口からでまかせを言う盗賊は、師匠とも英雄とも呼ばれたくない

第十二話：血の徒花

　まったく。何だこの化け物は。

　俺の素直な感想はそれだった。

　大剣（グレートソード）をまるで長剣（ロングソード）のように軽々と扱い、振りこなす。

　以前アイリに話した理想の戦闘スタイル。それを具現化したような見事な動きは圧巻の一言。

　あいつもここまでできりゃ、あのまま大剣（グレートソード）を使わせてやったんだがな。

　一閃一閃がはっきりと風切り音を鳴らし、俺の命を狩ろうとするが、それを己の身軽さで避ける。これを一瞬で判断し、瞬間瞬間で熟すのも苦労もするぜ。

　正直、奴の剣は疾い。だが、まだ俺の疾さでも付いていけるし、俺にも視えている。

　だが、周囲の奴等でこの動きが視えている奴等は一握りだろう。

　……雰囲気でわかる。

　デルウェンの動きは俺を試してやがる。だからこそ、俺も受けずとも避けれるとアピールしてやっちゃいるが。ここからより疾さを増す戦いとなると、流石にリスクも負わなきゃならねえか。

『驚きだな。ここまで我が剣を避けるか』

「盗賊ってのは、疾さが取り柄なんでな！」

　横薙ぎを大きく身を逸らして寸でで剣を避け、袈裟斬りを大きく回り込むように避けながら、一発喰らえば終わりの戦いを凌いでいく。

　とはいえ、このまま防戦一方ってのも癪だしな。そろそろ噂にしか聞いていねえ、闇神（あんじん）ラーグの加護ってのを見せてもらうか。

『そろそろ、互いに本気と行くか？』

　奴も空気を読んだのか。まるで意図したかのように声を掛けてくる。

　ったく。俺の考えでも読んでるのか？　まあいいけどよ。

「そうだな。このままじゃ観客も退屈しそうだしよ！」

　瞬間、俺はあいつの大剣（グレートソード）の縦振りを避けながら、それを持つ腕の籠手ない場所に小剣（ショートソード）を叩き込んだ。

　肌に触れた瞬間に感じる、まるで鎧のような硬さ。それでも皮膚を裂き、血を流させたが……。

『ほう。いい一撃だが、その程度では抜けんな』

　その攻撃を読んだデルウェンの今まで以上に早い横薙ぎを身を屈め避けると、俺の髪の一部がはらりと宙を舞う。

　ったく。大剣（グレートソード）でここまで疾く仕掛けられるとは。本気で化け物だな。

　しかも、俺が与えた腕の傷が、ゆっくりと閉じていく。

　あれが闇神（あんじん）ラーグの加護で得ている再生ってやつか。

　互いに加速する中、俺はさっきのような反撃を覚悟しつつ、果敢に奴に仕掛け続けた。

　俺が奴に傷をつければ、俺も奴に傷をつけられる。

　こっちの本気の斬りつけも、あいつにとっちゃかすり傷。

　そして、あいつの本気の一閃は、俺が何とか避けてかすり傷に抑えている。

　とはいえ、手数が増えるほどに、結果として俺だけが多くの傷を負っていく。

　間一髪を掻い潜る俺の姿は中々イケてるとは思うんだが。

「師匠！」

　なんてアイリに叫ばせちゃ、劣勢にしか感じさせてやれねえか。

　正直、流石の俺もこの疾さを維持し続けるのには限界がある。

　だからこそ、そろそろ何らかの吉報がほしいんだが……。

　と。余裕の笑みで戦い続けていたデルウェンが、ふと何かに気づき、その笑みをより強くする。

『ほう。随分と古典的に仕掛けるな』

　お。あれに気づいたか。

「はん。古典を舐めるな。術も武器も、古（いにしえ）から使われ続けてるのは、それだけ役に立つからなんだよ」

　俺は奴の斬撃を武器で往なしつつ、そんな皮肉を返してやる。

　未だあいつの動きに変化なし。だが、俺が待っていたのはこの言葉だ。

　無の解放（リリース・オブ・ゼロ）に仕掛けていた毒。

　それが奴にも効果があるのか。俺はそれがどうしても知りたかったのさ。

　熱傷茸（ねっしょうだけ）の毒を持っても、未だ奴の動きが悪くなることはねえ。多分それは、闇神（あんじん）ラーグの加護は毒も癒やす力があるからだろう。

　だが、それでも奴が遅効性である熱傷茸（ねっしょうだけ）の毒に気づいたってことは、身体を治す再生能力と比べ、決して効果が高くないって証拠。

　俺にとってはありがたい情報だ。

　とはいえ……。

　同時に俺は理解していた。

　ここまでまったく休み無く、ただひたすら強い殺意を向け続けられ、喰らえば死に直結するであろう奴の剣撃を回避し続けた事に対する疲弊と、俺の中にある物による身体の痛みを。

