第六話:卑怯者対卑怯者
ウルヴスの動きは、獣の本能を感じる動きもあるが、妙に理に適った動きも見せていた。
俺の片目の死角を常に意識する。これはアイリもやっていたが、あの時のあいつより疾さじゃ圧倒的に上。
しかも、今の俺の身体には嫌な痛みが走っている。
別に奴に傷つけられたわけじゃねえが、地味なハンデを背負ってるからこそ、俺も油断してられねえ。
奴の出方を見ながら、俺は繰り出される爪の動きを見切り、視界外の攻撃も的を外さず弾いていく。
『へぇ。中々やるじゃないの』
「そりゃどうも」
ウルブスも余裕の笑みだが、俺も釣られてニヒルに笑う。
まあ、この程度ならいけるが、ずっと均衡を保ってる場合じゃねえ。
そろそろ速度を上げるか。そう思った瞬間、奴の気配が変わったのに気づいた。
突然、挟撃されているかのように感じる疾さで、目まぐるしく場所を入れ替え俺に仕掛けてくるウルブス。
まだ攻撃を凌げてはいるものの、一段と鋭さと激しさを増したじゃねえか。
下手な反撃は隙を作って命取り。仕方なく俺が受けに徹してやると、互いに大した傷すら与えられていないにも関わらず、奴は優位を取ったと感じてか。にやりと厭らしい笑みを浮かべる。
『どうだ? 俺とのデートも楽しくなってきただろ?』
「ふん。これでお熱いデートなんて言うんじゃねえだろうな? ずっと興ざめしっぱなしなんだが」
イキるあいつに涼しい顔で返してやると、奴はやれやれと言った顔をしてきやがった。
余裕の笑みは、俺が殺られるのも時間の問題とでも思ってるんだろうが、俺はとっくに気づいてる。こいつがとんでもない卑怯者だって事にな。
俺はできる限り目に頼らず、奴の気配だけを追って攻撃をしのぎ続ける。
元々片目で戦い続ける以上、これができなきゃとっくに死んでいたからな。
悪いが、他の奴等以上にそういうのには敏感なんだよ。
「で、これでネタ切れって事でいいか?」
『いんや。俺の動きはもっと良くなるぜ』
「お前の? お前等の、だろ?」
その言葉に奴がはっとした瞬間。焦りで見せた爪での突きを躱した俺は、カウンター気味に
『ぐわっ!』
斬撃の軌道に合わせて迸った血が、そこにいた目に映らない奴を血塗れにした。
もう一匹の
予想外の反撃に、慌てて距離を取った二人。斬られた奴は痛みを堪え、傷口のある片腕を抑えている。
「ったく。お前も中々に卑怯者だな。四魔将とか言ってた癖によ。五魔将とでも改名したらどうだ?」
『うるせえ! ウルバス、行くぞ!』
『あ、ああ!』
再び身構えた二人。
ウルバスと呼ばれた奴はそのままに、今度はウルブスが世界に溶け込むように消える。
……ふん。
俺がウルバスを捉えた時点で、そんな行動に意味はねえと気づかねえのか。
ぶっちゃけ、見えない真っ直ぐな攻撃より、見えているフェイントを交えた攻撃のほうがよっぽど効果的なんだがな。
それに、もうお前は一人みたいなもんだしよ。
『死ね!』
奴等は低い姿勢から同時に俺に迫る。
本来同じ疾さで踏み込んできていりゃ、そこから同時に繰り出される斬撃も十分驚異だったんだろうが。
残念ながら、ウルブスだけしか踏み込みが間に合っちゃいねえ。
ま、そりゃそうだ。
そんなに派手に動こうとすりゃ、一気に回っちまうぜ。
『な、何だ!?』
俺が見えないウルブスの攻撃を往なし、敢えて挟撃されない奴の背後に回り込んだ直後。俺に迫ろうとしたウルバスが足を止め、自分の身体を確認するように両手を見る。
その表情には、何が起こっているかわからねえって戸惑いが見て取れる。
『ウルバス! 何やってる!?』
『な、なんか身体が……熱く……ぐあぁぁぁ!』
