第八話:因縁の再会

 翌日。

 薄曇りの何処か冴えない空の元、俺達は予定通り、馬車に乗り一路、王都シュレイドを目指した。

 既にエルの怪我はアイリに治してもらっており、傷一つ残っていない。中々にひどく傷つけていたから心配だったが、そこは一安心だ。

 出発前に、部屋で昨晩の話は説明し、念のため警戒は怠らないように伝えてはある。


「しかし、昨日の蝙蝠人ワーバットの件は、先日のハイルの村の件と何か関係があるのでしょうか?」


 今日御者席に並んで座っているのはティアラ。

 彼女は神妙な顔で、そんな事を俺に尋ねてくる。


「さあな。とはいえ、どっちも魔獣が関係しているし、何かしかありそうなんだがな」

「師匠に心当たりは?」


 ある。

 が、ティアラにそこまで話すべきか……。

 沈黙したまま少し迷ったが、依頼で一緒にいるアイリやエルと違い、ティアラは完全に俺の同行者。

 俺が何かに首を突っ込めば、必然的にこいつもそうするに違いないしな。


「……、くらいか」

「厄災……確か、あの悪魔の山羊ゴート・デーモンが探していたという……」

「ああ。あいつらが何者か分からねえが、そいつらが厄災を探していた。ということは、悪魔の山羊ゴート・デーモンを倒したアイリとエルを厄災と考え、監視しようとしたって可能性はある」

「……何か、気がかりな事でも?」


 俺の冴えない表情から察したであろう彼女の一言に、俺はちらりと横目でアイツを見ると、小さく頷く。


「ああ。もしアイリとエルが厄災だと思われたとして、だったら何故以前のように、腕の立つ魔獣で仕掛けなかったのかが気になってな」

蝙蝠人ワーバットは、そこまでお強くなかったのですか?」

「全然だ。流石に死への誘いデスインバイト巻物スクロールの効果には驚かされたが、結局はそれだけ。偵察だけを依頼されておきながら色気を出したのか。はたまた、こっそりと闇討ちしなければ倒せないと踏んでいたかは定かじゃねえが。八獣将を名乗った奴を倒した、厄災とまで呼んでる奴に仕掛けるってなら、相当腕の立つ奴に討伐を頼むのが筋ってもんだ」


 そう、そこだ。

 格下を利用し奇襲するなんざ、正直リスクのほうが高い。

 だが結果として、昨日の戦いはそんないびつな状況となっている。


 蝙蝠人ワーバットが色気を出したとすれば、正直死への誘いデスインバイト巻物スクロールを持たせている理由が分からねえ。偵察だけなら不要だしな。

 だが、これが予定通りの行動だとすれば、せめて蝙蝠人ワーバット以外にガラベ並かそれ以上の奴を連れてくるべきだろ。


 ……ってことは、まだ相手方の戦力が整っていないと見るべきか?

