第3話
その日もお父様、お母様、マリア、私の四人が揃っての夕食だった。
お父様とお母様に対して私とマリアが並んで座る。これがいつもの我が家の食卓だ。
マリアは静かに食べているのかと思いきや、私がちらりと横目で様子を窺うと、私の方を突然向いてにっこりと笑った。
(もう話すつもりなの!?私の心の準備がまだできていないわよ!)と心の中で叫んだのも束の間、マリアはお父様とお母様の方へ向き直る。
「お父様、お母様。大切なお話をしたいのです。」
その言葉に、お母様はキョトンとした表情で首を傾げた。
「大切な、お話?なあに改まって。」
お父様は何も言わないけれど、食事の手を止めてマリアを見ている。
マリアは笑顔を崩さずに続ける。
「はい、来年のデビュタントのドレスをエリザベスに作ってもらいたいと考えているのです。」
間髪入れずにお父様の声が響く。
「駄目に決まっているだろう。デビュタントがどれだけ大事な日か分かっているのか。それ相応の店で作らせたものを着て参加するのが礼儀でもある。大体、素人の作った手作りドレスで参加するなど聞いたこともない。」
「聞いたことがないのなら、これからそういう一例を作ればいいだけではありませんか?」
反対するお父様に対してマリアも負けてはいない。笑顔を崩していないが、絶対に自分の要求を通したいという強い意志を感じる。
この父姉はいつもそうで、どちらもなかなか譲らない。姉は普段温和でおっとりとしているのに、どこからこういう一面が出てくるのかと驚くくらいだ。
私は出来るだけ存在感を消したくて、食事も喉を通らずに縮こまっていた。
親子の応酬を聞いていたお母様が、そうねえ…と言いながら私に視線を向けるのを見て、私はビクッとする。
私に全く関係のない話をしているわけではない。
だが正直、どう考えても今回の話はマリアの分が悪い。
素人の作ったドレスでデビュタントなんて、聞いたこともないし笑いものになってしまうかもしれない。
私だけが笑いものになるならいいが、マリアやウィンダーバーグ家自体が笑いものになってしまうのは避けたい。お父様の言うことは尤もだと、マリアのドレスを作るのはやっぱり諦めないといけないなと思った矢先、お母様が口を開いた。
「ねえエリザベス。あなたのドレスをハンナに見てもらないなさいな。」
えっ、と顔をあげると、お母様がにっこり笑って私を見ている。
ハンナは我が家のドレスを一手に引き受けているドレス工房の主だ。お母様は昔ハンナがお店を出したばかりの頃から贔屓にしている。一度だけ私と一緒にドレス作りをしたこともあり、それから我が家に来る際は私にとドレスの図録を持ってきてくれたり、格安で布を譲ってくれたりと便宜を図ってくれている存在だ。
「ハンナに?でも前回のお約束は、私が熱を出してしまったせいで…。」
そう、確かには私はハンナにドレスを査定してもらう約束をしていた。自分の実力がどの程度なのか純粋に知りたかったのだ。でも、その日は朝から熱を出してしまって結局査定してもらうことは叶わなかった。その日の悔しさを思い出して俯くと、お母様は畳み掛ける。
「だからこそよ!少なくともハンナはこの国でそれなりに人気のデザイナーよ。そのハンナが認めたドレスを作れているのなら、その分箔が付くわ。ハンナが認めた職人のドレスを着てデビュタントに参加するなら、なんの問題もないと思うの。」
確かに、お母様の言うことには一理ある。
その言葉を聞いてマリアは表情を輝かせているし、お父様は、だが…しかし…とモゴモゴと何か言いたそうにしている。
「ね、そうなさいな。改めてドレスを見てもらったらいいじゃない。デビュタントまでは1年あるのだし、何も今決めなくてもいい話でしょう?ハンナに見てもらう、話はそれからよ。」
そう言ってお母様は手の平をパン、と軽く叩いて執事のジャックを呼び、ハンナを呼ぶ日程と段取りを打ち合わせる。
ジャックが下がるとまた笑顔に戻り、
「さあ、美味しいお夕食が冷めてしまうわ!今日のスープはオススメらしいから、じっくり堪能して食べなくてはね!」
お父様はもう何も言えず、あ、ああ…とスプーンを手に取る。
お父様は厳格な人だが、お母様には滅法弱い。
マリアは多分、こうなるのを見越して夕食で話をすることを選んだのだろう。
(本当にお姉様は食えない人だなあ。)と横目でマリアを見ると、もう何食わぬ顔でスープを口に運んでいた。
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