1-4

密林に2人が入ってから、ポツポツと雨が降り始めた。男は平気そうに少女の手を握って歩いているが、少女はボロ布を落とさないようにしっかり掴んでいた。


「今はまだいいが...もう少し進んだら雨が酷くなるからな。」


「うん。」


降っている雨は、普通の雨にしてはドス黒く、汚い水溜まりがあちこちに出来ていた。それを良けながらさらに深い道へとすすんでいく。進んでいくにつれて、足場はぬかるみ、視界最悪になっていった。


「...思ったよりも雨が多いな。」


男は突然立ち止まった。想定外のことであったのか、男は少女を庇いながら、人が入れるほど大きな木のうろの中に入った。


「この雨の中歩くのは死ぬようなもんだからな。弱まるまで待とう。」


男はそう言って、少女にボロ布を被せ直した。少女は身を丸くして背中をピッタリ壁にくっ付けていた。


「これはなんなの?」


少女は雨というもの自体初めてであった。男は少女にこの雨を説明する。


「雨だよ。本物じゃあねえが、俺含め大抵のヤツらはそう呼んでる。」


「本物じゃないの?」


「あぁ、本物は空から降るんだ。」


また空。少女の空への興味は益々湧いていた。だが、本物でないのならこの偽物の雨は一体何なのだろうと考えていると、男が付け加えて説明する。


「これは水に油が含まれてる。油だけじゃねえけど大体は油だ。」


「油ってなに?」


「う〜ん...まぁこの雨に含まれてる油はゴミだな。ゴミじゃないやつもあるが...」


「ゴミじゃないやつってなに?」


少女がなんでも知りたがる為に、質問攻めをくらった男は、説明するのが面倒くさくなったのか、前のめりになる少女を壁側に押し戻した。


「少し落ち着け。俺は学者じゃねえんだ。詳しいこたあ知らねえよ。そんなに知りたいんならその本でも読めばいい。」


男は少女が片手に握りしめる本を指さした。だが少女は静かな声で言う。


「文字は読めない。」


「...そうだったな。」


男はもうこの話はやめだと言い、外の様子を見た。そしてふと思い出したかのように再び少女を見た。


「まだ名前を言ってなかったな。」


「名前?」


首を傾げる少女に男は自分の名前を教えた。


「俺はハルヒト。まあ好きなように呼んでくれ。」


「ハルヒト...」


そしてハルヒトは少女の名前を尋ねる。


「お嬢ちゃんはなんていうんだ?」


しかし少女は俯いたまま黙ってしまった。男は少女の様子から、あることに気がついた。


「レイ。」


「?」


ハルヒトはなんとなくその2文字を呟いた。少女に確かめるようにその名を呼ぶ。


「名前ないんだろ?レイはどうだ。」


「レイ...なんでレイ?」


少女は理由が知りたくてハルヒトに聞くが、ハルヒトは適当だと言った。


「2文字の方が呼びやすいし、いいだろ?」


「わかった。」


少女は頷き、その名を受け入れた。


そこから数分、数十分、数時間。沈黙の中2人がしばらく待っていると、先程までごうごうと降り注いでいた雨は小雨程度になっていた。


「これくらいなら行けそうだな。いくぞ、レイ。」


「うん。」


ハルヒトとレイは木のうろからゆっくりと出て、再び歩き始めた。

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