第五話:先手必勝
二日後。
ついに俺達は山道を出て、死の戦場にたどり着いた。
十年振りに見たそこは、以前と変わらずむき出しの大地ばかりが広がる世界。そして、遥か先に、そんな場所に似つかわしい魔獣達が群れをなしていた。
ほんと、よくもまあここまで集めたもんだ。何処に潜んでやがったんだ、一体。
流石にあんな軍勢を見りゃ、こっち側の兵士も色めき立っちまうだろって。
とはいえ、流石に大物の固有種は一体のみ。
露骨に強そうな雰囲気を出している
結局ガラベが倒された穴を埋めなかったようで、それっぽい八獣将は七人だけ。
まあ、これは既に仲間達に神言した通りだ。
そして尖兵の中央に布陣した軍の正面に立つ、面構えの悪そうな
って事は、奴が四魔将の一人だろう。
獣魔王デルウェンや、他の四魔将はぱっと見じゃ見えねえ。
って事は、ブランディッシュのおっさん達同様、軍の最後方に陣取ってるんだろう。
奴等の布陣は俺達と同じく、互いに中央の師団と、それを挟むように南北に展開した師団の三師団構成。
全体の兵士数は見た目じゃ五分。そして、兵を師団それぞれに均等に割いているように見える。
表向きは与えた情報を無視した布陣。だが、勿論これには裏がある。そんなものはとっくにお見通しだがな。
ちなみにこっちは、アルバース達や俺達四人。そして各師団長やその部下なんかに、フード付きの長いマントを着せている。
こういうのは情報戦。だからこそ、誰が部隊の指揮を取るのか分かりにくい状況を敢えて用意した。まあ、こっちはこっちなりの作戦があるんでな。
後は、アルバース達やアイリ達がちゃんと、この戦いでの役割を意識しているのを期待するだけだ。
……さて。
戦場で開戦とするかはそれぞれの軍次第。
まあ、大抵は王の一声で軍を進めるんだが、今のところは互いに見合っているだけ。
「……ティアラ。覚悟はできてるか?」
俺は、目の前で馬に跨っている彼女に声を掛ける。
正直ここからが本番。ここで萎縮されてちゃ動けねえ。
「……はい。何時でも始めてください。ヴァラード様」
……師匠と言わなかった所に、こいつの真剣さを感じる。
声に僅かな震えがあるが、そこは信じるしかねえ。なんたって、俺とサルドに乗っているって事は、こいつは術師ながら、俺と共に矢面に立つんだからな。
「わかった。サルド。いいか?」
俺の声に、ちらりと顔をこっちに向け、無言で頷くサルド。
大病を患っているのなんて感じさせない覇気。こいつもやる気十分か。
頼もしいぜ、相棒。
……さて。じゃ、行くぜ!
俺は一度だけ大きく深呼吸した後、何の合図もないにも関わらず、手綱をぎゅっと握った後、鐙で腹を軽く蹴り指示を出すと、一気に獣魔軍に向け駆け出した。
勿論飛び出したのはたった一頭。単騎駆けだ。
流石に相手もそれだけじゃ動かねえ。
というか、使者でも来たのかと首を傾げる奴等もいる。
……ふん。
十年前の指揮は、真っ当に王として生きた、騎士道も重んじるブランディッシュのおっさん。
だが今は違う。ここで指示を出したのは、こっちの陣営で最も
だからこそ俺は、卑怯だろうと先手を取る!
「ティアラ! 正面の
「はい!」
俺の掛け声にティアラが応えた瞬間。
奴等の軍の頭上に現れたのは、怪しげな暗雲。
それでにわかに騒がしくなった獣魔軍など関係なしに、瞬間、雷鳴が轟くと、激しい落雷が起こった。
魔術、
正直俺が見たことのない程の威力は、流石に身震いする。
が、開戦の合図としちゃ十分だろ。
『ギャァァァァッ!』
『うわぁぁぁっ!』
暫く落ちた場所で帯電していただろう。遠くからでも未だ聞こえる魔獣達の断末魔。
あの真下にいた八獣将の一人も、流石に防御の術は間に合っていない。こりゃ既にあの世行きだな。
そして、流石に奴等もこの突貫が開戦の意思だと気づいたんだろう。慌てて俺達に矢や術を撃ち込み始めた。
無数の矢に、炎や雷槍といった様々な術が迫ってくる。が、遅えんだよ!
