第八話:いるはずのない者

 ティアラの実力を見せて貰った後、次にエルの実力を見せて貰ったんだが。

 確かに新たに手にした武器の恩恵もあるだろうが、奴もまた見違えるほどに成長を遂げていた。


 五つの的に同時に矢を当てるのを連続して繰り返したエル。

 その精度も見事だったが、間髪入れず撃ち込む疾さも今までの比じゃねえ。

 この連射力は正直やべえの一言に尽きる。

 流石に今の俺でも、これを無傷で乗り切れと言われりゃ骨が折れるだろう。


 しかも、以前ならこれだけすれば息が上がっていただろうが、今や汗ひとつ掻かずすまし顔で熟すとは。

 こいつの才能もあるだろうが、ルークも本気で教えたって事か。


「……ふう」


 合計五十本。

 前回俺に撃ち込んだ矢と同じ本数を、あいつはたった半分以下の時間で撃ち切った。

 矢を同時に番える本数を増やし、ほぼ同時に複数の的を射抜く。

 ルークも得意だった技術だが、あいつと見間違うような構えで、あいつより疾く撃ち込む姿は堂々たるもの。

 あいつが嫉妬する気持ちもわかるが、そこは才能の差と割り切ってもらうしかねえな。


「どうかしら?」


 弓を持った手を下ろし振り返ったエルが、様子を伺うような顔をする。

 さっきまでの態度も、俺の評価ひとつで変わるってのかよ。ったく。


「……いちいち顔色を伺うな。少しは胸を張れ」

「それは、期待通りだったという事かしら?」

「期待以上だ。じゃなきゃ、胸を張れなんて言うか」


 俺が笑みを見せてやると、エルも少しだけほっとした顔をする。

 ……ま、これならいけるだろ。


「アルバース。俺も今日からここで暮らせって話だったよな?」

「ああ。いつ帰って来ても良いように、既に部屋は確保してある」

「そうか。悪いがおっさん達への謁見は明日に回す。今日は部屋に案内してくれるか?」

「え?」


 俺の願いにアイリやエル、ティアラが少し驚いて見せる。


「師匠! でしたら折角ですから、僕達とこの三週間について話しませんか?」

「そうね。具体的に何が良いのか。課題はないのかといった話も気になるし」

「久方ぶりですし。如何でしょうか?」


 久々に逢ったからか。

 こいつらが異様に食いついてくるな。

 とはいえ、流石に今はそんな気分じゃねえ。


「話は夕食の後だ。長旅で疲れてるんでな。すまないが、お前達はもう少し稽古しててくれ」


 俺はそんな言葉で釘を刺す。

 少し残念そうな顔をした三人だったが。


「夜は絶対付き合ってもらいますからね!」

「そうね。積もる話もあるし」


 と、アイリとエルが食い気味に言葉を並べてきた。


「分かった分かった。約束してやるよ」


 やれやれと苦笑いすると、二人は納得したのか。顔を見合わせ嬉しそうな顔をする。


「では、それまでゆっくりお休みください」

「ああ」

「じゃあ、私が部屋に案内するわ。ティアラはその魔導書でも力の加減ができるよう、威力の低い魔法で訓練してて」

「承知しました」


 セリーヌがティアラにそう指示を出すと、笑顔で俺の腕を取る。

 瞬間、アイリ達の表情が一気に固まった。


「じゃ、行こっか!」

「おい。何だよこの腕は?」

「いいじゃない。久しぶりに二人っきりだもん。ね?」

「ね? じゃねえ!」


 面倒が起こる前に、俺は悪戯っぽい笑みを浮かべるこいつの手を振り払うと、一人で歩き出す。


「もう。十年ぶりだもん。いいじゃないの」

「良くねえよ!」

「もう!」


 少し不貞腐れつつセリーヌはたたたっと駆け寄ってきて、俺に並んで歩き出すと、耳元に顔を近づけて、こう囁いた。


「ほんと。あの三人は分かりやすいよね」


 横目でセリーヌを見ると、満面の笑み。

 ったく。こういう天真爛漫さは相変わらずか。


「ま、それは否定しねえよ」


 そんな返事をしながら、俺は再び前を向くと、城の客室がある区画に向かった。

 

   § § § § §


 人気ひとけのない廊下を歩いて暫く。


「ここがヴァラードの部屋よ」

「そうか。後は勝手にするから、ティアラの事を頼む」


 豪華な扉の前で振り返ったセリーヌにそう言いながら、俺は脇を抜け部屋の扉を開けたんだが。


「……少し、話をしても良い?」


 妙に真剣なあいつの声が背中から届いた。

 振り返った時点で随分と真剣な顔をしていたし、何となく、こうくるとは思っていたがな。


「……何だ? 大した話じゃなけりゃ、ここで聞くが」


 俺がそっけない態度でうそぶいてやったんだが、その言葉に、あいつは不安そうな顔を覗かせた。


「……ううん。大した話。きっとヴァラードも、誰にも聞かれたくないと思う」


 視線を落とし、元気なくそう口にされ、俺は何となく理由を察する。

 ……まあ、こいつは星霊術師。

 何となく、気づかれるかもとは思ってたがな。


「……仕方ねえ。入れ」


 俺は覚悟を決め、一人先に部屋に入ると、後から入ったセリーヌが、静かに扉を閉めた。

 そのまま窓際まで歩いた俺が、そのまま窓の外を眺めていると、あいつも脇に並んで立つ。


「で、何だ? 話ってのは」


 普段通りに尋ねると、セリーヌが目を泳がせ少しだけ躊躇いを見せた後、意を決して俺を見つめてくる。


「……ねえ。あなたはこの三週間で、一体何をしてきたの?」

「どういう意味だ?」


 的を外してたら、知らぬ存ぜぬを貫こうと思ったんだが。次の一言を聞いた瞬間、それは無理だと察しちまった。


「……だって、あなたから、んだもの」


 ……ふっ。

 星霊術師は勿論、霊についても感じ取れる。

 しかもこいつは相当な実力者だからこそ、そこまで視えちまうか。

 やっぱりお前も十分凄えエルフだよ。


 自然とため息を漏らし、頭を掻く。

 ……事実を話すべきか、否か。

 そんな迷いに対する答えを決めるため、卑怯な俺は、真剣な目でセリーヌを見つめる。


「……下手に踏み込みゃ、お前が苦しむかも知れねえぞ?」


 牽制じみた脅し文句を口にして、奴の顔色を伺ったんだが。


「……あなただって、誰にも話せないの、辛いでしょ?」


 ……ったく。やっぱお前は昔と何も変わってねえじゃねえか。

 俺はその返し言葉に、また頭を掻いた。


 メリナもそうだが、セリーヌもまた良い女だ。

 無邪気で天真爛漫かと思いきや、考える時はしっかりと考える。

 長寿なエルフだからこそ、時に達観した意見を口にする辺り、本気で二重人格かと疑ったりもしたもんだ。


 ……ま、仕方ねえ。

 この感じ。こいつは最後まで聞く気だろう。

 だからアルバース達がいた時に口にせず、俺を案内するなんて言い出したんだろうしな。

 

「……この話、絶対に誰にも言うんじゃねえ。約束できるか?」

「……うん」


 白銀のツインテールを揺らし、しっかりと頷くセリーヌに無言で頷き返すと、俺は静かに話し出した。

 俺が手にした禁忌の力を。

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