根号にサイダー夏の空
朔月
彼女1
彼の時計に夏の日が反射する。
窓際の彼にちらりと視線を送るも、こちらを向く気配はない。根号をサイダーに溶かしたような今日の空は、ひどく青い。彼の時計は初恋のあの人と同じ時計だ。そのせいで意識せざるを得ない。もうとっくに忘れたはずの痛みがちくりと痛む。恋慕とは到底言えないような何かでも、抱え続ければ心は爛れてく。
「あげる」
いつの間にか彼は補習を終わったらしく、目の前にサイダーが置かれる。
「え、あ、ありがと」
戸惑っているうちに彼は教室を出る。さっき自販機で買ったばかりなのだろうか、周りの水滴には私の瞳が映り込んでいる。
同じクラスの二つ挟んで隣の席。視線を送ることが増えた。それを気の所為にしながら、夏休みを過ごしている。
成績はいいものの、授業態度の悪い私と、授業態度はいいのに成績が悪い彼は、補習をくらって夏休みも学校に来なければいけないことになった。すごいめんどうだ。でも、晴れ渡る空とは対照的なモヤモヤとした気持ちと向き合うのに補講の時間はうってつけだ。ならば悪いものでもないだろうと炎天下の中クーラーの効いた自室(天国)を離れる。
意識し始めたのはいつからだろうか、きっとあれだ。初めて彼が時計をつけてきた日だ。
「お前、時計なんてつけてたっけ。」
彼と同じ野球部の(うるさいくらい)声が大きい人が彼に話しかけていた。名前は知らないけど。細かい台詞は覚えてないが、確かもらったとかなんとか言っていた。その時の彼の時計を見る顔が見たことがないくらい優しくて、どうにも気恥ずかしくなって時計に目を向けてみたら、ああ、あの人も同じ時計をつけていたなんて、思い出してしまった。
彼は毎回終わりがけに何かをくれる。最初はサイダー、次はチョコレート、今回はアイスだ。溶けないうちに、と思って蓋を開けるとちょうどいいタイミングで先生が戻ってくる。
「おい、サボりかー?w」
授業態度が悪く、周りともあまり馴染まず、困った生徒な私をこの先生だけはおちょくって、笑ってくれる。黒髪の似合う男勝りなかっこいい先生だ。
「いや、もらったんで溶けないうちに食べないと。」
「まあいいか、早く終わらせろよ」
はーい、と気の抜けた返事をしながら、この人は成績で差別はしないんだなと思った。全ての教科でほぼ満点に近い点数を取るからか、他の先生は課題を出さなくても曖昧にしてくれる。この先生は、出してないんだから、と補習にする。
その差は何かも知らないし、どちらがいいかとか優しさとかは私の考える妄想でしかないから、何も考えないようにしている。でもこの先生のことは嫌いじゃない。
遅ばれながらクーラーの効いてきた教室から、野球部のグラウンドをちらと見る。怠け者の私とは対照的に、彼は外で汗をかいている。きらきらしてるな、なんて馬鹿みたいなことを思った。
「やるか、、」
高くも安くもない定番で無難なバニラアイスを舌の上で溶かしつつ、シャーペン片手に数字を眺める。補習は後3回くらいだろうか。
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