第九話:真実

 予想外の言葉は、俺だけじゃなく、アイリ達の顔も驚愕させた。

 そりゃそうだろ。メリナが封じたはずのあいつが蘇ったなどと、いきなり言われたんだからな。


 その言葉に、俺の鼓動が早くなる。

 が、それを落ち着けるように、マントの下で、ぎゅっと左胸の上で手を握った俺は、何とか平然を装う努力した。


「……どうしてそんな事になった? メリナが命を懸して生み出した封印と結界はどうなった?」

「情けない話だが、シャード盗賊団に穢された」

「はぁっ!? あそこは国のお偉い方が厳選した、腕が立ち信頼も厚い兵で固めてただろうが。相手が盗賊とはいえ、簡単の入れるわきゃねえだろ!」

「そんなのは分かってるんだよ。だが、結果として奴等に侵入を許し、ベラルナの血で穢された」

「ベラルナの血でだと!?」


 会話に割り込んできたバルダーが、はっきりとしら悔しさを露わにする。

 その顔に書いてある。不覚をとったと。


「何とか帰り着いた兵士の報告だと、盗賊団の残党が封印の魔方陣の上でベラルナを斬殺し、自らも命を絶って、デルウェンの封印を解いたって言ってたわ」

「何でわざわざそんな事を……」

「死の間際。『シャードを滅した元凶に、同じ死の未来を』。そう言い残したって聞いたわ」


 普段より重苦しい、あいつらしくない真面目な口調でセリーヌがそう答える。


 元凶……ベラルナがボロを出したせいで、シャード盗賊団は国の兵士に捕まり、ボスを含め皆処刑されたり、投獄された。

 だからこそ、ベラルナにも、この国の者達にも、最悪の死を与えようとしたってのか……。


 この事実に、俺は何も言えなくなる。

 ……つまり、俺がティアラの件に首を突っ込んだせいで、こんな状況が生まれたって事……。


 視線を落とした俺に、ブレイズが説明を始める。


「残った兵士はデルウェンにより殺されたようですが、ここ一ヶ月以上、デルウェンは砦からは出ておりません。ですが、多くの魔獣がその復活に気づき、結界の消えた死の戦場に集っているようです」

「砦を、取り返しは……」

「……残念ながら。デルウェンや彼の配下に付き従う、新しき四魔将や八獣将に阻止されました」

「……奴等はここに攻め入っては来てないのか?」

「今の所は。デルウェンの力が戻り、戦力が整うのを待っているのだとは思うのですが」


 国の危険を感じてだろう。

 ブレイズは気丈に語り、俺をじっと見つめてくる。


「ヴァラード。どうか、俺達に再び力を貸してくれないか?」


 真剣なアルバースの言葉に。


「……ふざけるな」


 俺は、力なく言葉を返した。

 思い出される十年前の戦いの前の事。それが俺の胸を強く締め付ける。


「……俺は、お前達に信じてもらえなかったんだ。戦いで俺たちの身の安全を優先して、なるべく安全な戦場を神言口にしたってのに。お前達は受け入れないばかりか、挙げ句の果てに、わざわざ最も激しくなる戦場を知りたがった。危険だからそこだけは止めろって忠告してやったってのに。そんなに毎回当たるものかって、鼻で笑いやがったじゃねえか」


 過去の古傷から漏れる本音。

 俺は、それを止める事ができなくなった。

 ここに、この騒動の元凶がいるにも関わらず。


「そのせいでメリナは死んだんだぞ? 俺はあいつともっと生きたかったってのに。英雄になんてなろうと思っちゃいなかったのに。あいつはお前達が俺を信じなかったせいで、デルウェンと出会し、俺達に隠していた聖女の力で、あいつを止める為に身体を張ったんだぞ? そのせいで死んだんだぞ? それを今更力を貸せだぁ!? ふざけんじゃねえ! 俺を信じなかった奴を、今更信じれるはずねえだろ!」


 俺の強い叫びに、バルダーが大きくため息をき、アルバースやブレイズが憂いを見せる。

 そんな中。


「……私達は、信じたんだよ」


 悲壮感を漂わせながら、セリーヌがそう口を開いた。


「嘘つけ!」

「嘘じゃないの。私も、アルバースも。バルダーもメリナも。あなたを信じたの。あなたがきっと、最も危険な場所……デルウェンが現れる場所を指し示してくれるって、信じてた」

「……は?」


 それを聞いた瞬間、耳を疑った。

 みんなが俺を信じていた?

 最も危険な敵、獣魔王デルウェンが現れる場所を、指し示すと……。


 その言葉の裏にある真実。

 俺はそれに気づき、俺は青ざめた顔のまま目を瞠る。

 

「まさか……お前達は……」

「……ああ。知ってたさ。メリナが聖女様だってな」

「なら何で教えなかった!」

「メリナに口止めされたんだ。もしこの事実を告げれば、お前は絶対に聖女としての自分を止め、無理にでも共に逃げ出すだろうと」

「……つまり……あいつは……」

「……そう。自ら聖女として、この国を救う決意をしていたの。死を覚悟して」


 皆の憐れみの表情。俺を嘲笑う奴なんていない。


 哀しそうな顔で、唇を噛むセリーヌ。

 ぐっと拳を握り、震わせるバルダー。

 奥歯で何かを噛み殺し、口を真一文に結んだままのアルバース。


 その三人の表情が、それこそが真実だと告げている。

 俺が、あいつを……死に導いたって……。


「ヴァラードさん。これを」


 放心した俺に、ブレイズがゆっくり近づくと、一通の封書を手渡してきた。

 その宛名には『愛しのヴァラードへ』と書かれている。


 その懐かしい文字に、俺は恥も外聞もなく奴から手紙を奪い取ると、封を乱暴に開ける。


「メリナさんが、僕が十八の誕生日を迎えたら開けるようにと、預けられた小箱があったんですが。その中に入っていた、あなた宛の封書です」


 そんな事をブレイズが言った気がするが、もうそれどころじゃなかった。

 震える手で手紙を開いた俺は、食い入るようにそれに目を通した。

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