第十一話:最期の決戦

 予想外の形での、四魔将との戦いの決着に、未だイシュマーク軍の兵も、アイリ達も声をあげる事はない。

 勿論デルウェンもだ。まるでこうなるのが分かっていた。そんな落ち着きを払ったまま、未だ離れた場所でしゃがみ込んだまま、じっとこちらを見つめている。


 そんな中、サルファーザがこちらに振り返ると、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「一体、ティアラは何をしたんだ?」


 伝説に語られる魔女相手に、思わず立ち上がった俺が最初に問いかけたのは、そんな拍子抜けするような疑問。

 それが可笑しかったのか。

 サルファーザはふふっと笑う。


『魔女でない者にとって、禁忌とされる血の契約よ。魔女ですら私と契約なんてすれば、精神も肉体も耐えられず死ぬのだけれど。このは強い心を持っているわね』


 彼女は俺の目と鼻の先まで歩み寄ると、ちらりとデルウェンを横目で見る。


『あなたといい、あの獣人といい、面白い研究材料も多いのだけれど。このままではこのも持たないから、私は還るわね』


 そこまで言うと、彼女は耳元に顔を近づけると、こう囁いた。


『後は同じ禁忌に手を染めた、あなたが切り拓きなさい。またね。魔女に愛された、可愛い英雄さん』


 どこか楽しげな甘い声が消えた瞬間。

 ティアラの真紅の瞳が普段の青い瞳に戻り、その髪も艶のある金髪に変わっていく。

 そして、普段のあいつに戻った瞬間。操り人形の糸が切れたかのように、ティアラがかくんと力を失い倒れかけた。


「ティアラ!」


 俺は慌ててあいつの身体を支えてやる。

 アイリやエル同様、相当無理をしたんだろう。こいつも息が上がっている。


「ヴァラード、様。……申し訳、ござい、ません」

「謝る事なんざねえ。よくやった」


 その言葉に、俺にもたれかかっていたティアラは力なく笑う。

 本当に良くやったさ。俺の酷い教えを信じてな。


 ゆっくりと、身体を支えたまま地面にしゃがませてやると、彼女は両腕を地面に突き何とか倒れるのを堪えて、ただ荒い呼吸を繰り返した。


 俺は、彼女から一歩離れ、ゆっくりと立ち上がりデルウェンを見ると、釣られるようにゆっくりと立ち上がったあいつもまた、俺に正対する。


 ……考えてみりゃ、随分と大きな隙を晒したが、デルウェンはこっちの命を奪おうとしなかったな。

 何となくその理由に気づいているが、あいつも気づいていたのか?

 俺は真偽を確認する事にした。


「わざわざ待ってくれたのか? 獣魔王ってのも随分と優しいんだな」

『ふん。慌てた所でお前を殺すのは変わらん。大体、いにしえの魔女の残した術が、お前達を護っているではないか。狙った所で意味はあるまい』


 ……やはりこいつくらいになりゃあ、そりゃ気づくか。

 サルファーザが俺に歩み寄った時、無詠唱で掛けた術。それが何かは分からねえが、俺達に掛けたってより、俺達を覆うように掛かったのを見ると、範囲系の護りの術なのは間違いねえ。

 わざわざアイリやエルのいる場所にも掛けたって事は、ティアラの意思を汲んだんだろう。ありがたい話だぜ。


「伝令!」


 未だ俺達の戦いの余韻で静まり返っていた戦場に、王の元にやってきたであろう伝令役の声が響き渡る。


「前線の八獣将は壊滅。我が軍の指揮官や五英雄は健在。我が軍が優勢です!」


 その報告に「おお!」なんてどよめきの声があがり、イシュマーク軍の兵士達は俄かに活気ずく。


「皆で襲いかかれば、獣魔王も倒せるんじゃ……」


 なんて無謀な声も聴こえてきたが。

 それで勝てる相手なら、ここまで苦労しねえんだよ。

 そんな俺の心の声を代弁するかのように。


『十年前に鍛え込んでやった精鋭とは違う、俺の力を当てにした寄せ集めでは、やはりこんな物か』


 そう口にしたデルウェンが、『ふんっ!』と気合いと共に強い覇気を放つ。

 痛いほどの殺気。それは俺が今まで経験した事のない程のヤバさ。

 そして、それに戦慄を覚えてか。イシュマーク軍もまた一気に鎮まり返った。


「こ、こんな圧……初めてだ……」

「身体が、勝手に震えるわ……」


 流石のアイリやエルですら、あまりの覇気に冷や汗を流し。


「ヴァラード様……」


 ティアラも露骨に不安な顔で、俺を見上げてくる。俺は彼女にいつも通りに笑ってやると、呆れた態度を取りながら、ゆっくりと前に出た。


「……ふん。ったく。どこの国王も一緒か。人を威圧するのだけは得意かよ」

『この圧にも怯まぬ奴が、何を言っている』

「ん? それは褒め言葉か?」

『そうだ。十年前挑みかかった者達もまた、果敢ではあったが、はっきりと恐れも持っていた。が、お前は違う』

「おいおい。そんなに褒めても何も出ないぜ?」

『安心しろ。最後に血を噴き出し死んでくれれば、それで十分。あとは俺が残りの者を倒し、国を奪り、世界を獲るだけよ』


 あと数歩踏み込めば、互いに仕掛けられる距離。そんな所まで歩み寄った俺達は、皮肉混じりに笑い合う。


 ……恐れがない? ふざけるな。

 俺だって人だ。恐怖だってある。

 が、酷い話。今の俺はそれを凌駕するほど、高揚しちまってるだけだ。

 ま、ついにメリナの仇を討てるんだからな。仕方ねえけどよ。


『ただ死ぬもよし。だが、折角お前に弟子達が活躍するのを見させてやったのだ。少しは俺を楽しませろ』

「盗賊風情ふぜいに何を期待してるか知らねえが。獣魔王様の望み通り、楽しませて殺してやるよ」


 すっと肩に担いでいた大剣グレートソードを下ろし、両手で構えるデルウェン。

 俺もまた、すっと短剣ダガー小剣ショートソードをそれぞれの手に構え、剣先をクロスさせるように構える。


「師匠! 僕達も戦います!」

「私も援護するわ!」

わたくしも、まだやれます!」


 恐れも疲労もある中、健気に叫ぶアイリ、エル、ティアラの三人。

 ほんと、師匠想いで涙が出るが、その申し出を受ける訳にはいかねえ。


「何言ってやがる。今のお前達が下手に仕掛けた所で、斬り殺されるのがオチだ。ちゃんと力を借りるときゃ声をあげる。だからそれまではそこで、高みの見物と洒落込め」


 デルウェンから目を逸らす事なく俺がそう声をかけると、「くっ」っとアイリの悔しそうな声がする。

 まあ、奴等も強がりを理解してるはずだ。

 四魔将と戦った傷や疲労。術で回復したって、すぐ元通りとはいかねえしな。


 ……ま、安心しろ。

 お前達にはちゃんと出番をやるさ。

 だが、そこまでは俺の独壇場だ。


『では、やるか。ヴァラードとやら』

「いいぜ。俺がどれだけワルか、教えてやるよ。デルウェン」


 ……じゃ、行くぜ。メリナ。

 掛け合いをした俺達は、ぎゅんっと上半身を前のめりになるくらい傾けると、瞬間。弾けるように互いに飛び出し、最期の殺し合いを始めたんだ。

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