第四話:戦場での心得

 日も昇り、各々に朝食を済ませた後、サルドに跨がり王都の街壁の外に出ると、既に多くの兵士達が集まっていた。

 騎士隊を指揮するアルバースや、戦士隊を指揮するバルダーをはじめ、魔術師隊や神術師隊、射手隊など、様々な部隊が一糸乱れぬ布陣で展開する。

 この兵士の数、中々に圧巻だな。


 そんな中、俺やアイリ、エルもまたそれぞれ与えられた馬に跨り、アルバース達の隣に陣取り、出立の合図を待つ。


「しかし、ティアラは羨ましいわね」

「僕も馬に乗れなければ良かった!」


 なんて、俺の左右にいるエルとアイリの嫉妬するような声。

 その緊張感のなさに。アルバースとバルダーが呆れ笑いを見せた。


 ティアラは本来なら術師の部隊と一緒がいいのかもしれないが。今回俺とティアラ、アイリとエルは部隊を率いたりもしねえし、どこかに所属せず独立して行動する予定だ。

 ただ、ティアラは一人で馬に乗った事がないっていうんで、仕方なく俺の前に座らせ、一緒にサルドに乗せている。


 ちなみにこいつ、俺やメリナ、マリナさん以外の奴が騎乗しようとすると、大抵暴れて話にならねえんだが。ティアラが近寄っても暴れもしねえし、逆に頭を撫でられて、満更でもない態度を見せてやがる。


