第二話:震え

 あの後、レムナンに俺達の現状を伝えてやったんだが、それを聞いたあいつはまたも驚きやがった。

 まあ、だがそうだろう。

 前日の時点で、こいつを除く全員に、既にこの決戦での本当の布陣や戦略を伝えていたってんだから。


「では、わたくしだけがそれを知らなかったと……」

「ああ。お前には悪いが、偽の布陣を情報として渡してもらわなきゃいけなかったんでな」

「つまり、ずっと以前より、私が内通者だと……」

「ああ。悪いが知ってて泳がせた。な? ワルな盗賊だろ?」

「……いえ。あなたこそ、この国を想う優しき英雄ですよ」

「ふん。俺は英雄なんかじゃねえぞ。十年前にも言ったはずだがな」


 当時、俺が勲章の授与式で国王や家臣たちの前に立った時、そうはっきり宣言したのを覚えていたんだろう。

 久々に笑ったレムナンを見て、俺も笑い返すと、


「じゃ、あとは普段どおり振る舞え。じゃあな」


 そう言い残し、俺は部屋を去っていった。


   § § § § §


 あれから三日。

 俺は毎日代わり映えのない生活を送った。

 ま、アイリ達はアルバース達に任せていたし、戦略を既に伝えた以上、あとは俺は俺の準備をするだけだったしな。


「師匠! ぜひ手合わせしましょう!」


 なんてアイリは毎日声を掛けてきたが、俺はその全てを断った。


 あいつの実力は間違いなく上がっている。とはいえ、俺も全力で挑みゃ、圧倒はできねえだろうが、勝ちはできるだろう。

 だが、その時間をアルバースやバルダーに割く事で、奴等の腕を少しでも伸ばす意味もあったが、ここから決戦までが俺の正念場なんでな。

 アイリと稽古なんぞして、命を落としちゃ締まらねえ。

 だからこそ、心を鬼にした。

 一応、償いじゃねえが、飯時くらいは一緒にいてやったがな。


   § § § § §


 そして、明日には決戦の地へ旅立つ。

 そんな日の夜。

 俺はいつもの夜のノルマを熟し、後片付けを済ませると、自身に割り与えられた、俺に似つかわしくない豪華な天蓋付きのベッドに横になった。


 身体を走る痛みに怠け。それは聖女の血を入れた時とは別のもの。

 何となくその痛みのせいで、俺が盗賊に成り立てだった頃を思い出し、思わず苦笑してしまう。


 あの頃は色々と辛かったな。

 物心付いた頃には孤児として、残飯を漁り、盗みも働き、必死に生きることだけを考えていた。

 そんな中、俺を助けると手を差し伸べた奴もまた、結局俺をこき使うためだけに、俺を盗賊に仕立て上げやがった。


 スリや鍵開けの技術。毒に対する知識や、免疫をつけるための訓練。忍び歩きや身軽に動くための身のこなし。

 それでも当時は、助けられた恩義に応えたいと必死だったんだが。

 人ってのは大きくなると、自然と色々疑問に持ち、理不尽に抵抗もしたくなるもんでな。


 結局俺を育てた奴も、俺を利用し楽して生きる事しか考えてねえ下衆。それを知ってから、あいつの元を出るまでは本気で苦痛だったし、その後船に密航して、このイシュマーク王国のある大陸に何とか移り住んでからもずっと苦労の連続。


 ……それでも、この三十五年を生き抜いたんだ。

 この痛みや苦しみも、たった数日踏ん張りゃ終わり。

 そんな気持ちで誤魔化していると。


  コンコンコン


 と、静かに部屋がノックされた。


「……誰だ?」

「……ティアラにございます」


 ティアラ?

