第七話:信頼の証
よくよく考えりゃ、ティアラに頼んだのは無詠唱で魔術や神術を使うって難題。
流石に荷が重かったか?
俺が少し心配そうな顔をすると、
「あのね。ティアラは十分強くなってる。ただ、それでも私を超えられてないの」
彼女を庇うように、セリーヌが必死にそんなフォローをしてきた。
こいつもこいつなりに責任を感じているんだろうな。
とはいえ、まずは見てみねえと始まらねえな。
「アイリ。ちょっと退いてくれ」
「え? あ、はい」
俺の真剣さを感じ取ってか。
彼女は抵抗する事もなく、さっと俺を解放する。
「ティアラ。あそこの的に向け、お前が今できる、無詠唱で出せる最高の威力の術を撃ってみてくれ」
俺が隣に立ち、少し先にある剣技を練習する木人を指差すと、状況を把握した兵士達が、その場を離れ場所を開放する。
「はい。承知しました」
俺に応え、少し緊張した面持ちで的に向き直るティアラ。
こいつも以前と違うローブと魔導帽に身を包んでいる。これで魔法を強化できているはずだが……。
「……いきます」
静かにそう口にしたあいつが目を閉じると、金髪が、ふわりと風に靡くように舞う。
直後、腕輪が激しく輝くと、頭上に生まれたのはかなりの熱量を持つ火球。魔術、
ティアラが目標に腕を伸ばした瞬間、勢いよく火球が解き放たれると、そのまま木人を迷わず撃ち抜き、そこで大きな爆発を起こす。
……無詠唱の魔術でここまでやれるようにしたか。
それ自体は感心する。が、確かにセリーヌでも、この程度の威力は出せるだろう。
これが、マリナさんが言っていた限界って奴か。
この力で納得できないと言わんばかりに、俯いたティアラは唇を噛んでいるが……。
「……ティアラ」
「はい」
「お前は十分強くなってる。良くやったぜ」
「え?」
突然の言葉にきょとんとするあいつに、俺はニヤリと笑ってやった。
俺には分かっている。
今のこいつもまた、ある意味で以前のアイリと同じって事が。
ま、それを知れたのは、マリナさんのお陰だがな。
§ § § § §
「ヴァラード。あんたと戦う仲間に、腕の立つ術師はいるかい?」
俺がマリナさんの家を離れる前夜。
リビングのテーブルに付き、二人で酒を酌み交わしていると、突然彼女はそんな質問をしてきた。
「そうですね。一人、若くて才能ある神魔術師が」
勿論、口にしたのはティアラの事だ。
あいつの才能にはずっと驚かされてっぱなし。だからこそ口に出したんだが、それを聞き、マリナさんの表情が変わる。
「そいつはあんたにとって、信頼できる相手かい?」
「ええ。俺みたいな
「そいつは、力に溺れたりするタイプかい?」
「……いや。考えられないですね。それが何か?」
急に真剣な目で質問を繰り返す彼女に、俺が思わず首を傾げると、マリナさんは返事をせずに立ち上がると、部屋の奥の本棚に向かうと、一冊の書物を手にし戻ってきた。
「じゃ、餞別だ。あんたがそいつに資格があると判断したら、これをそいつに渡しな」
「……これは……」
俺には見覚えがあった。
これはメリナの亡骸と一緒に埋めた、あいつが愛用していた術の媒体となる魔導書と同じ物だ。
「深淵の魔導書。魔女の一族に伝わる術の媒体だ」
「何故、これを?」
「勿論、デルウェンに対抗するんなら、普通の
何処か誇らしげに笑ったメリナさん。
だが、恥ずかしながら俺は、
何しろメリナが使っていたこいつも、普通の
「その、
俺がそんな疑問を口にすると、あの人はニヤリと笑い、酒をぐびっと飲み干した後、こう丁寧に教えてくれたんだ。
「
「術師の能力が高い場合、どうなるんですか?」
「足枷になる」
「え?
