第三話:一夜
ティアラが向けてくる表情に、未だ不安が見え隠れする。
が、それでもこいつは気丈に語り始めた。
「
そこまで言うと、視線を伏せ、何かを言い淀む。が、覚悟を決めたのか。改めて俺を真剣な目で見ると。
「この先の恐怖に打ち勝つ勇気をいただく為、今夜一晩だけ……
消えかかりそうな声で、そんな事を口走りやがった。
……ったく。そうきやがるか。
俺はそれを聞き、何ともいえない顔で頭をガシガシと掻く。
そんな俺の態度にハッとしたティアラが、急に顔を真っ赤にし、オロオロとしだす。
「あ、あの! その! だ、抱いてほしいとか、そういう意味ではございません! ただ、その、添い寝していただけるだけで、構いませんので……」
……おい。
そういう反応される方が困るんだよ。ったく……。
俺はベッドから降りると、そのまま部屋の入り口に歩きだす。
その行動に不安になったのか。
「駄目、でしょうか……」
しゅんっとした雰囲気の声。
ほんと、こいつは天然か策士か分からねえ奴だ。
「……悪いが下手に手は出さねえ。添い寝だけだからな。先に入っておけ」
「は、はい……」
俺は観念しながら扉に鍵を掛けると、ゆっくりとベッドに戻る。
既に奥側で布団を被り、半分だけ顔を出し恥ずかしそうにしているティアラ。
……この間アイリに奇襲をかけられたとはいえ、女とベッドを共にするなんて、基本メリナ以外に経験していねえ。
だからこそ、あいつが俺が手を出さねえって言葉を受け入れたのは助かった。
……まあ、こいつを巻き込んでるのは俺。
悪いが、責任も感じているしな。
それに、正直酷い口実にも思えるが、こいつはきっと、本気で不安を口にしたんだろう。
であれば、添い寝ひとつで恐怖心が和らぎ、勇気を持てるってなら安いもんだ。
俺は雑に自分が横になる方の布団を捲ると、そのままあいつに身体を向けベッドに横になり布団を被った。
あいつにとっちゃ夢のような現実なのか。顔を真っ赤にして惚けているティアラ。
ったく。こんな親父が脇にいるだけで照れるとか。この物好きが。
そう内心悪態を付いていると、あいつはあろう事か。距離を詰め、俺に恐る恐る抱きついてきやがった。
互いの服越しにでも感じる温もりに、俺の心音が上がる。
くそっ。俺はこういうのはずっと慣れなかったんだ。メリナにもそれでよく馬鹿にされてたしな。
結局、十年孤独を選んだからこそ、こんな初々しいカップルのような状況ですら、緊張して仕方ねえ。
ったく。情けねえ……。
「……ヴァラード様も、緊張なされるのですか?」
ふっと胸元で頭を上げ、少し驚きを見せるティアラ。
「……うるせえ。俺が
「い、いえ。貴方様がメリナ様一筋なのは承知しておりますから。……ただ、五英雄もまた、
はにかむあいつに悪意はない。
本気で安心した顔をしているのを見て、拗ねた顔をしながらも、内心少しだけほっとした。
正直手持ち無沙汰な手を、仕方なく片方を腰に回し、もう片方の手で頭を撫でてやる。
「少しは落ち着いたか?」
「……はい。別な意味で緊張しておりますが、恐れはまったく」
「ったく。こういう時の積極性だけは一人前かよ」
ふざけてそう煽った後、俺は自然と真面目な顔になる。
「……悪いな。まさか、あの日お前を助けたつもりが、こんな形で巻き込んじまった」
「……いいえ。ヴァラード様に身勝手な理由で付き纏ったのは
そう言いながら、潤んだ瞳で俺を見るティアラは、
「その代わり……
少し身を強張らせ、消え去りそうな声でそう言うと、胸元で顔を上げると、静かに目を閉じた。
あいつの望みも気持ちも分かっている。
……本当は、メリナ以外の奴と、こうやって寝る事すら、考えちゃいなかったんだがな。
内心ため息を
あいつのわがままと、俺の甘さに。
静かに顔を寄せ、俺は僅かに唇同士を触れさせる。
ほんの数秒。
ゆっくりと離れた唇が、ちゅっという名残惜しそうな音を立て、それが俺に十年振りの羞恥心を思い出させる。
「……悪いが、これで我慢しろ」
「……充分にございます」
ゆっくりと瞼を開いたあいつは、気恥ずかしさではなく、凛とした顔でこう言った。
「
さっきまでの雰囲気と違う、あまりの真剣さに、俺は笑う。
「おい。そこは恥ずかしがる所だろ。気張りすぎだ。ったく」
「あ……」
俺の言葉を聞き、はっとしたあいつは、恥ずかしそうにまた胸に顔を埋める。
……悪いな。ティアラ。
俺は、そんな彼女を抱きしめたまま、心の中で懺悔した。
§ § § § §
翌朝。
「では、旅支度を整えて参ります」
「ああ。また後でな」
早朝に目覚めたティアラは、皆に勘ぐられる前にいそいそと部屋を後にし、部屋には俺だけが残された。
勿論、あの後あいつに手を出しちゃいない。
ま、気づけばあいつも幸せそうな寝顔で寝息を立てていたしな。
別れ間際にもう一度だけキスを強請られ、これが最後という条件で受け入れてやったが……。
結局、俺も甘いし弱い。あいつと変わらねえって事だろう。
窓の外に見える朝焼けの空には、ほとんど雲もねえ。
が、俺の心にゃ未だに不安という暗雲が立ち込めている。
その弱さがあったからこそ、ティアラを受け入れ誤魔化そうとした。
……メリナ。悪いな。こんな弱い俺で。
だが、もうすぐだ。もうすぐ俺は、十年越しの想いを果たす。
だから、もう少しだけそこで見守っててくれ。
この国に、お前が望む平和がやってくるのを。
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