第14話


 工房に戻ってから二週間ほどは、私はいつも通りの生活をしていた。

 私の生活は護衛が増えただけで、それ以外は特に変わりなかった。

 朝起きて支度を整え、工房に向かい、工房で仕事をし、休憩中はハンナさんにデザインの指導をしてもらい、また仕事に戻って終えたら帰宅し、ミシンの練習をして夕食をとり、眠る。

 これが私の生活のルーティーンだった。だが、ある日いつものように工房に出勤すると、困った表情のハンナさんに捕まった。


「エリザベス。話があるの。」


 なんだろう、と、言われるままにハンナさんについてハンナさんの書斎についていく。ここには私も初めて入る。促されるままソファに座り、その対面にハンナさんが座る。


「大変なことになったの。」


 そう言ってハンナさんはため息をつく。私は話が見えずに困惑してしまう。


「マリアお嬢様のデビュタントドレスの噂が広まってるの。初めのうちは聖女の噂の方が早く広まったみたいで、ドレスの事は話題になっていなかったんだけど、聖女の話題性が薄れてきて、段々とあの日マリアお嬢様が着ていたデビュタントドレスの話が広がっていったのよ。それで、あれはハンナの工房のエリザベス・ウィンダーバーグがデザインに関わっているって話になっているらしくて…。」


 なんだか嫌な予感がする。それにしても、どうして私の名前が広がっているのだろう。


「あの、ハンナさん。お姉様のドレスが話題になるのはまだしも、どうして私の名前まで広がっているんですか。」


 ハンナさんの更に深いため息が部屋中を包み込む。


「…マリアお嬢様が、学院でそう答えていたのですって…。」

「えっ…!」


 言葉に詰まる。お姉様。何してくれてるんですか。


「もちろん、これは私の落ち度よ。貴族社会では、これはどこの誰がデザインした、なんていうのは当たり前に口に上る話題だわ。それを考えずにあなたにデザインを任せた私が悪いの。」


 確かに、どこの工房で誰がデザインしたドレスを着ている、というのは貴族にとって自慢の一つになる。そしてそれが社交だ。工房も、その噂が広がって注文が入ることを期待している部分がある。


「まあ、マリアお嬢様はエリザベスがすべてデザインした、とはさすがに言わなかったみたいね。私の手が入っているのも事実だし。でも、それで、あなたの名前が急速に広がっている。そしてね、昨日からあなた指名でデザインをお願いしたいという依頼が増えているの。」

「えええっ!?」


 私はまだ勉強中の身だ。そんなことできるはずがない。

 頭を抱える私に、ハンナさんが意外な言葉をかけてくる。


「…困ったことになったけれど、逆に考えればこれはチャンスよ、エリザベス。」


 …チャンス?どういうこと?と、顔を上げると、先ほどまで困っていたはずのハンナさんが不敵な笑みを浮かべている。


「あなたのチャンスでもあるし、私たちの工房のチャンスでもある。意味は分かる?」


 そう言われて、私は気が付いた。私のチャンスは、これでエリザベス・ウィンダーバーグとしてデザインを貴族社会に売り込めば、工房を出たときもその経験が役に立ってくれる。お父様、お母様に交渉して工房を作るという前例のないチャレンジに挑戦しやすくなるということ。

 そして工房のチャンスは…。


「そう、これをこなせれば、私たちの工房は更に名が上がるわ。あなたの人生にも箔がつくわね。」


 そう言ってにっこりと笑う。


「とはいえ、全ての依頼をこなすのは不可能よ。お得意さまや位の高い方を優先にしていくしかないわね。」


 ちょっと残念そうにハンナさんは言う。だが、実際に全ての依頼を受けようとすれば工房がパンクしてしまうのだろう。


「エリザベス、あなたにはこれからみっちりデザインの基礎を叩きこむわ。でも、忘れないで。デザインというのは結局感性よ。あなた自身が感じたこと、素敵だと思うこと。そこからしか生まれないの。基礎は基礎で大事だけれど、そこを踏まえてあなた自身の世界をもっと花開かせてちょうだい。…とはいえ。」


 そこまで言って、ハンナさんはため息をつく。


「あなたもわかってるでしょうけど、マリア嬢のデビュタントドレス。ああいったドレスが欲しい、という依頼がほとんどよ。しかも、あれに似た、別のものが欲しいっていうことね。難しいわよ。」


 どれだけの依頼が来ているのか分からないけれど、難しいという言葉を聞いて、私は居住まいをただす。ここで結果を出せなければ、私の評判は一気に急降下し、「あれしか作れない」と笑いものになるだろう。

 つい怯みそうになってしまう。でも、これを乗り越えられなければ、きっと私の人生は開けない。


「そんなに難しい顔をしなくても大丈夫よ、エリザベス。マリアお嬢様だって、エリザベスがすべてデザインしたとは言っていないもの。つまり、私の手が入る余地があるということよ。」


 頭の中のデザイン画ならたくさんある。でも、実際にそれを描いて作るのには私は経験不足だ。それをハンナさんが補ってくれるのなら、私にもなんとかできるかもしれない。

 このチャンスに乗ることだけを考えよう。失敗することは考えない。私は私の人生を切り開くために、これに挑戦するのだからと、自分を奮い立たせたのだった。 

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