正直、その発言には驚いた。
俺が知る限り、周りの奴等ですら、
「まあ、あんた達のような前衛の武器や、防具全般、その他補助的な物は気にするもんでもない。だけど、術の媒体は別だ。術師は無意識に力を抑えて術を放つ。その抑えている部分を伸びしろとして引き出すのが術の媒体。だからこそ、基本的には
なるほど……。
確かに魔女の一族のような才能のある者からすれば、
「だが、
「……それで、力に溺れないかを確認した」
俺が驚きじゃなく思案した答えを口にすると、
「よく分かってるじゃないか」
そう言ってマリナさんが感心すると、少しだけ前のめりになり、凛とした顔で俺を見つめ、こう告げた。
「間違いなく、
§ § § § §
……きっとティアラなら、マリナさんが懸念したような事なんてねえ。俺はそう信じている。
何たって、
「ティアラ。その腕輪は外せ。それから……」
俺は自身の背中のバックパックを下ろすと、そこから深淵の魔導書を手にすると、ティアラに片手で差し出す。
「お前にこれを託す」
「それは、まさかメリナの……」
俺が手にした魔導書を見て、アルバースをはじめ、昔の仲間が驚きを見せる。
とりあえず奴等には何も言わず、ニヤっと意味ありげに笑みだけを向けると、そのまま隣で唖然とするティアラに目をやる。
「いいか? お前だったら力に溺れたりせず、その強さを正しい事に活かすと信じている。言わば信頼の証だ。受け取れ」
「……はい」
真剣な顔でそう言ってやったからだろう。
あいつも表情を引き締め頷くと、腕輪を外し、両手で魔導書を手に取った。
彼女の手の倍ほどある魔導書。
俺が読めすらできねえ文字が刻まれた、何処か神秘的な魔導書を手にしたあいつが、いつになく緊張した顔を見せる。
「さて、じゃあもう一発だ。とはいえ、流石に建物に被害が出ても何だしな。広場の真ん中に撃ち込め。お前達もできり限り端に離れておけ」
俺の言葉に、兵士達がざわめきながら、一気に広場を開ける。
「……では、いきます」
ごくりと唾を飲み込んだティアラが、再び魔導書を片手に目を閉じる。
先程と同じように、輝きを帯びる金髪。
そして魔導書が腕輪の代わりと言わんばかりに強い輝きを帯びると、再び頭上に
「はぁっ!?」
「あれが同じ術だって言うの!?」
バルダーとセリーヌの驚きも最も。
そこに生み出された
周囲の兵士も、予想以上の熱量にどよめいている。
そして、目を見開いたティアラが手を伸ばすと、勢いよくその火球が広場の中央に着弾したんだが。
「うわぁっ!」
思わず見てる奴が自身を庇うほどの衝撃が巻き起こり、激しい炎の渦が消えた後、そこにはぽっかりと穴が空いていた。
「す、すげえ……」
語彙力のない言葉を漏らす者。
ペタリと力なく座り込む者。
兵士達の反応は様々。ま、それだけの物をティアラが見せたって証拠だな。
「師匠。私は……」
予想以上の力を発揮した為だろう。
茫然としながら、ティアラが俺を見る。
「……言っただろ? お前は強くなってるって」
「……はい!」
俺の笑みに、あいつは涙ぐみながら、嬉しそうに笑みを浮かべる。
やっと自信を持てたって顔か。そうこなきゃな。
「ティアラ! 凄いではないか!」
「ほんとね。流石にあれには驚かされたわ」
安堵した彼女に駆け寄ってきたアイリとエルもまた、嬉しそうに彼女を労う。
きっと互いの稽古を見ながら、こいつが苦しんでいる姿を見てきたんだろうしな。
「これも、師匠が隣にいてくださったからですよ」
なんて、ティアラは謙遜しているが。
これはお前の努力の結果。俺は大した事をしちゃいねえ。
だからこそ、俺はそんな褒め言葉に対する恥ずかしさを誤魔化すように、
「それならセリーヌに礼を言え。ここまでやれるようになったのは、あいつのお陰だからな」
そんな事実でお茶を濁してやったんだ。
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