第八話:因縁の再会
翌日。
薄曇りの何処か冴えない空の元、俺達は予定通り、馬車に乗り一路、王都シュレイドを目指した。
既にエルの怪我はアイリに治してもらっており、傷一つ残っていない。中々にひどく傷つけていたから心配だったが、そこは一安心だ。
出発前に、部屋で昨晩の話は説明し、念のため警戒は怠らないように伝えてはある。
「しかし、昨日の
今日御者席に並んで座っているのはティアラ。
彼女は神妙な顔で、そんな事を俺に尋ねてくる。
「さあな。とはいえ、どっちも魔獣が関係しているし、何かしかありそうなんだがな」
「師匠に心当たりは?」
ある。
が、ティアラにそこまで話すべきか……。
沈黙したまま少し迷ったが、依頼で一緒にいるアイリやエルと違い、ティアラは完全に俺の同行者。
俺が何かに首を突っ込めば、必然的にこいつもそうするに違いないしな。
「……厄災、くらいか」
「厄災……確か、あの
「ああ。あいつらが何者か分からねえが、そいつらが厄災を探していた。ということは、
「……何か、気がかりな事でも?」
俺の冴えない表情から察したであろう彼女の一言に、俺はちらりと横目でアイツを見ると、小さく頷く。
「ああ。もしアイリとエルが厄災だと思われたとして、だったら何故以前のように、腕の立つ魔獣で仕掛けなかったのかが気になってな」
「
「全然だ。流石に
そう、そこだ。
格下を利用し奇襲するなんざ、正直リスクのほうが高い。
だが結果として、昨日の戦いはそんな
だが、これが予定通りの行動だとすれば、せめて
……ってことは、まだ相手方の戦力が整っていないと見るべきか?
奇襲が失敗しても、
「……何が起きているんでしょうか?」
「……さあな」
風で靡く金髪をそのままに、少しだけ心配そうな顔をするティアラ。
そんな表情を晴らす事もできない答えしか返せない。それを少しもどかしく思いながら、俺はただ黙々と、馬車を走らせ続けた。
§ § § § §
サルドの街を出て一週間。
俺達はやっと王都シュレイドまでやって来た。
結局、あれから魔獣と遭遇する事も、偵察されているような様子もなかった。
お陰で足止めされる事もなくスムーズに到着したのは拍子抜けだったが、まあ面倒事は少ないに越した事はねえからな。
その日は中々の快晴。
相変わらず活気に溢れた王都は、日陰者でありたい俺にはちと眩しすぎる。
そして、城の側に立つ白く高い柱のような記念碑を久々に見て、俺は久々に胸糞悪くなった。
こっちが自然に苛立ちを見せちまったからだろう。馬車を降り、宿に向かうまでの道中、俺達は最低限の言葉しか交わさなかった。
お喋り好きのアイリですら、ほとんど何も話してこなかったのは、やはり俺をここに招いた責任を感じているに違いねえ。
だが、そんな奴に気の利く言葉すら掛けられない程、俺もまたピリピリしていたのは確かだ。
§ § § § §
高めの宿の一番良い部屋を取り、一泊した翌日の昼過ぎ。
俺は一人、部屋のソファーに大股開きのまま、やや前のめりになって腰を下ろしていた。
昨日アイリとエルに頼み、アルバース達に俺が到着した事を伝えて貰った所、今日ここで会う算段で話がまとまった。
ティアラには迎えに行ったアイリ達に同伴してもらい、今は俺一人だ。
……静かに、心を保とうと、呼吸を繰り返す。
十年前。縁を切ったはずだった奴等との再会。
俺の力を借りたいというが、正直今でもそんな気持ちにはなれちゃいねえ。
無意識に奥歯を噛んでいたのに気づき、俺はまた大きく息を吐きごまかす。
悔しいが、世捨て人紛いの、刺激のある生活とは程遠い生活をしていたせいもあるんだろう。未だに当時の事は鮮明に覚えている。
それが俺を苛立たせ、何とかその思いを吐き捨てるのに必死になっていた。
コンコンコン
「師匠。皆様をお連れしました」
少し緊張したアイリの声に、俺はゆっくりと顔を上げ、じっと扉を見る。
……ついに、か。
