第十四話:終焉
それは、一瞬の出来事だった。
俺の身体が光に包まれると、景色が一気に変わる。
最近見慣れた、森が広がる丘の上。
柔らかな風を感じる中、ここから見えない遙か先で、何か驚異的な力が弾け、消える感覚を覚えた。
その光景を見ることはねえが、見なくてもわかる。
デルウェンがこの世から消え、新たな英雄が生まれたんだってな。
……俺の首に掛けていた、青白い宝石の付いたネックレス。
愛する者同士が、どんなに離れていても再会できるよう、
俺はその力を使い、この場所に還って来た。
そう。メリナの墓の前にな。
一度きりの力を失った宝石が、まるで砂のように砕け。
封ずる相手がいなくなったことを感じ取ったのか。俺から吹き出していた血の帯が、びしゃっとその場に落ち地面を汚す。
……ったく。
俺も酷いやつだぜ。急にここに戻ってきて、墓にこんな仕打ちをするとは。
思わず苦笑した瞬間、ふっと意識が遠のき、そのままその場でくるりと反転して地面に尻もちをつくと、背中側に倒れ込む。
それを支えてくれたのは、メリナの墓碑。
ほんと、死んでもお前は優しいな。俺は自然に力ない笑みを浮かべた。
……流石に、師匠と慕ったあいつらに俺を殺したなんて負い目は負わせられなかった。とはいえ、既に腕のない肩や、身体に空いた傷から流れ出す血は止まらねえ。
流石にあいつらも、この傷で生きているなんて希望までは持たねえだろう。
が、師匠殺しの汚名なんぞ、あいつらには似合わねえからな。
ふぅっと息を吐き、空を見る。
霞んだ目に映る空は、戦なんぞなかったかのような青空。そして、ゆっくりと白い雲が流れている。
そんな穏やかな世界に、俺は思いを馳せる。
……十年。長かったな。
意味もなく生きている。そんな気持ちばかりの十年だった。
新たに知り合った奴もいたが、ずっと孤独ばかり感じる日々。それでも俺はただ生き続ける。そんな覚悟をしながら、静かに暮らしてたのによ。
それが、こんな形で報われるとはな。
とはいえ、お前も色々こき使いすぎだろ、メリナ。
俺がいくらお人好しとはいえ、ここまでさせられるとは思わなかったぜ。
しかも、アルバース達だけじゃなく、アイリ達まで巻き添えにしやがって。
あんな若い奴等を苦しめる選択をさせるとか、聖女のくせにお前も相当な
俺は、ここまで導いた奴の顔を思い出し、そんな皮肉を口にした後、ゆっくりと目を閉じた。
……あいつらには感謝しねえとな。
たかだか一度助けてやっただけで、俺を師匠と慕い、信じてくれたアイリとエル。
本当にお人好しな二人だったが、いい奴等だった。
とにかく元気ばかりが取り柄だったアイリ。
どこか真面目で、どこか不器用で。酒癖は悪かったが、あの真っ直ぐな性格だったからこそ、あそこまで強くなれたんだろ。
エルもそうだ。
あいつより頭もキレるし冷静。だが、臆病だからこその自信のなさも持っていた。
それでも仲間を思いやり、ここぞという時に勇気を持てる奴だったからこそ、ここまでやれるようになったはずだ。
そして、ティアラ。
まさか婚約破棄騒動に首を突っ込んでから、ここまで共に歩むとは思わなかったが。
本当に、メリナ同様に強く優しい女だったな。
気立てもいい。思いやりもある。そして一途さを見せる辺り、本当にいい女だ。
未だあんな女に惚れてもらえるとは。俺も男として、まだまだ捨てたもんじゃなかったって思っておくか。
まさかキスをしてやる事になるとは思わなかったが。お前が来てから、随分と心が楽になったのは確か。あれはその礼だとでも思っておいてくれ。
メリナも流石に咎めやしねえだろ。俺をこき使い、幸せになれとぬかしやがったしな。
少し、頭がぼんやりとし、息が切れてくる。
さすがに、そろそろか。
「メリナ。もう、いいよな……」
ずっと、この時を待っていた。
ずっと寂しさに泣き、憂鬱に苦しみ、ここまで生きてきた。
だが、やっと俺はお前の仇を討てて、お前が遺した未来を繋いでやったんだ。
アイリ達には悪い事をしたが、そこは未来を遺した分でチャラにしてもらうさ。
まあ、なにげにあいつらも可愛げはある。嫁の貰い手に困りゃしねえし、幸せになるだろ。
だから、もういいよな。
お前に逢いに行ってもよ。
静かに肌をなでていた風の感覚もなくなり。
ずっと感じていた痛みも薄れ。
背中に触れる墓碑の感覚も消え。
頭の中が真っ白になっていく。
……これで……やっと、お前と逢えるな。
再会したら、散々愚痴ってやる。
聖女だと話さなかったこと。勝手に死んだこと。
俺に未来を託したこと。あいつらを巻き込んだこと。
どうせ、笑って聞いてくれるだろ?
で、結局俺も釣られて笑うんだ。
やっと、そんな夢が叶う。
俺が望んだ夢がな。
お前がどれだけ嫌だと言っても、ずっと側にいるからな。
覚悟しとけよ、メリナ。
ぼんやりと考えていた、そんな感情すらも霧散して。
何も考えられなくなった俺は、ただ静かに、意識を閉じた。
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