第十三話:師弟の覚悟

 ……俺は、ずっとこの展開を狙っていた。

 何時からかと言えば、それはメリナの血を見つけた時からだ。


 メリナの部屋で俺が見つけたもの。

 それはメリナの血と、いにしえの魔女であり聖女であったサルファーザが、聖女の血と力について研究した成果を遺した古文書だった。


 聖女であれば、聖女の力を正しく使える。

 聖女でない者は、勿論聖女の力なんて使えない。

 じゃあ、聖女の血を入れた聖女でない者が、聖女の力を使えるのか。

 サルファーザが行っていた、中々にエグい研究。だがその結果は、俺に未来への可能性を遺していた。


 聖女の血があれば、聖女の力は発動する。

 だが、それは正しくではなく、暴走すると書かれていた。

 普段なら聖なる力だけで封じようとするが、禁忌の力なのか。聖女でない者がそれをしようとすれば、身体から血を吹き出し、その血をもって封じようとする。

 結局聖女と違い、中途半端な力。血を吹き出していれば人は死ぬからな。結局封じ切るまでには至らない。が、その血には聖なる力が含まれてはいるからこそ、一時的に封じる事はできる。


 そんな情報は、俺にとって唯一の希望となった。

 つまり、それはデルウェンを抑え込み、倒せる可能性が残ってるって事だからな。

 だがその力を使えば、俺だって無事じゃ済まねえ。だからこそ、マリナさんはあそこまで俺を止めようとしてくれたのさ。ありがたい話だぜ。


 とはいえ、ただ封じようとしても、結局死にかけじゃ奴の力でねじ伏せられちまうかもしれねえ。

 だからこそ俺は、無の解放リリース・オブ・ゼロやこの身体に、盗賊らしくを仕込んでやった。

 無の解放リリース・オブ・ゼロには熱傷茸ねっしょうだけの毒と共に、少量の麻痺毒を。

 俺の身体にも同じように、メリナの聖女の血と麻痺毒を忍ばせてやったのさ。


 あいつがどれだけ毒に抵抗があるかは知らねえが、こちとら盗賊として毒への抵抗を高める、死物狂いの特訓をしていたからな。だからこそ、ほとんど毒の影響は受けなかった。

 が、奴は少なかれ熱傷茸ねっしょうだけの影響を受けた。

 だからこそ麻痺毒の影響も受けたのさ。


 どっちの毒も遅効性。そして麻痺毒に気づかれないよう、熱傷茸ねっしょうだけより量を抑えていたからこそ、効果は熱傷茸ねっしょうだけの毒よりもより遅く発動する。


 正直、あまりに早くに気づかれて、何らかしかの対処をされるのを嫌っただけだが、お陰で絶妙なタイミング──さっきの僅かな異変で奴に隙を作ってくれたってわけだ。


 そして今のこいつは、聖女の力で闇神あんじんラーグの加護を抑えこまれ、俺の血を介して永続的に入り込む麻痺毒で動けやしねえ。

 あとは、こいつの再生が間に合わないほどの力で吹き飛ばしゃ、俺達の勝ちだ。

 そして、俺はそのための神言でまかせを遺している。


「し、師匠……」

「あ、ああ……」

「そんな……」


 アイリ達は三人とも、声にならない声を上げ、顔を青ざめさせている。

 周囲の兵士達もまた、起きている出来事に何も声を発せられていない。


 ……さて。そろそろあいつらに知らしめるか。

 こんなワルな盗賊を、師匠にしなきゃよかったってよ。


「アイリ。エル。ティアラ。そろそろ、見せてもらうぜ。お前達に頼んだ、最高の技を」


 俺が痛みを堪えそう口にすると、その言葉の意味に気づいた三人がはっとする。


「そ、そんな事できません!」

「そうよ! そんな事をすれば、師匠まで巻き添えに……」


 アイリとエルが涙目になりながら、はっきりと拒絶した。


「ヴァラード様。まさか、貴方様はずっと、これを……」


 俺がずっと前からこの覚悟を決めていた事に気づいたんだろう。ティアラもまた涙を流しながら、哀しげな瞳を向けてくる。


 ……ったく。お前達は優しすぎ。

 そして、世界の厳しさを知らなすぎだ。

 十年前だって、たった一人封印するのに代償がいったってのに。

 ま、それでもお前達はやってくれるよな? 俺の弟子なんだから。


「おい。弟子を名乗ったなら、師匠の言葉を忘れるな! 勝てる時に勝てと教えただろ! じゃなきゃ、この国も、この世界も終わっちまうんだぞ!」


 俺は叫びながら、今までのことを思い返す。

 色々咎め、厳しく接した俺を師匠と呼び、慕ってくれた三人の事を。


 ……結局俺は、ワルだ。

 そんな優しさを利用したんだからな。

 だが、それはお前達やその家族の未来にも繋がるんだ。悪い話ばかりじゃねえだろ。


「いいか? 最期くらい師匠に華を持たせろ。そして、あの世でメリナに自慢させろよ。俺の弟子達は、デルウェンを倒し英雄になったんだってな」


