第8話
ユリア様のドレス作りは楽しかった!デザインはもう決まっていて、私はスカートを縫うだけ、だけれどもとんでもなく緊張したし、一針目を刺そうという時には逡巡してしまってボニーに「大丈夫よ!」と励まされてしまったほどだ。
でも、出来上がったドレスは本当に美しいものができた。私が担当したスカート部分はヨレもないし綺麗に縫うことができていた。ボニー以外のお針子の先輩たちにも、「やるじゃないエリザベス!」と褒めていただくことができた。
三か月後の納品には私もついていった。ユリア様が私に会いたいとのことだったからだ。ユリア様とはユリア様が生まれたころからのお付き合いでもあるし、ドレスへの反応が見たくて、私はハンナさんに言われるままイーズデイル邸についていった。
ユリア様の喜びようはまさに喜色満面!といった感じで心から喜んでくれた。ドレスを何度も侍女にあてがわせては鏡を見ていた。子供らしい襟の大きな、首元に大きな宝石をあしらったドレスをユリア様は大変気に入ってくださったようだ。
そんな様子を微笑ましく眺めていると、「エリザベス」と声をかけられた。振り向くと、そこにはウィル様が立っていた。
「ウィル様、ご無沙汰しております。少し、背丈が伸びたようですね。」
そう、最後に会った日から半年経っていた。男性は今が一番の成長期だという。私とほとんど背丈が変わらなかったはずなのに、今私はウィル様を少しだけ見上げる格好になっている。
(そんなに会っていなかった?工房と邸の行き来をする生活が充実しすぎて、時間感覚が分からなくなっていたのね。)私は心の中で独り言ちる。こんなに長い期間ウィル様と会わなかったことはないので、なんだか少し気恥しい気もする。
「ああ、久しぶりだ。エリザベス、今回はユリアのドレスを作ってくれてありがとう。」
そう言って微笑む翡翠の瞳は今までと何も変わらない。
「いいえ、お手紙にも書きましたように、私が関わらせていただいたのはスカートの部分だけです。それに、ウィル様のお口添えがなければ恐らくは参加できなかったと思います。ありがとうございました。」
そう言うと、ウィル様はたちまち破顔する。
「いや、エリザベスの役に立てたなら何よりだ。それよりも、話したいことがあるんだ。今ちょっといいか?」
ウィル様は突然声を潜めて耳打ちしてくる。私はそれを聞いて、ユリア様の様子を伺うが、新しいドレスに喜びを隠せないユリア様は、まだ新しいドレスをあてがってはポーズを取っている。
「少しでしたら大丈夫だと思います。」
そう答えるや否や、ウィル様はハンナさんに向かい大きめの声で声をかける。
「ハンナ、悪いがエリザベスを少し借りるぞ。」
「ウィルフレッド様。かしこまりました。ですが必ずお返しくださいね?」
ハンナは悪戯っぽくウィル様に目配せをし、それを見たウィル様は真っ赤になる。そして黙って私の手を引き、邸の庭までズンズンと進んでいってしまう。
私は何事かわからず、だからといって手を放すわけにもいかず黙ってついていった。
庭のベンチまで来ると、ウィル様は手を放して私に向き直った。
「以前、聞いたことがあっただろう。」
「以前?」
何の話だろう?話の先が読めなくて戸惑ってしまう。
「君が、ドレスで身を立てると言っていた話だ。あの時は、もう諦めたようなことを言っていたが、まだ変わらないのか?」
雷に打たれたような気がした。私はこの半年、日々を過ごすことに一生懸命だった。そして、いつの間にかまた思うようになっていた。
こんな風にドレス作りをしたい、と…。
でも、そのためには。貴族としてドレス工房を運営するなんてできない。庶民になり商人としてそうすることもできない。貴族の方々から、ウィンダーバーグ家は貧窮にあえいで娘が庶民に身をやつしたと心無い陰口を叩かれるだろう。
私が黙り込んでしまうと、ウィル様はたちまち心配そうな顔になってオロオロする。
「エリザベス。僕は別に君がドレスを作ることに反対しているわけじゃないんだ。ただ、今の君の立場では制約が多すぎてドレスを作っても、それを売って身を立てることが難しいだろうと思って、それが心配なんだ。」
わかっている。ウィル様が別に意地悪でこんなことを言っているわけではないことは。ただ、ハンナの工房で働く三年間だけは、夢を見たかった。いつかドレスを作って売って、それで身を立てることを。
「ウィル様、私は…」
「エリザベス!君は僕と結婚する気はないか!」
私がウィル様に言葉を返す前に、ウィル様からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「へ、えええええええ!?」
「僕は大まじめに言っている!」
そう言うとウィル様は私の手をさっと取ってぎゅっと握りしめる。
「僕はずっと君が好きだ。エリザベスがドレスを作る幸せそうな姿も、そのドレスを嬉しそうに着ている姿も好きだ。9歳の時、君が初めて作ったドレスを僕に見せてくれた時のあの笑顔が忘れられないんだ。だから。君がもし僕と結婚してくれたら。侯爵家夫人としてドレス作りをすることも、それを売ることもできるようにする。口さがない貴族たちの悪口も封じると誓う。だからいつか、僕と結婚してほしい。」
そこまで言うとウィル様は真っ赤になっていた。呆然としてウィル様を見つめる私を見て、続ける。
「君がハンナの店で功績を残せれば、それがドレス作りの何よりの後押しになる。だから、僕も応援したい。けど…。君が僕のことを何とも思っていないことも知っている。」
そこまで言って、ウィル様の顔が苦しげにゆがんだ。
その通りだった。私はウィル様に恋心を持っていない。というより、私は恋心が何だかわからない。こんなにも思われていたとに驚きは感じるけれど、それでもいわゆるロマンス小説に書かれているような「ときめき」は感じていない。
「だから、僕は君に意識してほしい。父上にお願いして君と婚約することもできなくはないけど…君の意志を無視してそんなことをしたくないんだ。」
あ、と私は思った。私のような下位貴族ならまだしも、ウィル様のような高位貴族はもうすでに婚約者がいてもおかしくないのだ。それなのに今まで一度もそんな話を聞いたことがなかった。それはつまり、私のことが好きだから婚約をしてこなかったということで…。
そこまで思い至って私は真っ赤になった。気持ちが落ち着かない。どうしよう。こんなのは初めてだ。
恥ずかしくなってつい、下を向いてしまう。真っ赤な顔をウィル様に見られたくない。こんな茹でだこみたいな顔、恥ずかしくって絶対に晒せない。
「う、ウィル様…。」
必死に絞り出した声は自分でも驚くほどか細い頼りないものだった。
「わ、私は恋というものがどういうものかわかりません。だから、時間をください。工房での研鑽の期間をその時間にさせてください。ただ、その…。」
「その?」
言い淀んだ言葉の先をウィル様は促す。
「私は、ウィル様に好きだといわれて嫌だとは思いませんでしたから。それだけはお伝えしたくて。」
そう言うと、ウィル様は握っていた手を更にぎゅっと強く握る。ちょっと痛い。
「そうか!ありがとう!」
頬を赤くして、にっこりと笑うウィル様に、私はこの時初めて少しだけドキリとしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます