彼1
彼女はいつもどこか憧れるような目をしている。
尊敬と憧憬、少しの愛情と羞恥。孤独が怖くて何も考えずつるんでしまう俺と比べてとても綺麗に見えた。人に興味のないそぶりをしていても羨ましくも愛しく感じている隠せない彼女はとても優しい人に思えた。
他人事のままでいるのは誰も傷つけたくないからなのだろう。誰も傷つけないと言うことはきっと不可能なことだし、それを誰とも関わらないという方法で築くのは生半可な思いではできないことだとわかる。俺だったら寂しさで耐えられない。どれも俺の推測に過ぎないが、彼女の時折見せる純粋な憧憬と寂しさはとても綺麗だ。それが彼女の生き方に触れることだとしても。彼女が寂しくないように何かできればいいとは思う。これはただの俺のエゴだ。
「あげる」
頭のいい彼女と補習が被ったのは偶然だ。俺が壊滅的に数学ができないのもあるのだが、成績がいい彼女がなぜ補習なのだろうか。
寂しくないように、とは言ったもののそれを埋められるくらいのコミュ力はないし、思いついたのが食べ物をあげるだけなのだ。帰り際、だらだらとやる彼女より、早く部活に行かなければならない俺の方が早く補習が終わる。一度外に出て自販機で買って彼女にあげる。それだけのことなのに、次は何をあげようとかそんなことが日常で頭をよぎる。
「、、ありがとう」
彼女が戸惑いながらも受け取ってくれるのが嬉しかったりする。
彼女はクラスメイトから「篠塚さん」と呼ばれている。少なくとも俺の知る限りで同級生に苗字にさん付けで呼ばれている人はいない。そのさん付けは他の人たちからの不必要な干渉はしないという宣言のようであり、彼女も彼女でそれを明確な壁と受け取り距離をとっている節がある。別に仲が良いことが善いことだとも思わないしそれを彼女に強要する気はないが、本当に彼女がそう望んでいるのかは気になってしまう。
彼女に対して何か特別な感情を抱いていないと言ったら嘘になる。この感情の行く末が美しいものであることを願ってやまない。
部室に着き、着替え始める。部室はどこも古くなって褪せている。続々と部員が集まってくる。
野球部は声が大きい。くらくらする炎天下の中やけくそで声を張るのだからどんどん声は大きくなる。自分も釣られて喉を締める。この声が彼女を怖がらせてしまわないかだけが心配だ。彼女の声が内へ内へ向かうのに反して俺の声はどんどん外へと向かっていく。声に乗らなかった思いだけが自分の中に取り残されていく。
アンダーシャツはじっとりと汗ばんでいく。練習が始まり球を追い声を出す。体は暑さで重いのに不思議と滑らかに動く。その後ろでもう一人の自分が彼女のことを考えている。
休憩の号令をかけられ同じようなリットル単位の水筒が並んだ中から自分の水筒を選び取る。氷で薄まったスポドリはなんとも言えないが正直まずい。
この味を彼女は一生知らないのかと思うと自分と彼女の共通点のなさにまた一つ思いが取り残される。共通点なんて最初からないのなんてわかっている。彼女のように一人でいる強さも優しさも弱さも持ち合わせていない。小器用なコミュニケーションをとり、勝手に壁を作って愛想笑いで生きている。彼女のような不器用さも一人を選ぶ強さも、誰も傷つけない優しさも、踏み込む勇気のないその弱さも何一つ持っていない。
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