　だからこそ、さっきまで避けに徹していたのに、所々動きが鈍ってついつい武器で往なしちまう。

　心臓だってバクバクいっている。息苦しさも、身体への痛みも出ている。

　ったく。まだ早えんだよ。もう少し踏ん張れ俺。

　とにかく身体の傷を増やしながらも、俺もまたデルウェンに仕掛け続けた。

　奴も俺の剣を受けるのを嫌い、己の頑強さを活かし、一部の攻撃を無視して食らうような戦いから、多少剣で受けたり避けたりする機会が増える。

　が、それでも俺は攻めの手数を増やし、奴にひたすらに斬りかかった。

「ぐっ！」

　奴の剣先が、掠めるレベルじゃ済まなくなっていく。

　傷がより深くなり、俺の身体に痛みが走る。だが、あいつに傷を付け続け、俺は攻めを止めはしねえ。

『中々に粘ったようだが、そろそろ終わりか？』

　俺の動きが悪くなってきたのを感じてだろう。

　デルウェンがそんな煽りを入れてくる。確かに、そろそろ幕引きは近いか。

　だが、もう少し。もう少しだけ踏ん張れ。まだ終わるには早えんだ。メリナの仇を討つためにも！

　息切れすらせず、ずっと変わらぬ動きを続ける化け物相手に、俺はそれでも仕掛けまくる。

　奴は避けや受けを増やし、俺の自滅を狙ってるか。豪快なくせして、強（したた）かな奴だぜ。

　だが、それでも受けきれねえってのは、やっぱり俺の疾さは相当ってもんか。

　俺はデルウェンを攻め続けながら、たった一度のチャンスを待つ。

　神言のない俺でも、メリナはできると書き遺したんだ。なら、俺が取る行動にも未来を繋ぐ何かがある。それだけを信じて。

　そこからどれだけ剣を打ち合ったかは覚えちゃいねえ。

　結局毒なんぞ大して影響がなかったのか。奴は未だ平然とこっちに仕掛けてくる。しかも俺の動きが悪くなったのを感じ、今度は一気呵成に攻めだしやがった。

「はっ！　老獪だな、デルウェン！」

『戦いとは力だけではない。それが分からぬ者に負けなぞせんわ』

　切れ切れの息の中、俺は後ろに下がりながら、必死に奴の剣を往なし、避け、時に腕に反撃を入れていると。

　ほんの一瞬、デルウェンが眉間に皺を寄せた。

　それが、俺が望んだ一瞬なのかは分からねえ。が、俺は信じた。その直感を。

　あいつの剣を避けた瞬間、俺は左手に持った短剣（ダガー）を奴の顔面に投げ込もうとした。

　が、瞬間奴は牙を見せるほどの笑みと共に、今までで最も鋭い切り上げを見せた。

　瞬間、左腕に走った激痛。

　斬り飛ばされ宙を待った俺の左腕と、奴の頬を掠めただけの短剣。

「師匠！」

「ああっ！」

「ヴァラード様！」

　アイリの、エルの。ティアラの悲痛な叫び。

　それは今までと違う隙ある行為。流石は獣魔王。見逃しちゃくれねえか。

『遅い』

　苦悶に顔を歪めた俺に、勝ち誇った顔をするデルウェン。

　……確かに、遅かったな。

　俺は奴に勝ち誇った笑みを向けると。

「お前がな！」

　瞬間、無限の短剣（インフィニティ・ダガー）を俺の口前に戻し咥えると、首を横に振った。

『何っ！？』

　瞬間、突然爆発のように俺達の周囲を煙が覆った。

　俺が左手で真上に投げたのは、透明袋（クリーンレスバッグ）で作った煙袋（けむりぶくろ）。

　俺はこのタイミングでこそ、奴の視界を奪いたかった。

　古典的な手を使い、腕一本を犠牲にしてもな！

　俺はこの唯一のチャンスに、全てを懸けた。

　目を瞑ってたって、俺は気配であいつがわかる。だからこそ、メリナの仇を討つ決意を乗せ、全力の殺意を向け、奴の首を斬りに行った。

　が、奴の強さだって知っている。これだけの殺意を向けりゃ、俺に剣を向けるなんぞ造作もねえ。

　だから奴は、殺意を向けた俺が居た場所を斬った。

　が、同時に煙の中、奴が目を瞠った気配を感じる。

　そりゃそうだ。そこを斬っても剣は空を切るだけだからな。

　いいか？　盗賊は気配を消せてなんぼだ。

　だからこそ、目を奪い、露骨な気配を向け、それらに紛れるように気配を消し、お前の背後に立てたのさ。お前が優れた武人だからこそ、殺意に強く反応した。

　だが、考えりゃわかるだろうが。俺の剣で、お前の首を斬れるかってな。

　ま、だからこそ、それを成すと言わんばかりの環境と殺意を見せてやったんだが。

　……じゃ、いくか。メリナ。

　俺は静かに、こう口にしたんだ。

『聖女の力よ。この者を封じろ』

　それで俺が背後にいたのに気づいたようだが、それじゃ遅えよ。

『ぐおっ！？』

　瞬間、俺の身体から幾本もの血が帯のように吹き出し、同時にデルウェンをも貫くと、それは俺達を縛るように巻き付き、再び俺の中に先端が刺さる。

　意識が飛びそうな激痛が身体を襲う。が、ここだけは譲らねえ！

『ぐっ！？　これは、光の華！？』

「そうじゃねえ。これは、お前を封印なんてできねえ、血の徒花（あだばな）だ。とはいえ、お前はもう、動けはしねえがな」

　やっと苦しげな声を挙げたデルウェンに、痛みで顔を歪ませた俺の広角が上がる。

　そりゃそうだ。これで俺は、メリナが望んだ未来を遺せるんだからな。