 俺がニヒルに笑ってやると、最初にゆっくりと立ち上がったのは、ティアラだった。悲壮感を感じる、だが覚悟を決めた顔。

 ……ほんと。お前は強い女だったな。俺なんかに惚れなきゃ良かったのによ。


光神こうしんサラよ。闇を断つ輝き龍を、我に与え給え』


 あれは、神魔術師のみが使える術、輝きの龍シャイニングドラゴンか。

 魔導書の効果もあってか。その強さをはっきりと感じるな。


「ティアラ!?」

「あなた、まさか!?」


 ありえないといった顔で驚愕する二人に対し、ティアラははっきりとこう言い切る。


わたくしは、ヴァラード様の弟子としてここまで共に来たのです。ですから、あの方にお応えするだけ」


 弟子。

 俺を師匠と呼び続けたアイリとエルだからこそ、改めて自身の立場を知り、自分の口にしてきた言葉の重みを感じて、歯がゆさに唇を噛む。


「し、しょう……」


 ぐっと腕で涙を拭ったアイリは、その場でゆっくりと立ち上がると、両刃剣バスタードソードを両腕で構え、静かに目を閉じる。

 すると、彼女の全身に激しい炎が立ち昇る。そこから繰り出されるであろう技は、間違いなく威力十分だろう。


「僕は、大好きな師匠の事を忘れません! 助けてくれたこと。怒ってくれたこと。優しくしてくれたこと。その全てを、絶対忘れませんから!」


 目を見開いた強い瞳。炎が似合う赤い瞳。

 ……お前の酒癖の悪さには困らされたが、ここまで強くなったのは、本当に褒めてやるよ。


「……師匠。ちゃんとこれからも、あなたの名を穢さないようにするわ。だから、ちゃんと見届けて。私達三人の力を」


 同じく、ゆっくりと立ち上がったエルが弓を引き絞ると、あいつの身体が薄っすらと光る。そして、俺はその構えであいつが最後に繰り出す技を知りニヤリとする。

 ちゃんと見届けてやるよ。お前がルークから授かった、その技をな。


『愛する者の仇のため、自らの命を糧に、弟子に命を奪わせる、か』

「そりゃな。俺は、あいつらにとっての希望。そして、お前達の厄災だからな」

『……ザルベスも厄災を見誤るとは。まだまだだったか』


 流石のデルウェンも、この状況に悟ったのか。落ち着いた声で語ってくる。

 覚悟を決めるのも早い潔さ。それもある意味武人らしさか。


「ヴァラード!?」

「は!? お前、何だそりゃ!?」


 と、突然耳にしたセリーヌとバルダーの声に、そっちを見ると、イシュマーク軍の兵士の合間から、馬に乗りアルバース達が現れた。

 血で奴を封印し続ける酷い光景に、皆悲痛な面持ちでこっちを見てやがるが……アルバースだけは、しっかりと見届けるかのように、凛としてやがるな。


 そして、ブランディッシュ王とブレイズ王子も、ゆっくりとその姿を見せる。

 申し訳無さそうな顔をする二人。

 ブレイズなんざ、もう泣いてやがるじゃねえか。相変わらず泣き虫だな。


 しっかし。幾ら優勢だとはいえ、前線から指揮官達がここに来てどうすんだって。

 まあ、それだけ頼もしい部下を育て、任せてきたんだろうが。

 ……ま、いいさ。これで最期だしな。


「ヴァラードよ。済まぬ」


 静かに、口惜しげにそう口にしたおっさんに、俺は何とか笑ってやる。


「丁度良かったぜ。そこに立つ俺の仲間と弟子達こそ、新たな英雄だ。ちゃんと見届け、称えてやれ。この国を救った英雄としてな」

「……ああ」


 俺の言葉にしっかりと頷く姿に王の威厳は感じねえ。

 だが、約束は取り付けた。これでルークも、こいつらも英雄さ。


「いくわよ。アイリ。ティアラ」

「ああ!」

「はい!」


 エルの言葉を合図に、アイリが武器を上段に構え、エルがより弓を引き絞り、ティアラの召喚した龍が口を開き、光のブレスを吐こうと動く。


「征きなさい! 絶対衝撃アブソリュート・インパクト!」

「燃えよ! 豪炎鳳天翔フレア・フェニックス!」

「輝け! 光龍の咆吼ホーリーブレス!」


 三人がそれぞれの技を放つと、それはデルウェンに向かう途中で重なり、光の渦を描くと、まるで流星のような強い輝きを見せ俺達に迫る。

 流石にこれなら、デルウェンを一発で吹き飛ばせるだろ。見事だぜ、みんな。


『では、我等は先に逝くとするか』


 それはこいつも理解したんだろう。覚悟を決めたデルウェンが、静かにそう口にする。

 それを聞いて、俺はふっと笑うと、


「お前だけ先に逝け」


 そう、奴の耳元で囁いてやったんだ。

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