何度目かの鬱憤を、長い息と共に吐き捨てると、少し間を置き、
「ああ。入れ」
俺はそう短く声を掛けた。
ゆっくりと開いた扉。
そこから四人のフード付きのマントを羽織った四人が入ってくると、俺の前に並ぶ。
その後ろ、扉の側に並んだアイリ、エル、ティアラもまた、露骨に緊張感を見せている。
「久しぶりだな。ヴァラード」
以前より渋みの増した、しかし相変わらず落ち着いた声を合図に、四人がフードを取ると、見慣れた奴が三人と、見慣れない奴が一人立っていた。
深い紺色をオールバックにした、本気で見えてるのか心配になる程の糸目のまま、こっちに穏やかな顔を向けるがたいのいい男、聖騎士アルバース。
さっき挨拶をしたのはこいつだ。
「ふん。片目を失ってやがるとは。
嫌味を口にしながら、赤茶色のボサボサな短髪をそのままに、半身を逸らし不機嫌そうに視線だけを向けてくる、アルバース以上に
「ヴァラード。良かった、無事で」
白銀のツインテール。十年で多少老けた二人と違い、あの頃の面影そのままのエルフの女、星霊術師のセリーヌは、俺の顔を見て涙ぐんでやがる。
で。この三人は分かったが。
「お久しぶりです。ヴァラードさん」
残りのこいつは誰だ? てっきり残りはルークだと思ってたんだが。
俺はアルバースと中央で並び立つ、落ち着いた茶髪の青年に目をやった。
年端はアイリ達と同じくらいか。端正な顔立ちには、十分な品性を感じる。こいつらと並びたっても気負いもせず、酷く落ち着いてやがるが……。
俺もまた、ゆっくりと立ち上がると、あいつらとの距離を詰め向かい合う。
「久しぶり、と言いてえ所だが。お前は一体誰だ?」
「お忘れですか? ブレイズですよ」
「……は!? あの泣き虫ブレイズか!?」
泣き虫ブレイズ。
当時八歳のガキだった、現国王ブランディッシュの息子。つまりこの国の王子だ。
俺達は当時既にSランク冒険者だったからな。獣魔軍が現れた際に、国直々の依頼で王都に招かれ、奴等との戦に手を貸す事になったんだが。
あの頃こいつははよく、専属の執事であり教育係のザナッシュに、剣技でしごかれちゃ泣いててな。
それをよくメリナやセリーヌが慰めてやってたんだ。
「おいおい。こんな所までお忍びなんざ危険だろ?」
「大丈夫ですよ。皆さんが付いていますから。それより、お元気そうでで何よりです」
「それはこっちの台詞だ。随分と大きくなったな。未だにザナッシュに泣かされてるのか?」
「流石にそこまでは。とはいえ、未だ腕前は及びませんが」
丁寧な受け答えは、既に王子として様になってやがる。ま、こいつは十年前に思っていた通り、物静かで優しい奴に育ったようで何よりだ。
しっかし。アイリ達との再会でも感じたが、こうやって会うと本気で十年経ったと実感しちまうぜ。
予想外の再会に思わず表情を緩めたが、アルバースが軽く咳払いしたのを聞き、俺も表情を引き締める。
「懐かしい想い出話に花を咲かせたい所だが、折り入ってお前に頼みがある」
「却下だ」
アルバースの言葉に、俺は間髪入れずにそう返した。
「今更手を借りたいって何様だ。大体俺の手なんか借りずとも、五英雄様が三人も揃ってるんだ。それで何とかしろ」
「俺達だって、本当はお前の世話になんぞなりたくねえ。が、他ならぬブレイズ王子とブランディッシュ王の頼みだからな」
「は? 国王とブレイズの頼みだと!?」
俺の問いに答えず、ふんっとそっぽを向く生意気なバルダーはどうでもいい。
王子と王の頼み?
それを聞き、俺の脳裏に浮かんだのは、以前から考えていた万が一の事態。
そして、それを決定づけるかのように。
「ヴァラード。獣魔王デルウェンが復活した。だからこそ、お前の奇跡の神言の力を借りたい」
静かに、しかし真剣に、アルバースはそう願い出たんだ。
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