第17話


 マリアと話して二週間ほどが過ぎた。私はマリアの言っていたようにウィル様の心に寄り添いたいと思い、顔を合わせるたびにこちらから話しかけようと心掛けた。そう…心掛けた…心掛けたのである。

 実際は無理だった。ウィル様を前にして挙動不審になる頻度が増えただけだった。そもそも幼馴染なのだ。今更「ご趣味は?」なんて聞くようなこともない。あらかたお互いの事は知っている。

 

 どうしたらいいの…。


 私は悩んでいた。マリアは言っていた。今はまだ戸惑うことも多いのだろうと。確かに私は自分の気持ちに戸惑っている。なんなら自分にこんな気持ちが存在したのか?そういう初歩的なところから既に戸惑っている。


 今日は休日で、今はハンナさんの授業のお昼休憩。そしてここは邸の庭。ハンナさんはウィル様を見るなり、「私は外でランチしてきますね」とさっさと出かけて行った。庭のベンチで私とウィル様は横並びに座っていた。ベンチに座ることを提案したのは私で、横並びなら正面から顔を見なくていいので少しはまともにお話しできるのではないかと考えた結果だ。本当はもっとスマートにウィル様とお話ししたい。でも無理!だってなんだかキラキラして見えるんだもの!

 

 そんな感じで私の脳内は忙しかった。ウィル様もこんな私の様子を怪訝そうに見ている。多分先週は様子見していたのだろう。今週は改善しているかと思って来たのだろうけど、変わらず挙動不審な私に何か言いたそうだ。


 ウィル様が何か言いかけたその時だった。にわかに玄関の方が騒がしくなり、ダンダンと邸の玄関を男性が強く叩いている。

 そして男性の後ろを見ると、そこには血まみれで担架に横たわっているマリアがいた。

 私はさっと青ざめる。

 そこからはいやに時間がゆっくり流れているような感じがした。玄関が開き、ジャックの顔色が変わり、マリアが運び込まれて。


「…ス!エリザベス!」


 はっと気が付くとウィル様が目の前に立って私の両肩を揺さぶっていた。呆然とウィル様を見上げると、


「しっかりするんだ!」


 と、ぎゅっと肩を掴まれる。そうだ、しっかりしなくては。私は立ち上がり、バタバタと邸に入り、近場にいた侍女を捕まえてマリアがどの部屋に運ばれたのかを聞いた。マリアの部屋だと告げられ、私はウィル様と二階へ駆けあがる。

 

 マリアの部屋へ足を踏み入れると、顔色が真っ青で肩から血を流したマリアがぐったりと自室のベッドに横たわっていた。苦しそうに肩を上下させている。そこではお母様が両手で顔を覆って涙を流し、それをお父様が落ち着かせるように肩を抱いて背中をさすっている。部屋の隅の方では数名の男性たちが不安そうにお互い顔を見合わせている。彼らが精鋭部隊だろうか。

 また、ブランドン殿下もいらして、マリアの両手をしっかりと握りしめて必死で何度もマリアの名前を呼んでいる。

 その光景を見て私は足がすくんだ。あの時不安に思ったように、マリアが魔物に攻撃されたことは明白だ。こんなことになるなんて…。


「お姉様!」


 次の瞬間、私は弾かれた様にベッドサイドまで走った。マリアは意識が無いようだった。随行していたのだろう宮廷医の男性も、難しい顔をしている。


「傷が深いです。そこが熱をもち、全身にダメージがいっている。せめて意識が戻れば…。」


 それを聞いた殿下は苦し気に顔をゆがめ、マリア!と声をかける。


「君まで失ってしまったら私はどうしたらいいんだ…!」


 まさか、と思う。殿下はもしかしてマリアのことを…?

 

 涙が込み上げてきた。もしかしたら殿下はマリアのことを好ましく思っていらっしゃるのかもしれない。それなのに、こんなところでいなくなってしまわないで。

 ブランドン殿下のことを話しながら幸せそうに微笑むマリアを思い出すと涙が止まらなくなってくる。私は気が付いたらマリアにとりすがって、何度も名前を呼んでいた。


 そして、その時だった。


 それは突然だった。私の中から暖かい何かが溢れ、それがどんどん大きくなっていく感覚。気が付くとそれは光になって、マリアを包み、ふっとかき消えた。


 瞬間、マリアの呼吸が静かになった。私の中に冷たいものが走る。まさかマリアは…。


 宮廷医の男性がすかさずマリアを診る。そして驚きの表情で私たちを見つめ、こう言った。


「脈が正常になっております…!」


 次の瞬間、視線が集まったのは私だった。

 ブランドン殿下、お父様、お母様、ウィル様、そして精鋭部隊の方々。

 その場にいたほぼ全員の注目を浴びて、私は呆然としていた。何が起こったのか、よくわからない。

 宮廷医の男性は、肩の怪我を診て驚愕の声を上げた。


「傷が消えております!跡形もなく!」


 そして、ブランドン殿下が呟いた。


「まさか、君もなのか…?」


 わからない、何も。ただ、マリアが一命をとりとめたことだけは事実だった。

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