 奇襲が失敗しても、蝙蝠人ワーバットであれば戦力としては大した痛手じゃない。偵察ついでに結果が出れば御の字。そんな考え方が一番しっくりくるが……。


「……何が起きているんでしょうか?」

「……さあな」


 風で靡く金髪をそのままに、少しだけ心配そうな顔をするティアラ。

 そんな表情を晴らす事もできない答えしか返せない。それを少しもどかしく思いながら、俺はただ黙々と、馬車を走らせ続けた。


   § § § § §


 サルドの街を出て一週間。

 俺達はやっと王都シュレイドまでやって来た。


 結局、あれから魔獣と遭遇する事も、偵察されているような様子もなかった。

 お陰で足止めされる事もなくスムーズに到着したのは拍子抜けだったが、まあ面倒事は少ないに越した事はねえからな。


 その日は中々の快晴。

 相変わらず活気に溢れた王都は、日陰者でありたい俺にはちと眩しすぎる。

 そして、城の側に立つ白く高い柱のような記念碑を久々に見て、俺は久々に胸糞悪くなった。


 こっちが自然に苛立ちを見せちまったからだろう。馬車を降り、宿に向かうまでの道中、俺達は最低限の言葉しか交わさなかった。

 お喋り好きのアイリですら、ほとんど何も話してこなかったのは、やはり俺をここに招いた責任を感じているに違いねえ。

 だが、そんな奴に気の利く言葉すら掛けられない程、俺もまたピリピリしていたのは確かだ。


   § § § § §


 高めの宿の一番良い部屋を取り、一泊した翌日の昼過ぎ。

 俺は一人、部屋のソファーに大股開きのまま、やや前のめりになって腰を下ろしていた。


 昨日アイリとエルに頼み、アルバース達に俺が到着した事を伝えて貰った所、今日ここで会う算段で話がまとまった。

 ティアラには迎えに行ったアイリ達に同伴してもらい、今は俺一人だ。


 ……静かに、心を保とうと、呼吸を繰り返す。

 十年前。縁を切ったはずだった奴等との再会。

 俺の力を借りたいというが、正直今でもそんな気持ちにはなれちゃいねえ。


 無意識に奥歯を噛んでいたのに気づき、俺はまた大きく息を吐きごまかす。

 悔しいが、世捨て人紛いの、刺激のある生活とは程遠い生活をしていたせいもあるんだろう。未だに当時の事は鮮明に覚えている。

 それが俺を苛立たせ、何とかその思いを吐き捨てるのに必死になっていた。


  コンコンコン


「師匠。皆様をお連れしました」


 少し緊張したアイリの声に、俺はゆっくりと顔を上げ、じっと扉を見る。

 ……ついに、か。

 何度目かの鬱憤を、長い息と共に吐き捨てると、少し間を置き、


「ああ。入れ」


 俺はそう短く声を掛けた。


 ゆっくりと開いた扉。

 そこから四人のフード付きのマントを羽織った四人が入ってくると、俺の前に並ぶ。

 その後ろ、扉の側に並んだアイリ、エル、ティアラもまた、露骨に緊張感を見せている。


「久しぶりだな。ヴァラード」


 以前より渋みの増した、しかし相変わらず落ち着いた声を合図に、四人がフードを取ると、見慣れた奴が三人と、見慣れない奴が一人立っていた。


 深い紺色をオールバックにした、本気で見えてるのか心配になる程の糸目のまま、こっちに穏やかな顔を向けるがたいのいい男、聖騎士アルバース。

 さっき挨拶をしたのはこいつだ。


「ふん。片目を失ってやがるとは。悪人面あくにんづらに拍車がかかりやがって」


 嫌味を口にしながら、赤茶色のボサボサな短髪をそのままに、半身を逸らし不機嫌そうに視線だけを向けてくる、アルバース以上に図体ずうたいのでかい髭面の戦士、バルダー。


「ヴァラード。良かった、無事で」


 白銀のツインテール。十年で多少老けた二人と違い、あの頃の面影そのままのエルフの女、星霊術師のセリーヌは、俺の顔を見て涙ぐんでやがる。


 で。この三人は分かったが。


「お久しぶりです。ヴァラードさん」


 残りのこいつは誰だ? てっきり残りはルークだと思ってたんだが。


 俺はアルバースと中央で並び立つ、落ち着いた茶髪の青年に目をやった。

 年端はアイリ達と同じくらいか。端正な顔立ちには、十分な品性を感じる。こいつらと並びたっても気負いもせず、酷く落ち着いてやがるが……。


 俺もまた、ゆっくりと立ち上がると、あいつらとの距離を詰め向かい合う。


「久しぶり、と言いてえ所だが。お前は一体誰だ?」

「お忘れですか? ブレイズですよ」

「……は!? あの泣き虫ブレイズか!?」


 泣き虫ブレイズ。

 当時八歳のガキだった、現国王ブランディッシュの息子。つまりこの国の王子だ。


 俺達は当時既にSランク冒険者だったからな。獣魔軍が現れた際に、国直々の依頼で王都に招かれ、奴等との戦に手を貸す事になったんだが。

 あの頃こいつははよく、専属の執事であり教育係のザナッシュに、剣技でしごかれちゃ泣いててな。

 それをよくメリナやセリーヌが慰めてやってたんだ。


「おいおい。こんな所までお忍びなんざ危険だろ?」

「大丈夫ですよ。皆さんが付いていますから。それより、お元気そうでで何よりです」

「それはこっちの台詞だ。随分と大きくなったな。未だにザナッシュに泣かされてるのか?」

「流石にそこまでは。とはいえ、未だ腕前は及びませんが」


 丁寧な受け答えは、既に王子として様になってやがる。ま、こいつは十年前に思っていた通り、物静かで優しい奴に育ったようで何よりだ。

 しっかし。アイリ達との再会でも感じたが、こうやって会うと本気で十年経ったと実感しちまうぜ。


 予想外の再会に思わず表情を緩めたが、アルバースが軽く咳払いしたのを聞き、俺も表情を引き締める。


「懐かしい想い出話に花を咲かせたい所だが、折り入ってお前に頼みがある」

「却下だ」


 アルバースの言葉に、俺は間髪入れずにそう返した。


「今更手を借りたいって何様だ。大体俺の手なんか借りずとも、五英雄様が三人も揃ってるんだ。それで何とかしろ」

「俺達だって、本当はお前の世話になんぞなりたくねえ。が、他ならぬブレイズ王子とブランディッシュ王の頼みだからな」

「は? 国王とブレイズの頼みだと!?」


 俺の問いに答えず、ふんっとそっぽを向く生意気なバルダーはどうでもいい。

 王子と王の頼み?

 それを聞き、俺の脳裏に浮かんだのは、以前から考えていた万が一の事態。

 そして、それを決定づけるかのように。


「ヴァラード。獣魔王デルウェンが復活した。だからこそ、お前の奇跡の神言の力を借りたい」


 静かに、しかし真剣に、アルバースはそう願い出たんだ。

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