索したが見つからなかったんだ。だからきっと、私たち全員が気がそぞろだったんだろう。マリア嬢が『ありました!』と叫んで私たちから少し離れた場所へ走っていった直後、マリア嬢の正面からウルフが現れたんだ。」


 そこまで話して、殿下は苦々しい顔をする。


「この半年ずっと、私たちは上手くやってきた。だからきっと気が緩んでいたんだ。それにマリア嬢なら魔物相手でも魔物を消滅させられると思っていた。だが、その時は違ったんだ。ウルフは消滅することなくマリア嬢を襲った。私たちはマリア嬢がそれ以上攻撃されないよう必死でウルフに魔法を放ち、最後には私がとどめを刺した。そして、マリア嬢は土の上に倒れたままだった。」


 その後、マリアはこの邸に運び込まれた、ということだった。王宮ではなくこの邸だったのは、一番近くて人目につかずに運び込むことができそうなのがこの邸だったからだそうだ。


 それにしても、なぜ?

 ずっとうまくやってきたと殿下はおっしゃった。ウルフはありふれた魔物だ。そして、今の話では瘴気の強さで強くなったウルフだったとは思えない。精鋭部隊の皆さんと、殿下で退治できているようだし…。


「マリア嬢の聖女の力がなぜ発動しなかったのか、これが問題だ。発動さえしていればこんな風に命を落としそうになることはなかったはずだ。」


 お父様とお母様は黙りこんで殿下のお話を伺っている。


「大司教の判定に間違いがあったとは思えない。だが、念のためもう一度判定をやり直す必要があると思う。そして、君。エリザベスだね?」

「は、はい!」


 突然名前を呼ばれて私は驚いた。私は殿下と面識はあるものの、いずれの場でも声を交わした覚えはなかった。どうして名前をご存じなのか不思議だった。


「君のことはマリアからよく聞いている。ドレス作りが好きだということも、マリアの髪飾りは全て君が作ったものだということも、そして、デビュタントドレスを作ったのが君だということも。マリアは君のことが自慢のようだ。いつも君の話ばかりしているよ。」


 なるほど、と納得したのと同時に照れてしまう。マリアと私は仲のいい姉妹だと自負しているけれど、そんなに思ってくれているとは。


「だがさっきの奇跡を見てしまっては、君のことも放っておくわけにはいかないだろう。君はさっき、何をしたんだ?」


 何を、と問われても答えられない。気づいたら光がマリアに注いでいた。どうしよう、と、逡巡していると後ろからウィル様が励ますようにぽんと肩に手を置く。ウィル様を見上げるとその目が合い、『大丈夫だ』と言っている気がした。


「正直に申し上げると、私にも何が起きたのか分かっておりません。ただ、姉が死んでしまったらどうしようと思い、死なないでほしいと願っただけで…。何度も姉を呼ぶうち、気が付くと暖かいものが体からあふれて、それが光になって姉に注がれていきました。私にわかるのはそれだけでございます。」


 ただ起きたことをそのまま正直に答えた。お父様とお母様が私をじっと見ているのが分かる。殿下は、私の答えに「そうか…。」と呟いて続ける。


「君を責めているのではないんだ。マリア嬢が助かったのは君のおかげなんだと思う。だが、問題は、聖女と思しき存在が二人いることなんだ。文献では聖女は一人。瘴気や魔物を払い、怪我や病気を癒す力を持っている。だが、目の前の君たちは違う。マリア嬢は瘴気や魔物を払う力を持っているが、癒しの力は持っていない。そして君は、君に瘴気や魔物を払う力があるかどうかわからないが…少なくとも癒しの力を持っていることは事実だ。エリザベス、君にも大司教様から判定をうけてもらいたい。あと、気になることが一つある。」


 そして殿下はご自身の頭を指さした。


「君の髪飾り。この邸にまだ残っているか?ドレスでも刺繍でも何でもいい。君の作ったものを持って行きたい。」


 真剣な表情でそうおっしゃる。だけど…。


「殿下、娘の作るものは女性物です、失礼ですが男性がお持ちになるものでは…。」


 お母様が困惑したような声を上げた。私もなぜ、自分の作ったものが殿下にとって必要なのか理解できない。

 そんな私たちの様子に、殿下は困った様子で手をひらひらとさせる。


「まさか自分で使うと思ったのか?違う違う、そんなことはしない。ただ、もしかしたら君の作ったものに何かヒントがあるんじゃないかと思ってね。」


 私とお母様は顔を見合わせた。どういうことなのかわからない。


「いや、憶測で語るのはよそう。マリア嬢はこのままこちらで一晩預かってもらおう。マリア嬢が目覚めたら父上や大司教様に会えるよう取り計らっておくから、目覚めたら連絡をしてくれ。あと、マリア嬢は登城の際にはエリザベス嬢の作ったものは何も身に着けずに来てほしい。」


 そうおっしゃると、殿下は立ち上がってマリアの様子を見に行く。静かに寝息を立てているマリアを確認するとホッとした表情を浮かべた。


「私はこれから王宮に戻り、これからの手配をしておこう。あと全員今日見たことは他言無用だ。では子爵、今後のことは頼んだよ。」


 私は自分とマリアの身に何が起きるのか、それだけが不安で、肩に置かれたままのウィル様の手の上に私の手を乗せ、きゅっと握った。

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