第6話

 ハンナのウィンダーバーグ家訪問から数日、私はハンナの工房にいた。

 明日からここで働きながら、本格的に学ぶのだ。今日はお店と工房の案内と、お針子さん達との顔合わせだ。

 ハンナに一着、一番最近作ったドレスも持ってくるように言われて、それも持参している。

 お気に入りのドレスで、水色のふんわりとしたベルラインドレスだ。水色のスカート部分に、薄い白のレースを被せてありレースの下から水色がのぞく爽やかな装いのものだ。

 いつもは冷静なタイプと言われる私だけれど、今日はわくわくして興奮が強い。

 そうでなくてもたくさんのトルソー、右を見ても左を見ても沢山の布!レース!ビーズに宝石!

 うちでは手に入らなかった上質なものが沢山ある。そして何よりも、ミシン!何度かお父様に強請ったけれど、高くて買えないと断られてしまったミシン!

 正直、素敵なものに囲まれすぎて今にも卒倒しそうなくらい興奮している。


「お嬢様、とても嬉しそうですね。表情に出ていますよ。」


 ハンナが苦笑しながら言う。

 ハンナは工房の案内をしてくれていた。一階はお店と貴賓室、ニ階は工房。沢山の女性が働いている。

 私は今ニ階にいて、工房でハンナに説明を受けているところだ。

 一階は優雅な雰囲気で、誰も大きな声を出さないしバタバタと走り回る人もいなかったが、ニ階は打って変わって賑やかだ。


「ねえマチ針が足りないのだけど!」

「ちょっとここに置いておいた裁ちばさみ誰か知らない!?」

「やだ!こんなところにビーズが置いてある!肘でばらまいちゃうところだったわよ!」


 一階はお客様の場所だが、ニ階はさしずめ女性たちの戦場といったところか。

 感心しながら女性たちの様子を眺めていると、ハンナが突然手を叩いてお針子さん達の注目を一気にこちらに集める。


「はい、みんな聞いて。明日からこちらのエリザベス・ウィンダーバーグ様が私たちの仲間に入ります。」


 その言葉を聞いて、一気にみんな顔を合わせて、なお一層ざわざわとする。


「ウィンダーバーグって、子爵家の?お嬢様ってことよね?」

「貴族のお嬢様がうちで働くの?しかも工房で?」

「確かあそこのおうちはあまり羽振りが良くないって話よ。でも…だからってまだ子供じゃない。」


 耳が痛い言葉があちこちで飛び交う。ウィル様の言う通り、貴族の娘が庶民に混じるってそう簡単じゃないのかも…、一瞬そう思いかけて下を向き始めたが、思い直して顔を上げなおす。

 ダメよエリザベス!そんな弱気では!私はここで三年間、吸収できるものは全て吸収するって決めたんだから!

 そんな私の様子を見たハンナは満足そうにふふっと笑うと、また工房のお針子さん達に向き直る。


「三年前に一度お嬢様がこちらにいらしたことがあるのを覚えてる人はいるかしら?あの時少し手ほどきしただけなのに、ほら見て、このドレス。」


 ハンナが私の手からドレスを受け取り、それをカバーから出して広げて見せると、わあっと工房内で歓声が上がる。


「こちらを、お嬢様はお一人でお作りになったのよ。」


 そう言うとハンナはにっこりと笑う。そして工房のお針子さんたちは驚きのあまり口々に喋り始める。


「そんなことってある!?一人で作ったっていうの!?」

「こんなデザインのドレス、見たことがないわ!これを一人で、お嬢様が!?」


 一通り喋ったのか、今度はお針子さん達の視線が一気に私に注がれる。

 さすがに、私はどうしていいか分からず視線をさまよわせてしまう。

 そんな私をよそに、ハンナはまた話し出す。


「はいはい、みんな聞いて。みんなが驚くのも無理ないわ。でも、これは事実です。お嬢様は他にも九着のドレスをお一人で作っていらしたの。これはもう、才能じゃない?だからその才能を発揮してもらうために、うちで働いてもらうことになったのよ。」


 はあ、と感嘆の声が漏れ聞こえてくる。


「あと、お嬢様の事は店の中ではエリザベス、と呼んでちょうだい。私もそうするわ。子爵の許しも得ています。共に働く者として、特別扱いはしません。」


 この言葉には戸惑いの空気が流れる。小さな声で、「そんなこと言っても…。」と言っているのも聞こえる。


「あの!」


 私はつい声を張り上げていた。


「私は新参者だし、邸以外のことは何も知らない世間知らずです。だからどうか、私の事は皆さんと同一に扱ってください。そうでないと、私はいつまで経っても工房の戦力になれないと思うんです!」


 そう言って頭を下げる。

 すると、


「お嬢様自身にそう頼まれてはね…。」

「そうね、ハンナさんもそうおっしゃっていることだし…。」

「エリザベス、ね。自分で自分のことを世間知らずだなんて、なかなか気骨のありそうなお嬢様じゃない。」


 よかった、悪い印象は持たれなかったようだ。

 ほっとしたのもつかの間、ハンナに肩を叩かれる。


「いつまで頭を下げているの、エリザベス。さあ、顔を上げて。」


 言われるままに顔を上げると、お針子さん達の視線がまたしても注がれる。

 そして、ハンナはそのお針子さん達の顔をぐるっと見回すと、一人の女の子を手招きする。


「ボニー、こちらに来て。」


 こげ茶色のニつのおさげ髪が揺れる。エプロンドレスの、私とそう年齢の変わらない優しそうな少女だ。


「は、はい!」


 と緊張した面持ちでお針子さんたちの中から出てきた少女を見て、ハンナは言った。


「あなたに、エリザベスの教育係をお願いするわね。年も同じだし、仲良くなれるでしょう。」


 ボニーと呼ばれた彼女は驚いたようだが、すぐに笑顔を作って「はい!」と元気よく返事をする。


「ボニー、あなたはこの工房では2年も先輩なのだから、エリザベスの事は後輩としてきちんと扱うようにね。エリザベスも、分かっていると思うけれど、ボニーの事は先輩としてきちんと敬うこと。」


 ハンナは私たちの顔を代わる代わる見て、言い聞かせるように話す。


「あとエリザベス、ボニーは針子としてとても優秀な子なの。あなたはミシンを使うのは初めてなのだし、ボニーの仕事をよく見て、勉強してね。」

「はい!」


 ハンナが認めているのだから、ボニーはよっぽど優秀なお針子さんなのだろう。そんな人に教えてもらえるのは純粋に嬉しい。

 ボニーに向き直って、


「どうぞ明日からよろしくお願いいたします。」


 と言うと、ボニーは顔を紅潮させ焦ったように「は、はい!」と返事をする。その様子を見てハンナは困ったように笑い、


「ボニー、さっきも言ったけれどエリザベスはあなたの後輩なのだから、そのように扱うのよ。今だったら、わかったわと答えれば十分よ。」


 さて、とハンナは咳払いする。


「エリザベスは半年は見習い期間としてボニーについてもらいます。もちろん下働きもしてもらうわ。その後は一人で針子の仕事をしてもらうことになるわ。あと、これは別件だけれど、ウィンダーバーグ家のマリアお嬢様のデビュタントドレスも承っているの。エリザベスにはこちらにも関わってもらいます。」


 半年。その期間で針子としての技術を磨かなくては。

 そして、マリアのドレスを作り上げなくては!

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