 俺は重い身体をベッドから起こすと、少し頭を掻いた。

 アイリ達も含めて、夜眠りを妨げられたくねえから、夜中の訪問は避けろと、口を酸っぱくして言い続けたんだが……。


 やれやれ……。

 そんな気持ちをため息に乗せ吐き捨てると、俺は部屋の入り口まで歩み寄り、鍵を開け扉を開けた。


「ったく。夜中に顔を出すなと──」


 彼女に釘を刺そうと、そんな言葉を突きつけようとしたんだが。パジャマ姿のティアラが、不安さを隠さぬ顔のまま、震えながら俺を見上げている姿に、続く言葉を飲み込む。


「……どうした?」

「申し訳、ございません……」


 声すらも震わせた彼女が、俺に近づくと、そのままゆっくり両腕を回して来る。


「……情けないお話ですが……わたくし、この先を思い、不安に……」


 かたかたと震えたまま、それでも必死に俺に心を伝えようとするティアラ。

 今日の夕飯でも、そんな雰囲気なんざ微塵も感じさせなかった。だがこの怯えよう……こいつなりに、心配させまいとしたか。


「……ったく。しっかり掴まりやがれ」

「え? きゃっ」


 俺は突然ティアラを両腕で抱え上げ、そのまま扉を閉め部屋の奥に運ぶと、俺のベッドにゆっくりと下ろしてやる。

 俺の予想外の行動に、別な意味で固まっているティアラ。

 そんな彼女の隣、ベッドの縁に片足だけあぐらを掻くように腰を下ろした俺は、落ち着かせるべく、優しく頭を撫でてやった。


 艶やかな長い金髪。

 色は違うが、十年前に触れたメリナを思い出させる。


「……少しは落ち着いたか?」

「……は、はい」


 暫くして声をかけると、はっと我に返ったティアラが、茫然としながらもこくりと頷く。

 ったく。さっきまでの怯えは何だよ。

 そんな気持ちになるも、敢えてそんなきつい言葉は掛けなかった。

 まあ、こいつがここまで怯える理由は分かってるしな。


「……いくさが、怖いか?」

「……はい」


 俺の問いかけに、やっと自分がここに来た理由を思い出したのか。ティアラが表情にはっきりと憂いを見せる。


「確かに、今まで自身の術で自身の命を守った経験はございます。ですが、貴方様に応えるべく身につけたこの強大な力。それを魔獣相手とはいえ、相手の命を奪うべく振わねばならない。そして何より自身もまた、相手に殺されるかもしれない。そんな現実が近づき、震えが止まらなくなりました」


 さっき程じゃないが、両腕で自身の身体をぎゅっと抱きしめ、何とか震えを抑えようとするティアラ。


 ……そりゃそうだ。

 こいつは戦い慣れしたアイリやエルとは違う。実力は十分とはいえ、元は平民の優しい女だからな。


「……だから言ったんだ。お前は騙されるってよ」


 悪態をついた俺は、あいつから視線を逸らし、月明かりの入る窓を見る。


「お前は俺を優しいと言った。だが、俺はずっと言い続けただろ。俺はワルな盗賊だと」

「そんな。ヴァラード様は悪くはございません。こうやって貴方様に付いてきたのは、わたくしの我儘。それを受け入れ共に旅をさせてくださった貴方様は、十分お優しいです」

「……優しい奴だったらな。お前にここに残れと言ってやれる」


 俺は少しだけ唇を噛むと、俺の本音を吐露した。


「俺にはわかっている。アルバース達も強くなった。が、この戦いでデルウェンを倒すには、お前やアイリ、エルの力が不可欠だと。そして俺は、そんなお前達を戦いから下ろす訳にはいかねえ。でなきゃ、メリナの仇を討てねえからな」


 そこまで言うと、俺は自嘲しながらティアラの顔を再び見た。


「……結局俺は、必死に付いてくるお前を利用しているだけの酷い男だ。だが、俺はお前に勝手に付いて来いと言った。もしお前が何も言わず、ここを離れても責めやしねえ」


 これを聞けば、弱気なあいつはこの戦いから身を引く。

 そんな気持ちで敢えて口にしたんだが。


 俺の言葉を聞いたティアラは、ゆっくりと身を起こすと、俺に向け座り直す。

 そして、ふっと笑みを浮かべると、首を振ったんだ。

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