第4話

 お母様はハンナとの約束を、夕食の日の一週間後に取り付けていた。

 その翌日、この三年で作ったドレスがずらっと並んでいるクローゼットを眺めながら、私は朝からため息をついていた。

 私なりに丁寧に作り上げたドレス達だ。そのどれにも思い入れはある。だが、プロの目にはどう映るのだろう…?そう考えると居ても立っても居られないし、落ち着かなかった。

 私が二度目のため息を大きくついたとき、部屋のドアが焦ったようにバンっと乱暴に開かれた。


 ドアを開けたのはウィルフレッド·イーズデイル、通称ウィル様だ。

 ウィル様は私の幼なじみで、侯爵家の長男だ。家格としては全く釣り合いの取れない候爵家のウィル様と子爵家の私が幼なじみなのには理由がある。お母様同士がご学友なのだ。

 この国では十五歳になる年にデビュタントに参加した貴族の子女は皆、聖ローアンナ学院に入学し学問をおさめる。


 今更だがこの世界では魔物が瘴気と共に現れ、町外れには多く生息している。

 貴族の子女は将来の領主でもある。領主として領民を魔物から守ること、また、比較的瘴気の影響の少ない食用の魔物を狩るためそういった魔物たちについても学ぶこと、更には自分達が持っている能力、つまり魔法とか剣技とかを磨くために入学する側面もある。

 ところで私達姉妹には、実はなんの能力も発現していない。姉妹揃って、である。

 お父様は剣技に精通していて、お母様は魔法の第一人者。

 だというのに、期待されて生まれてきた私達姉妹にはなんの力もない。

 お姉様は学問には優秀だけれども剣を振るえば剣がスポンと明後日の方向へ飛んでいってしまうし、魔法も簡単なはずの魔力を込めた小さなボールを作る、ということもできない。

 ちなみに私も全く同じ。

 なのでお姉様には特に、嫡女として魔法か剣技の優秀なムコ殿を見つけなければいけない、というミッションまで課されている。

 魔法も剣技も才がない、という人は平民に多いが、正直貴族の中でも多くはないが存在する。そのせいかマリア本人がどこ吹く風なのは幸いだが、そのせいでいつもお父様はキリキリしている。

 私についてはどこかに嫁がせられればそれでマル!と思っているらしく、あまり煩いことは言われないけれど。


 ああそうだ、ウィル様が来ていたんだった。ついもの思いに耽ってしまっていた。

 私は乱暴に開かれたドアを見て、そこの真ん中で私を凝視するウィル様を見る。そして盛大なため息をつく。


「何しに来たんですか、ウィル様。」

「何しにって。君のドレスが査定されるというから見に来たんだ。」


 やっぱり。そんなことだろうと思った。前回ハンナと査定の約束をしたときも、ウィル様はこうして邸にやってきた。正直何故来るのかはわからない。

 ただし、私は熱を出して寝込んでいたので、伝染る病気だったらいけないから、と、顔を見る前にすぐに帰宅させられていたんだけれど。


「それは一週間先の話ですよ。大体ノックもせずにレディの部屋を開け放つなんて失礼ではありませんか?」


 敢えて強めに言うと、ウィル様は言葉に詰まっておろおろと視線を泳がせている。


「いや、だって…。」

「なんですか?」


 何か言いたそうにウィル様はモゴモゴと歯切れ悪くしているが、私は淡々と問い返す。

 それに焦ったらしいウィル様は、慌てたように言う。


「だってエリザベスは昔、ドレス職人になりたいって言ってただろ!だから今回そのための査定なんじゃないかと思って…。」


 ウィル様の言葉に、今度は私が目をパチクリとしてしまう。

 確かにそんなことを言ったことはある。

 だが、昔の話だ。もちろん、ドレス作りで身を立てていけたなら素敵だけれど…。私は貴族の娘、どこか丁度いい家格の家の長男に嫁げればいい方、そうでなければ領主の目の届きにくい土地を与えられた次男以降と結婚し、領主代わりにその土地を治め、必要とあらば自分も領民達と一緒になって働くのが関の山だろう。

 そんなことは、私も流石に分かっている。

 だからウィル様に向かって盛大なため息をついた。


「ウィルフレッド様?私がいつまでもそんな子どもじみた幻想にしがみついているとでも思っていらっしゃるの?」


 苛立ちを隠さないために愛称ではない呼び方をする。

 ウィル様はびくり、と肩を震わせた。


「私も貴族の娘、自分の役割は心得ているつもりです。もちろん、ドレス作りで身を立てていけたならそれはとても素敵なことでしょうけれど…。でも、そんなの現実的ではありません。貴族の娘がこうやって一人でドレスを作らせてもらっている、あまつさえそれを着用することを許されていることだけでも感謝しなければいけません。」


 言いながら、クローゼットのドレスを眺める。

 はじめのうちは半年以上かかって制作していたドレスが、少しずつ慣れていくとともに五ヶ月、四ヶ月と早くなっていって、今では三ヶ月くらいで作ることができるようになった。

 だからここには十着のドレスがある。どれも私にとっては思い入れの深いドレスだ。


「じゃあエリザベスは、ドレスで身を立てることは諦めたのか?」

「え?」


 驚いてドレスから目を離すと、そこには真っ直ぐな瞳で私を見つめるウィル様の姿があった。

 きれいな翡翠の目、ブロンドの髪。背丈はまだ私と変わらないくらい。だからこそ、ウィル様の真っ直ぐな目は私の目を捉えて離さない。


「諦めたというか…現実的には無理だと思っているだけです。」


 あまりに真剣な表情で私を見るものだから、たじろいでしまう。

 だって、どうして、私の心の奥底に眠る本当の気持ちをこじ開けようとするの。

 それをしてはいけないと、頭をもたげる本心を理性で全力で抑え込む。


「エリザベス、君がドレス作りを愛してるのは知ってる。だからもし、作り続けたいなら僕と………。いや、今はやめとく。」


 僕と…なんだろう?


「君を困らせたくないんだ!」


 ウィル様は真っ赤な顔で言い募る。それで合点がいった。私もつられて真っ赤になる。なんと言っていいのかわからない。

 こんな時こそお姉様やお母様が側にいればいいのに!

 どうしたらいいかわからなくなり、なんの言葉も言えずにいると、


「とにかく!今日じゃないならまた来る!」


 と、ウィル様は来たときと同じように一方的に帰っていってしまった。


「なんだったの、もう…!」


 一人残された私は、ただただその場にへたり込むことしかできない。

 どくどくと高鳴る心臓は、すぐにはおさまってくれそうになかった。

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