「師匠に似てお優しい馬なのですね」


 なんて言いながら、ティアラは嬉しそうにあいつの背に跨ったが。


「こいつがお前を気に入っただけだ。女好きだからな」


 なんて笑いながら言ってやると、サルドはフンっとそっぽを向いてふざけるなとアピールしてきた。

 まあきっと、こいつもティアラにメリナっぽさでも感じたんだろうし、そのほうが助かるがな。


 程なくして合図があり、俺達はそれぞれ死の戦場へ向かう山道を移動し始めた。

 山越えに約二日。途中森なども抜けるため、相手方の奇襲にはうってつけの場所とも言えるが、そこは既に俺が奇跡の神言口からでまかせで、そんな事をしねえのは確認済みだ。


 宣戦布告されたとはいえ、数の面ではこっちが優位ってのもある。

 だが、獣魔王デルウェンは真正面での闘いを好むし、同時に相手方の軍師の思惑……失敗した時の余計な兵の消耗もあるからな。


 実際、ガラベとの一戦以降、蝙蝠人ワーバット以外にアイリやエルを付け狙うような奴等は現れなかった。

 これは、奴等の戦力を敢えてそこに割かず、この決戦で決めにかかる算段なのもあるだろう。

 勿論それも既に神言済み。この未来は外れねえ。

 だからこそ、死の戦場での決戦だけが物を言う状況とも言える。


 まあだからと言って、兵士達に気を抜かせる訳にはいかねえからな。この話は主要な奴らにしか話はしていねえ。

 実際知っているのは、各隊の隊長とブランディッシュのおっさんにブレイズ。そしてその側近くらいなもんだ。


 側近といや。

 大臣のレムナンは結局、この遠征に帯同を許されなかった。

 といっても、別に内通者として裁かれたって訳じゃねえ。

 奴も大臣ながら国王の警護役も兼ねるだけの腕はあるんだが。今朝、無事救出された婦人の再会を見て、彼女と過ごす時間を作らせてやりたいという、おっさんの心遣いからだ。


 城を出る前。歓喜の涙を見せたレムナンが、婦人共々やってきて、改めて俺に感謝を述べてきたが、気にするんじゃねえと笑ってやった。

 いちいち感謝されるのも気恥ずかしいんでな。


   § § § § §


 夕刻も近づき、俺達は進軍を止め、山道の途中で野営をする事になった。

 多少広い山間やまあいの平原にそれぞれが野営のテントを建て一晩を明かす訳だが。何故か俺は、アイリ、エル、ティアラと同じテントにさせられていた。


 ルークからそう伝えられた時には「どういう事だ!?」と食って掛かったんだが。


「アイリとエルがうるさいんだよ。ま、男冥利に尽きるじゃねえか。師匠殿」


 なんていやらしい笑いを見せたのをみると、あいつもあっさりこの案に乗りやがったのが見え見え。

 ったく。ふざけやがって……。

 俺は不貞腐れながら、焚き火に火を焚べつつ、焼いた干し肉にかじりつく。


 周囲を見れば、同じようにテントを張り、多くの兵達が配給された食事を楽しんでいる。

 流石に雪は降っていないとはいえ、山越えは冷える。

 だからこそ、温かなスープが味わえるだけでもありがたい話だ。

 流石に指揮統制が整っているからか。酒を煽るような奴はいねえ。まあ、あれも恐怖心を捨てるにゃいいもんだが、それで戦いで使い物にならねえんじゃ話にもならねえしな。


「……後二日もすれば、戦場なのよね」

「そうだな」


 隣に座るエルが、スープを飲む手を止めると、焚き火の炎をみつめたまま、少しだけ不安げな顔をする。


「そういえば、アイリやエルは、このような大規模な戦いを経験されているのですか?」

「戦争って意味では特にないが、地獄の皇帝ヘルカイザー討伐戦であれば一応経験しているぞ」

「ほう。あんな奴とやりあったのか」

「ええ。流石にここまでの兵士と一緒ではなかったけれど、複数のパーティーと共に地獄の皇帝ヘルカイザー率いる地獄の番犬ヘルハウンドの群れに挑む戦いは圧巻だったわね」


 炎をまとったやや体格の大きい狂犬、地獄の番犬ヘルハウンド

 そんな魔獣を率いる、三つの頭を持った、小型の龍ほどの大きさの巨大な魔獣。それが地獄の皇帝ヘルカイザーだ。

 そういや以前、ジョンに国の南に突如現れたそいつの討伐戦があったと聞いたが、こいつらはそれに参戦していたのか。


「噂に聞きましたよ。そんな中でお二人が、獅子奮迅の活躍を見せたと」

「あれは僕も頑張ったけど、エルのお陰だと思うぞ。あの地獄の皇帝ヘルカイザーの目を撃ち抜いていったからこそ、奴の懐に飛び込めるようになったしな!」

「何言ってるのよ。吐き出す炎を掻い潜って、それでも懐に飛び込みあなたが陽動したからこそ、その隙ができただけよ」


 この二人は本当に仲がいいな。

 だからこそ、『閃光の戦乙女達シャイン・ヴァルキリアス』と呼ばれるまでになったんだろうが。

 パーティーもそうだが、相性が悪ければ、連携もへったくれもねえ。

 そして相性がよくても、いがみ合いながら戦うってのは、結局歪な関係を生み、そこから亀裂が入って戦闘でミスを犯す、なんて事もある。

 だが、こいつらは会ってから喧嘩らしい喧嘩もねえし、こうやって互いを認めあっている。仲間と戦いで生き残るにはそれが大事だ。


「そういえば。師匠にひとつ尋ねたい事があるのだけど」

「ん? 何だ?」


 突然のエルの問いかけに、俺が首を傾げると、あいつは真剣な顔を向けてくる。


「戦場での心得って、何かないかしら?」

「心得だと?」

「ええ。私もアイリも、冒険者としての心得は知っているけれど、戦場なんて経験がないわ。だから、何かあれば教えてしてほしいのだけど」

「僕もそれは気になります! 是非教えてください!」

「確かに、わたくしも初めての経験ですので。何かあれば助言いただきたく」


 エルの提案に、アイリとティアラも同じく真剣な顔を見せてくる。

 戦場の心得……まあ、なくはねえが。

 

「……正直、盗賊の俺に聞くもんじゃねえし、俺だって戦場慣れしてるわけじゃねえ。だから、話半分で聞け」

「はい!」

「ええ」

「承知しました」


 そんな保険をかけても、揺らがない三人の真剣な目に、俺は内心困りながらも、持論を語り始めた。


「戦場ってのは基本、戦線に立てば混戦になる。だからこそ、囲まれねえって事が第一にある。実力があったって、背後の敵も含めて全ての敵に気を配り戦うのは難しいし、それこそ頭上から矢や魔法で狙われまでしたら、逃げようもねえからな」

「確かにそうね……」

「アイリが前に立つなら、背後だけは取らせないようエルやティアラができる限り支援する。そういった戦いも必要になる」

「もし囲まれたら、そこは範囲攻撃でこじ開ける手もありでしょうか?」

「いや。もしそうなったら迷わず一番弱そうな敵めがけて飛び込み、一点突破しろ。混戦だからこそ、敵の相打ちも狙いやすくなる。下手にスペース作られ囲まれている状況は悪手だ」

「はい!」


 元気よく返事をするアイリ。

 きっとこいつならそんな状況どうにでもできると思っちゃいるが、敢えてそこまで言って自惚れられても困る。だからこそそこまでは口にしなかった。


「……まあ、とはいえ、今回の戦いに関しちゃ別だ」

「別にございますか?」

「ああ。既にお前達に奇跡の神言口からでまかせを言ったように、この戦いはとにかく、四魔将、八獣将をどれだけ早く倒せるかが鍵になる。となりゃ、囲まれるのなんざ気にしてられねえし、呑気に戦いを楽しんでなんざいられねえんだ」


 そこまで言うと、俺はエル、アイリ、ティアラを順に見る。


「戦場での心得もそうだが、俺がこれまでお前達に呈した苦言を忘れるな。戦いを楽しむな。下手な手加減はせず、一気に仕掛けろ。勝つためになら何だってしろ。そして……倒せるチャンスがあるのなら、二対一だろうが気にせず必ず倒せ。卑怯だと言われようが気にするな。過去の獣魔軍もまた、卑怯な手も使ってきたし、残忍な戦いもしてきた。そんな所で気後れしたら、逆に喰われるのはお前達だからな。いいか?」

「……はい。師匠のお言葉、心に刻んで戦います!」

「ええ。その為に師匠に神言をいただき、ここまで強くなったんだもの。弟子として期待に答えて見せるわ」

わたくしも、師匠のお言葉を胸に、できる限りの戦いをしてみせます」


 俺の言葉にしっかり頷く三人の真剣な顔は、既に少女ってより戦士か。


「ああ。信じてるぜ」


 頼もしさを感じる三人に、俺は微笑んでやる。

 ……この先にある戦い。きっとこいつらは苦しむ時もあるだろう。

 それでも、俺はアルバース達やこの三人を信じねえといけねえからな。

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