突如叫びだしたあいつは、その場にしゃがみこむと、地面でのたうち回り始めた。
『あちぃぃぃっ! あちぃよぉぉぉっ!! 嫌だあぁぁっ! 焼け死にたくねぇぇっ! ぎゃぁぁぁっ!』
その断末魔のような叫びは、周囲の獣魔軍やイシュマーク軍の兵士すら目を丸くするほど。だが、勿論奴は燃えてなんていねえ。
『何だ!? 何をしやがった!』
あまりの事に、透明になっているのにも関わらず、思わず声を上げるウルブス。
そしてそんな露骨に動きを止めたんじゃ、お前も同じ轍を踏むだけ。
俺はその機を逃さず、一気に背後に回り込むと、
「折角だ。お前も味わえ」
そう言いながら、迷わず奴の肩に
『くそったれ!』
慌てて身を捻り反撃した動きは中々だったがな。
俺はそれを華麗に後ろに跳躍し避けると、痛みで自身の姿を晒したウルブスの苦々しい顔を目にする。
「さて、デートは終わりだ。お前はあいつと仲良く、あの世でデートを楽しめ」
『うるせえ! この程度の怪我で終わりゃしねえ!』
あいつなりの意地か。
狼らしい牙をむき出しにし、怒りを見せた奴が俺に一気に駆け込んでくる。
……ま、待つのも焦れってえ。決めるか。
俺は奴に向け駆け出すと、全力で奴の背後に回ると、その背中を斬りつける。
振り返ろうとした奴は、俺を視界に捉えられずにまたも腕を斬られ、脚を斬られ。狼らしい体毛を血で汚していく。
『死に……たく、……ねえ……あち……い……』
気づけば、体内の焼けるような熱さを味わい続けているウルバスはもう息絶え絶え。
戦場に響いていた断末魔も落ち着く……はずもねえんだよ。
『な、何だ!? お前、何しやがった!!』
傷だらけになったウルブスが恐怖に怯えた顔する。
どうやら奴も気づいたようだな。
俺は冷めた目であいつにこう言ってやったんだ。
「なーに。
ってな。
──俺の相棒、
実はこの剣は、柄から刀身に液体を流し込めるんだが。そこに流し込んだ液体を、刀身に盛る事ができるのさ。
いわば、刀身に毒を盛ったような状態になるのさ。
しかも、別に入れた液体を消費するわけでもねえ、本気で盗賊や暗殺者向けの
「毒が回りゃ、さっきの奴みてえに、体内を全身焼けるような熱と痛みを感じて死に至る。それだけの事だ。気にするな」
それを聞いた瞬間、奴の表情が恐怖から絶望に変わる。
が、俺はそんな事など気にせず、最後にこんな嫌味を言って聞かせた。
「四魔将クラスの奴なら、その程度で恐怖なんてしねえよな。あ、五魔将だったか。悪い悪い」
そんな俺の話を呆然と聞いていた奴の目が大きく見開かれ、表情が苦痛に歪みだす。
『お、おい! どうにかしろ! じゃねえとお前を──』
「殺せねえからこうなるんだよ。戦場じゃ死なんて当たり前。覚悟しな」
『ふ、ふざけ! うわ、あちぃ! 何だよ! こんなのふざけてるだろ! 力と力! 疾さと疾さで殺り合う! それが戦場だろうが! ふざけるな! こんな、毒で殺されるとか! ありえねえだろ! この卑怯者がぁぁっ!』
「ああ。その通り。俺は卑怯者だぜ。が、戦場は、勝ったもん勝ちだ」
ウルブスが立ったまま悶え始めたのを見届けると、俺はそのまま奴に背を向け、一気にサルドとティアラの元へ走り出す。
『ぎゃぁぁぁぁっ! 熱いぃぃぃっ! 助けて! 助けてくれぇぇぇっ!』
背後で大きくなる断末魔。
戦場とは恐怖が支配する場所。それをはっきりと示す声を聞きながら、俺は勝利なんぞに感慨深くなることもなく、ただ次の戦いの事を考えていた。
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