「ティアラ。しっかり手綱を握って、サルドやお前に向かってくる飛び道具だけしっかり止めて待機しろ。何かありゃこいつが護ってくれる。いいな!」
「は、はい!」
次に詠唱もなく展開されたのは、神術、
半円状に俺達を覆った障壁が、奴等の放ってきた術も矢も尽く弾き返す。
これなら十分。それじゃあ、行くぜ!
俺は足を止めたサルドから飛び降りると、自慢の足で一気に相手に向け駆け出していく。
目標はただ一人。さっきの四魔将らしき
勿論、未だに矢や術で狙われるが、そんなもんは
ちなみに、普段の
『行けぇぇぇ!』
『オォォォォォ!』
同時に、奴等の左右に陣取っていた兵士達の姿が、景色に溶け込むように消えた。
代わりに中央の師団の左右に突如現れた兵士達。
左右にあれだけの兵士がいるように見せただけの、幻影の兵。
実際は少ない兵と見せかけ、薄いこっちの中央の師団を一点突破する気だったんだろう。
まあ、中々の術師がいる事は褒めてやる。が、そんなもんはとっくにバレバレ。そして、こっちにも腕のいい術師達がいるんだぜ!
ちらりと背後を見ると、まるで釣られるように、こっちの陣も中央の師団を残し霧散する。が、勿論それだけじゃねえ。
既にティアラ達が立つ位置を超え、姿をマントに隠した幾つかの騎馬が、空虚に急に姿を現した。
ティアラの側で足を止めたのはセリーヌ。
それ以外はアルバース、バルダー。ルークにエル。そしてアイリ。
そう。俺が対八獣将の相手に指名した、現代と将来の英雄達だ。
その後ろにも、あいつらと同じようにこっちの尖兵が急に浮かび上がり、中央の兵は予想以上に膨れ上がる。
『ナ、ナンダァッ!?』
予想以上に早い接敵に、相手方から驚きの声があがる。が、次の瞬間そんな温い奴等は、そのまま仲間達の派手な技や術で吹き飛んでいく。
騎士道の欠片すらない戦法に、相手の尖兵が完全に浮き足立ってやがるな。
ま、情報戦で俺の
……俺が城に戻った翌日。
レムナン以外を交えて、
それがはっきりと今そこにある事に、俺は自身が得ている神言の凄さを、改めて思い知る。
が、だからこそ、俺が選択したのは奇襲だ。
相手の方が脅威なら、少しでも優位を取る為、裏の裏を掻き続ける。
そして、戦いを一気に優位にする為、あいつらの要であろう八獣将の素早い殲滅を狙ったのさ。
指揮がなきゃ烏合の衆、とまではいかねえが。絶対的な力を討ち倒す奴等がいれば、それだけ味方の士気はあがり、相手の士気は下がる。
これは戦場関係なく、戦いでよくある話だ。
ってなわけで。
俺もそろそろ仕事をしねえとな。
時間を掛けてたら、次に間に合わなくなる。
俺は身構えた
が、それはあいつにの反対の爪で受け止められた。
『お! これを止めるとはな! 愉しめそうじゃねえか!』
「悪いが時間がねえんでな。手短に頼むぜ」
『はん! 慌てんじゃねえ!』
俺の言葉に強く爪を振るう奴に対し、俺は勢いに逆らわず、そのまま一度後方に距離を空ける。
邪悪な笑みを見せたまま、キンキンっと両腕の爪を打ち合わせた奴は構え直す。
『俺の名前はウルヴス。獣魔軍の──』
「四魔将だろ!」
堂々と名乗ろうとしたウルヴスって奴に、俺は会話の途中で斬りかかる。
とはいえ、それはあっさりと爪で止められた。
『おいおい。余裕ねえなあ。何をそんなに慌ててる?』
「男とデートなんざつまらねえからな、ささっと済まそうと思ってな」
『そうつれない事言うなって!』
奴が間髪入れずに振るう鋭い
流石に力じゃ勝てねえか。
まあだが、ここまでは想定通り。
さて。周囲でも戦場らしく戦いが始まったか。
アイリ達に遅れを取る訳にはいかねえからな。一気に決めてやるぜ。
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